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奇  知  外  記

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UCI、サンク

2021.01.08
XML
カテゴリ:UCI、サンク
統一家の分裂に関しての新着動画(2021.01.08付)です。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.01.08 18:42:47
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2020.11.27
カテゴリ:UCI、サンク
​​​​​真の父母様宣布文サイトからの新着NEWS(2020.11.26)です。


2020.11.26 New!
 「文顯進様を支持する有志の会」は「ONE TRUTH有志の会」というブログを立ち上げ、郭錠煥氏のインタビュー映像(トゥルーレガシーTV)を掲載して各方面に拡散しています(2020年11月24日現在、7つの映像を掲載)。これらの映像における郭錠煥氏のみ言引用は不正確であり、み言の恣意的解釈が散見します。郭錠煥氏のインタビュー映像の内容は、2019年3月2日に出版された郭錠煥著『事必帰正』(日本語版)と類似するもので、真のお母様が真のお父様の意向に反して陰謀を企て、三男の顯進様を統一家の組織から追い出したという、いわゆる「真のお母様陰謀論」という虚偽に基づくものです。これはUCIを支持する人々が広めてきた金鍾奭著『統一教会の分裂』と軌を一にするものであり、〝虚偽のストーリー〟にほかなりません。

 これはUCIを支持する人々が広めてきた金鍾奭著『統一教会の分裂』と軌を一にするものであり、〝虚偽のストーリー〟にほかなりません。教理研究院は、UCI、FPAを支持する人々のかたる〝虚偽の主張〟に対し、彼らによる真のお父様の〝み言改ざん〟を指摘しながら、真のお父様のみ言と「原理」に基づいて反論してきました。その集大成として、2019年8月10日に『虚偽に満ちた金鍾奭著「統一教会の分裂」――軌を一にする郭錠煥著「事必帰正」』(光言社)を出版しました(以下、『虚偽に満ちた』)。

 郭錠煥氏の書籍は、真のお父様のみ言の根拠をほとんど示さず、自身の自叙伝のような体裁で書いているため、その〝虚偽性〟を見破るのは簡単なことではありません。しかし、『虚偽に満ちた』の巻末に掲載したUCI側の〝虚偽の主張〟と「原理とみ言」の比較対照一覧表【今回は「父子協助時代」に関する部分を文末に掲載】を見れば、金鍾奭著『統一教会の分裂』と郭錠煥著『事必帰正』の書籍の内容が、いかに〝虚偽の主張〟において軌を一にするものであり、かつ、お父様のみ言と食い違っているのかを理解することができます。郭錠煥氏が述べる〝虚偽の言説〟は、すでに『虚偽に満ちた』で論破されており、この書籍の内容こそが二つとない「一つの真実」です。

…(略)…​

(三) 悪意のある〝み言削除〟および〝み言改竄〟
 ……『統一教会の分裂』が省略、隠蔽した少し前の部分に、重要なみ言が隠されています。『主要儀式と宣布式Ⅳ』598~599ページは、次のようになっています。

 『母子摂理時代ではなく父子摂理時代なのです。真の父母が出てくる前までは、母親たち息子たちを育てながら迫害を受けてきましたが、神様を中心として、直接、真の父母を中心として、息子と娘が生まれたために、これからは母親がいなくてもかまいません。母の時代は過ぎ去り、父子摂理時代へと越えていくのです。それゆえ、神様を中心として真の父が現れ、真の父を中心として真の母が現れ、そこから生まれた息子と娘たちには、サタンは手をつけられないのです』(注、これは『統一教会の分裂』が省略したみ言の部分)

 真のお父様は、ここで『母親』という言葉と『真の母』という言葉とを、明確に使い分けておられます。お父様は、真の父母が出てくる前までは母親たち息子たちを育てながら迫害を受けてきました』と複数形で語っておられ、ここで言う母親がいなくてもかまいませんとは『真の母』を指して語っておられる言葉ではありません。事実、『母の時代は過ぎ去り、父子摂理時代へと越えていくのです』と語られた直後、『それゆえ、神様を中心として真の父が現れ、真の父を中心として真の母が現れ……』と語っておられ、〝母親〟の代わりに〝真の母〟が現れたことを明確に述べておられます。したがって、『母親がいなくてもかまいません』とは、〝真の母〟を指して語られた言葉ではありません。……


​   <詳細はこちらから>



私の過去記事お父様み言と違った「父子関係」解釈の『郭錠煥教』(2020.07.25)も参考までに再掲載しておきます。

引用開始>-----

​​​​神様と人間との関係は「父子関係」であるとキリスト教では説いています。

最初にそれを説かれたのは2000年前のイエス様でした。当時、神様はイエス様ただ一人を「独り子」と呼ばれました。そのイエス様を仲介として神様を知るようになったクリスチャンたちはというと、直接的な血統のつながりはないにしても、養子養女の位置だと言われています。

聖書を見れば

ローマ人への手紙/ 08章 15節~23節

​​ それゆえに、兄弟たちよ。わたしたちは、果すべき責任を負っている者であるが、肉に従って生きる責任を肉に対して負っているのではない。なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。
 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

と霊的には「子たる身分」を授けられたことを喜んではいても、なおも、「心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること」「からだのあがなわれることを待ち望んでいる」と更なる願いを吐露したりもしていました。つまりは、養子養女の位置からイエス様のような神様の実子となることへの願いでした。
また、

へブル人第 11 章1節~40節

 さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。
…(略)…
 さて、これらの人々はみな、信仰によってあかしされたが、約束のものは受けなかった。神はわたしたちのために、さらに良いものをあらかじめ備えて下さっているので、わたしたちをほかにしては彼らが全うされることはない。
過去の義人聖人らの信仰(願い)が必ずやクリスチャンたちによって成就されることへの確信も書き記したりもしていました。

このような信仰の伝統を相続しているはずの統一家(統一教会)ですが、果たして、どうなのでしょうか?
これまでも自称ルポライタイーtomy4509の検証から、これまでのキリスト教と同じような「養子養女文化」を祝福家庭に拡散してきた張本人が郭錠煥氏その人であったと書いてきました。直系の真の父母様の子女(真の家庭)に対して、祝福家庭は「養子養女」でしかなく、その真の家庭に繋がらなければ祝福家庭の生き残る道はない、とイエス様を子女様にすり替えた相変わらずのキリスト教そのままです。
文総裁はこれまでのキリスト教と同じことを繰り返すために来られた、ということでしょうか?

右図を見れば、ルーシェル(郭錠煥氏)⇔エバ(郭錠煥氏娘)⇔アダム(三男さん)で、その郭錠煥氏の「養子養女文化」の教えを相続した三男さんは、真の家庭ではなく郭家の養子(庶子)ということになるでしょう。人間始祖アダム・エバの堕落の経路の現代版を見ているようです。
その三男さんにつながる支流人の方々は、三男さんのような養子にもなることも出来ないので「郭家の僕」、クリスチャン以下の自らを旧約時代に貶めていることを知るべきです。

この三男さんの支流人らの主張を見れば、
1990年代の真のお母様を中心とした「母子協助時代」が終わり、2000年代から「父子協助時代」が到来した故に、母親はいなくても「父子関係」、真のお父様から子女様が相続を受けた立場で天の摂理を展開していく時代だとの解釈をされていたようです。




ところが、PeaceTV映像『真の心情革命と真の解放・釈放時代開門(2004.7.26)』(http://www.ipeacetv.com/vod/vod_view.asp?vId=5229&page=1)を確認したところ、

真の心情革命と真の解放・釈放時代開門

「二〇〇四世界文化体育大典」祝賀晩餐会でのみ言│2004年7月26日、ソウル リトルエンジェルス芸術会館

皆様。この時代は、人類歴史や摂理史的な次元から見るとき、実に途方もない意味をもっています。先天時代を締めくくり、後天時代を開いてくださった天は、一日を千年のような思いで、忙しく摂理を成し遂げていらっしゃいます。このような天の心情を悟り、きょう、皆様の立っている位置が摂理的にいかなる位置なのかをはっきりと知らなければならないという意味で「真の心情革命と真の解放・釈放時代開門」と題してお話ししようと思います。

六千年の摂理史の秘密​​

皆様。神様は、私たち堕落した人間にとって、師の中の師であり、父母の中の父母であり、王の中の王の位置にいらっしゃいます。その理由として、神様は、全知全能であられ、遍在していらっしゃり、真の愛の根であると同時に、絶対性、唯一性、不変性、永遠性をその属性としてもっていらっしゃるからです。今日の堕落人間の願いは、神様の真の息子に出会うことです。神様の息子には、個人的な息子、家庭的な息子、氏族的な息子、民族的な息子、そして国家的な息子がいます。それらをすべて取り戻さなければならないのですが、そうしようとすれば、人類はどれほど多くの苦労の路程を経なければならないでしょうか。

ですから、天は、国家的基準に立っている息子圏を代表したメシヤを送られるのです。このメシヤを探し出す日が、正にメシヤ降臨の日なのです。神様の個人、家庭、氏族、民族、国家的な息子まで、すべてを探し出す立場に立つからです。堕落の後裔である私たちは、サタンの讒訴圏を抜け出た神様の息子に出会わなければならず、その次には、神様が愛することのできる父母を中心として形成された家庭を取り戻さなければなりません。その基台の上に立ってこそ、私たちは神様の愛を探し出すことができるのであり、究極的には、神様と直接出会うことができるのです。

​このように、神様の愛を中心として愛の関係を結ぶことができるのは、ただ完成したアダム、すなわち真の父だけです。しかし、父一人だけでは父母になることはできません。真の相対を探さなければならないのです。その相対は、真の女性でなければなりません。絶対的基準の女性でなければなりません。世界的基準で女性を代表しているのが新婦格であるキリスト教です。なぜなら、キリスト教の中心思想は再臨主、メシヤを迎える新婦の思想だからです。​

しかし、真の父母は、ただ一人の男性と、ただ一人の女性によって成立するのです。男性も絶対的に一人であり、女性も絶対的に一人です。二人ということはあり得ません。このように、唯一の男性と唯一の女性が出会って真の父母となるのです。真の父母は、神様の創造理想を中心とした真の理想的夫婦です。ですから真の父母は、個人から世界、天宙までの統一的中心となり、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的なすべての次元で接ぎ木できるのです。

人類が復帰を目標と定めて神様に向かって進んでいくに当たって、必然的な条件が何かというと、父母の門を通過しなければならないということです。なぜなら、真の父母の門を通過しなければ、心情を連結させることができないからです。今日の世界は、心情的に、民族と民族が通じず、宗教と宗教が通じず、家庭と家庭が互いに通じない世界になってしまいました。このように、前後左右が完全に塞がっている垣根を壊し、互いに通じるようにするためには、まず神様の心情と関係を結ばせてあげなければなりません。果たして、誰がそのような使命を果たすことができるのでしょうか。天の真の仲保者として来られる真の父母様以外にはいないという結論が出るのです。したがって、失ってしまった真の父母を探し出すことは、神様の願いであることはもちろん、人類の夢だったのです。

皆様。人類始祖アダムとエバは、神様が本当に願う真の人類の先祖、すなわち人類の真の父母にならなければなりませんでした。その真の父母の血族として、私たち人類は生まれなければならなかったのです。このように、歴史の出発から始まるべきだった人類の真の父母、その真の父母は、神様の栄光の実体として、また人類の前には永遠の勝利の実体として現れなければなりませんでした。アダムとエバの失敗は、正にここにあったのです。これが、今までの悲しい歴史を綴ってきた怨恨の土台になったことを、私たちはよく知っています。

堕落によって人類は、天の法度から離れ、自らの実体を失ってしまい、神様の心情を蹂躙した邪悪な群れとなってしまいました。したがって人間は、神様のみ言により、再び自らの実体を取り戻し、真の心情の世界を取り戻す復帰の路程をたどってきているのです。堕落により、万物よりも劣る立場に落ち、神様と自由に向き合うことができない悲しい立場に落ちるようになったのです。

このような人間は、自分で自分を回復できないので、神様は、人間を悟らせながら再創造の役事をしてこられたのです。僕の僕の位置から僕の位置を経て、養子と庶子の位置を経て、直系の息子の位置を経たのち、真の夫婦の位置まで進んで、最終的には、勝利的な主管権を備えて真の父母の位置まで復帰してこられたのです。六千年の摂理史の背後には、このような途方もない秘密が隠されていたという事実を、皆様ははっきりと知らなければなりません。

​​
天の召命の前に悲壮な覚悟で立つべき時​​​

神様が御覧になるとき、この世は堕落した世の中なので、孝子も、愛国者も、聖人、聖子もいませんでした。かわいそうな人類を救おうとしても、堕落圏以下ではどうすることもできません。なぜならば、堕落とは無関係の神様であられるからです。ですから、神様は、堕落していないアダムとエバ以上の立場、すなわち完成した、後のアダムとして来られるメシヤが、神様の家庭を築き、真の父母になるその日だけを待ち続けてこられたのです。

そのような家庭の上に、初めて真の孝子が現れるのです。そのような家庭を基台として立てられた国家基盤の上に、真の愛国者も現れるのです。その基盤が世界的に広がれば真の聖人、そして天宙的次元では聖子が輩出されるのです。そのような真の家庭の基盤の上に、初めて天の代身者が現れ、相続者が生まれるのです。

本来、「父子」という言葉は、本然の父と息子、娘を意味します。そのような父子が築いた家庭が集まって国を建設します。万民は、平和の世界を願っています。しかし、その平和の世界は、今日の先進国が追求しているそのような世俗的な方法や、そのような次元の文化を通して築かれるのではありません。真の父母を通して伝えられる真の愛の文化を中心としなければ方法はありません。​

皆様。「真の父母」という言葉は、神様の創造が始まる以前から神様の心の世界にあった言葉です。神様の創造によって関係を結んだすべての理想は、真の父母を中心とする真の愛の理想を表題として出発したので、「真の父母」という言葉は、創造以前から神様が願われた希望の言葉だったことを知らなければなりません。

真の父母を探し立てるまで、神様の摂理路程において数えきれないほどの多くの人々が犠牲になってきたという事実も、皆様は知らなければなりません。神様は、摂理の路程において、その時々に適切な宗教を立てて摂理してこられました。したがって、宗教の中には、天使級の宗教、カイン的な宗教、アベル的な宗教、養子的な宗教、庶子的な宗教、養父母的な宗教、真の母格の宗教、そして真の父格の宗教があります。

キリスト教の歴史を見れば、アベル格の新教とカイン格の旧教が、神様の摂理全体のみ旨に合わせ、世界の各地域における様々な文化圏を中心として人類救援のために努力してきたすべての宗教圏を統合し、一つの国、一つの世界、すなわち一つの平和世界を建設しなければなりませんでした。あらゆる宗教の中の主流宗教がキリスト教だったからです。

皆様。今や人類は、歴史上、あとにも先にもない真の解放、釈放の時である後天時代を迎えました。太初にアダムとエバの失敗によって偽りと罪悪の血に染まった堕落のエデンの園を果敢に脱出し、天の召命に対して悲壮な覚悟で立ち上がらなければならない時が来ました。真の父母の八十余年という生涯の生の姿が、いきいきと皆様を導いています。真の愛の生の姿とは果たしてどのような生なのかということを、はっきりと示してくれています。与えてはまた与え、赦してはまた赦してあげる真の父母様の怨讐に対する愛の標本的生涯の前で、誰が弁明できるというのでしょうか。

​ただ絶対信仰、絶対愛、絶対服従の道だけが皆様の宿命的人生になることを、はっきりと悟らなければなりません。蕩減革命、良心革命、心情革命の三大革命を皆様の日常生活の中で実践して完遂し、真の解放と釈放の時代を開門する、天の特攻隊となることを覚悟して立ち上がる人は、両手を挙げて天のみ前にその決意を誓いましょう。​


​もう一度の確認です。

このように、神様の愛を中心として愛の関係を結ぶことができるのは、ただ完成したアダム、すなわち真の父だけです。しかし、父一人だけでは父母になることはできません。真の相対を探さなければならないのです。その相対は、真の女性でなければなりません。絶対的基準の女性でなければなりません。世界的基準で女性を代表しているのが新婦格であるキリスト教です。なぜなら、キリスト教の中心思想は再臨主、メシヤを迎える新婦の思想だからです。​
……


本来、「父子」という言葉は、本然の父と息子、娘を意味します。そのような父子が築いた家庭が集まって国を建設します。
​つまりは、「父子」とは本然の父(神様)と息子、娘(真の父母様)を意味し、神様を中心とした父母が築いた家庭(家庭的四位基台)が集まって氏族圏、国家圏、世界圏を形成するようになっていたということです。その最初の真の父母様はそのモデル家庭(原器)であるとのみ言もあります。

真のお父様と子女様方といった間違った解釈ではない「父子関係」「父子協助時代」の宣布であったことを十分に理解して、支流人の方々も正しい道に戻られることを願います。

これはお父様のみ言からであることは言うまでもありません。
「郭錠煥教」に引っかかることがなきように!!

-----<引用終わり

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Last updated  2020.11.27 00:51:01
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2020.11.09
カテゴリ:UCI、サンク
文総裁聖和後の翌年2013年1月9日の日曜礼拝で文亨進氏が「基元節」について​語っていた映像です。


​​


文亨進(문형진)様:基元節は真の父母様によるエバとサタンの結婚の蕩減復帰

<文亨進(문형진)様のみ言>
基元節。とても重要です。
完全な意味を理解するのは難しいです。
もちろんお父様が次のように何度も言われたことを知っています。
「基元節は新しい歴史と生命の始まりだ
アダムとエバの堕落以前の時代だ」
真の父母様の結婚に目を向けるべきです。
それはとても重要な歴史なのです。
1960年は真の父母様の最初の祝福式でした。
お父様はこれについて「小羊の婚姻」と言っておられます。
「小羊の婚姻」というのはイエス様の結婚に使われる言葉です。
ですから1960年の真の父母様の最初の祝福式は
真の父母としてのイエス様の結婚を象徴しています。
2003年の真の父母様の2回目の祝福式では
肉体を持った男性と女性である真のお父様と真のお母様が結婚したのです。
堕落の始まりを覚えていますか?
堕落の第1段階は霊的存在と肉体をもったエバとの関係です。
サタンは霊的な存在でエバは肉体を持っています。
第2の堕落は肉体を持ったアダムと肉体を持ったエバの関係です。
第3の神様の悲しみは堕落ではありませんが
イエス様が真の愛と生命と血統を地上で実現できなかったことです。
それは人々に信仰がなかったからです。
そして2013年の基元節は
究極の堕落が肉体を持ったエバと霊的存在のサタンが結婚したことなので
それを完全に復帰するために霊的存在の神様と一体となったお父様が
肉体を持ったエバの真のお母様と結婚し堕落が完全に復帰されます。
お父様は基元節後はアダムとエバが堕落しなかった状態に戻ると言いました。
堕落の全てが清められるのです。
真の父母様に大きな拍手を送りましょう。


これは非常に重要です。
重大な意味があります。
なぜならこれが私たちが基元節に聖酒を受ける決定的な理由だからです。
新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れます。
堕落以前のアダムとエバに戻る道です。
全祝福家庭は接ぎ木されるべきです。
堕落以前の汚れなき血統を受けるためにその聖酒を受けなければならないのです。
驚くべき意味がそこにあるのです。

2013年1月9日 日曜礼拝



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【関連記事】

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Last updated  2020.11.09 21:30:55
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2020.11.07
カテゴリ:UCI、サンク
​​​​​​​​​​​​以下は『ファミリー』1999年1月号、「●み言/第39回「真の子女の日」記念礼拝のみ言」からの抜粋です。


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​​



……(P.17から)

  アダムの中に入られる神様

 それでは、初めに戻りましょう。アダム・エバが喜び、神様まで合わせて三人が喜べば、どのような世界になっていたでしょうか?

 この世界の息子・娘たちは、霊的にも肉的にも形がありますが、神様は無形です。死んで天国へ行ったとき、神様が見えなくてもいいのでしょうか? 「私がいちばん好きなお父様だ」と言わなければならないはずなのですが……。

 アダム・エバがキスして愛し合うのは有形世界でのことですが、どのようにしたら無形であり、見えない神様と見詰め合うことができ、触れ合うことができる位置に立てるのかということを考えなければならないのです。

 神様が喜ばれ、アダム・エバも喜ぶように愛を中心として一つになることを願うならば、どのようにしなければならないのでしょうか? これが問題なのです。それが一つ​になれば、見えない父母が見える父母になり、霊界に行っ​ても実体であり、地上でも実体であるので、笑うときにもいつも一緒に笑うようになるのです。見えないのにどのようにして一緒に笑い、その相対になるのでしょうか?

 このことが問題です。一つになれる道をどのようにして立てるのかということが、神様が創造されるときの最後の宿題の中の宿題であり、人間の希望の中の希望であり、宿題の中の宿題なのです。

 問題は簡単です。見えない二性性相の神様がアダムの中に人っていかれるのです。そうすれば、霊界の神様はいなくならなければなりません。どこに来られていなくなるのですか?  ここ一形状的なアダムとエバーと合わさったというのです。(板書されたものを指しながらお話しされる)アダムの体、エバの体に入っておられるのです。分かりますか? (「はい」)。はっきりと知らなければなりません。

 アダムの中に神様が入っていかれれば、神様とアダムとエバの三人が喜ぶようになるのです。アダムとエバのふたりが喜べば、内外すべてが完全に喜びます。霊界、肉界がすべて喜ぶのです。

 未婚の男女は、なぜ結婚しようとするのですか?  男性の世界を完全に絶対的に占領するためであり、女性の世界を絶対的に占領するためです。それゆえに自分の夫に、宇宙全体、神様までがすべて入っているのです。

 神様の愛と人間の愛をすべて占領して抱くようになれば、宇宙を抱くようになります。(板書されたものを指されながらお話しされる)これらがすべて一つになるためには、このセンターの位置に来なければならないのです。男性もここに来なければならず、女性もここに来なければなりません。

 男性・女性の体の四分の三が水です。水が一つになり、愛が一つになって動物を育てることができる平原地帯のようになって・その愛の懐で水を飲み、草を食べて世の中のすべての動物が幸福にすくすくと育つようになるとき、このすべてのものを創造された神様が、それを見て笑われるのです。それを見て泣かれるでしょうか?

 女性が泣くときにはどこに行きますか?  女性は隠れて泣きます。台所のような所に行くのです。男性は外に出て泣きます。男性は門をけ飛ばして、家から出ていって泣くのです。(笑い一)相対的です。そうではないですか?  出ていって、木や海など自然に話しかけながら泣くのです。

 また、女性が喜ぶと「へへへへ」とこのようにし(体を縮めて笑うまねをされる)、男性は「ホホホホ」とこうするのです(肩を広げておなかを突き出しながら笑うまねを
される了)。(笑い)そうですか?  どのようなことをしても女性は女性であり、男性は男性です。女性は男性になれず、男性は女性になれません。絶対的なのです。アメリカの女性たちは、よく聞いておきなさい。

「なぜ男性が主体なのか?  主体は女性だ」と言うならば、夫婦が愛し合うときに「男よ、横になりなさい。私が上にいく」と逆さまにならなければなりません。(「女性が主体になろうとすれば、そのようにしなければならないということですか?」)。そうです。女性が主体であると思うなら、そのようにしなければなりません。男性を横に寝かせて、自分がその上に乗って愛するのです。

 そのようにしたらどうなりますか?  水が全部あふれてしまうではないですか? 皆がはっきりと分かるように露骨に話をしているのです。笑わないでください。(笑い)このような夫婦は破壊します。女性は"受ける存在"です。

 アメリカの女性たちは、主体を知りませんでした。主体と対象を誤って暮らしていれば滅びます。世の中を滅ぼすのです。どこにおいても女性が出しゃばれば滅びます。自分の位置を失えば滅びるのです。前後が逆さまになれば罪になります。

 それでは、動機は神様ですが、その結果を合わせる所は どこでしょうか?  頭から脊髄すべてに神様が連結されな ければなりません。神様の見えない骨が、男性の見える骨 に移されるのです。見えない肉が女性に移されるのです。 男性は骨、女性は肉になり、ふたりが一つの体になることによって第二の神様になります。神様の愛の相対になることができる存在になるのです。そのようになってこそ、男性と女性が愛し合うときに、愛を中心として神様は喜ばれ、 キスして抱擁し、踊りを踊られるのです。

 それでは、どこで一つになるのでしょうか? キスする ところですか?  抱擁するところですか?  どこですか? (「生殖器です」)。生殖器を今までいちばん悪いものとして 扱ってきませんでしたか?  卑しいものとして扱ってきた のではないですか?  それは堕落したためです。生殖器は生命の根源であり、血統の根源であり、愛の根源なのです。

  アダムヒエバの結婚式は神様の結婚式

 個人主義王国時代に、個人主義王権を主張する者たちは孤独、単身です。昔、相対を失いました。天使長によってそのようになりました。すべての男性・女性は相対的になっていますが、愛のパートナーを失い、息子・娘までもすべて失ってしまったのです。

 そうして、「人生の価値とは何だろうか?  真の愛の道とは何だろうか?」と言うのです。真の愛の道を捜し出すことができないので、人生の価値が分かりません。フリーセックスになれば、自分の父親を殺した怨讐と関係を持ち、その怨讐の息子をはらんだことを憂えて、産むやいなや子供をゴミ箱に投げ捨ててしまうようなことが多いのです。

 フリーセックスとは一体何ですか?  どうやって本然の立場に返っていくのですか?  返っていくことはできません。すべて失ってしまいました。

 そしてヒッピーになり、雨や雪が降る日は行く所、休む所がないので、嘆息しながら薬を飲んで死んでしまうのです。自殺者がどんどん増えていきます。人生行路において真の愛を失ってしまったら、どのようにして真の人生を生きていくのですか?

 未婚の女性たちは男性に目が行くでしょう?  男性の中を捜して真の愛がありますか?  男性たちは、女性に真の愛があると思いますか?  男性が信じられますか?  女性が信じられますか?  女性が生まれたのは男性のためであり、男性は女性のために生まれたということを知っている人はいません。自分のために生まれたと思っているのです。

 それでは、男性は何をするのですか? 女性は何をするのですか? 相対を僕にしようとします。ために生きようとはしないのです。ために生きなければ愛はあり得ません。初愛は永遠なのです。エデンの園では、エバ以外に他の女性がいましたか?  男性一人、女性一人でした。

 自分自身が絶対に信じられる人がいますか?  心と体が一つになっていますか?  毎日、心と体が闘っているのです。これを、どのように解決しますか?  休戦も停戦もない戦争を、どのようにして終わらせるのですか?

(板書されながら語られる)九O度です。すべて同じなのです。十二角が三つずつで三十六です。これはどこに持っていって合わせても、すべて合うのです。統一教会もこれを中心としているので一、ニ、三の三対象であり、これを中心としても一、ニ、三の三対象であり、神様を中心としても一、ニ、三の三対象なのです。

 これは、一つの永遠な公式的カテゴリーなのです。男性は神様が絶対に必要であり、息子・娘が絶対に必要なのです。女性も神様が必要であり、夫が必要であり、息子・娘が必要なのです。息子・娘は父母が必要なのです。同じことです。どれか一つ欠けるだけでも、すべてが崩れていきます。

 これが春ならば、これは秋です。そして東側は男性に当たるので主体です。これを中心として、これが一つになるのです。

 ​ですから、祝福家庭は神様の形状にならなければなりません。神様は父母なのですが、堕落以後、形状を持つことができませんでした。形状を持つはずが持てなかったのです。​

 これを再び復帰して、ここにおいて神様が初愛を中心としてアダムとエバに入られて、縦的な父母と横的な父母がここの一点で愛されることによって、始まりが縦約・横的になるのです。そうなることによって、霊界と肉界を一つにすることのできる息子・娘が出てくるのです。

 神様はここにいて、アダム・エバはこのようになっているのですが、これが一つになってこちらに上がっていくのです。アダム・エバは上に上がっていきます。神様は上から降りてこられるのです。アダム・エバは見えない性相を備えるために、見えない神様は見える形tを備えるために訪ねてこられるのです。

 それはどこで出会うのですか? 赤ん坊から兄弟時代を経て、男性は男性として大きくなり、女性は女性として大きくなってここまで来て、擦れ違うのではありません。エバは"アイゴー、私をほうっておいて泣かしたまま逃げ回り、一人で歩き回っていたアダムが必要だ"と思い、アダムは"アイゴー、わんわん泣いてじゃまだったエバが絶対に必要だ"と思って、ふたりは出会います。それで神様も同様に訪ねてこられるのです。

 思春期になると、神様がアダムとエバの中心に入っていかれ、「さあ、行こう。祝福することができる場所で会おう」と言われるのです。そして霊的な父母と肉的な父母が一つの体になり、霊肉が一つになります。

 そして霊的世界、肉的世界を見ることのできる息子・娘が生まれるのです。それが堕落していない天の国の家庭の息子・娘であり、それを拡大させたものが天の国の民族なのです。アーメン。

 横的な父母であるアダム・エバは神様の体であり、縱的な父母であられる神様が心なのです。神様は、アダム・エバの心なのです。​ここで心と体が一つになって愛するとき、アダム・エバの結婚式は"体"的な父母の結婚式であると同時に、"心"的な神様の結婚式になるのです。​

 二つの世界の結婚式をすれば、息子・娘の結婚式になります。息子・娘の結婚式、横的な父母の結婚式、縦的な"心"的神様の結婚式になるのです。この三つをすべて祝福することのできる日を迎えることによって、神様が喜ばれ、アダム・エバが喜び、全体が喜びます。アーメン。そこから幸福になるのです。

 ですから、神様もアダム・エバの結婚式をどれほど待っておられたでしょうか?  それはご自分の結婚式なのです。女性が男性を訪ねていって完全占領して、男性が女性を占領するとき、ふたりで神様が喜ばれる場所を訪ねていくのです。そしてアダム、エバが神様の体になり、神様はアダム・エバの心になって、結婚式が完成するという結果になっています。

 ですから結婚とは、男性が女性を完全に占領し、女fが男性を占領するものなのです。ふたりが占領した真の愛を中心として、神様までも占領するのです。神様がすべての主体なる動機になられ、その神様と愛によって一つになることによって、そこに属したすべての宇宙の存在は私の所有になります。アーメン。

 神様といつ出会うのでしょうか?  結婚式に神様と出会うのです。アダム・エバの結婚式は、エバの喜びの日であり、アダムの喜びの日であり、夫婦の喜びの日であり、神様の喜びの日であるということを知らなければなりません。

 神様は縦的なお父様であり、アダム・エバは横的なお父様です。九O度の角度です。永遠に九〇度なのです。皆さんの心と体が堕落することによって体を失ってしまったので、堕落した後に、角度が狂ってしまいました。これを立て直さなければなりません。

 自分の心と体が何度狂っているのか、皆さんは知っているのです。心を中心として体が一つになっていないということを知っています。一年三百六十五日の半分、心と体が一つにならなかったとしても、五〇パーセント狂っています。それどころか毎日のように体の命令に心が従って、すべてマイナスになって地獄に落ちていくのです。

 アダム・エバは神様の体である、ということを理論的に認定しなければなりません。分かりますか?  アダム・エバの心に神様が臨在されるのです。神様と一つになり、心と体が一つになっていたらサタンが入ってくる所がありません。

 それでは、なぜ男性が生まれたのでしょうか?  女性のためです。女性はなぜ生まれたのでしょうか?  男性、女性はなぜ生まれたのですか?  人類といえば男性、女性しかいませんが、男性、女性はなぜ生まれたのですか?  愛のためなのです。愛して何をするのですか?  男性の世界は半分でしかありません。半分が完全になり、さらに神様までも占領するために結婚するのです。

  三代から地上天上天国が出発

 神様も赤ん坊から成長されました。神様が赤ん坊のときから兄弟時代、結婚段階に至って子供を創造されたのと同様に、皆さんの妻にも、相対的実体として体と一つになって育ってきた時代があります。その成長時代においては感じられなかった愛が、結婚して一つになれば永遠に継続されるのです。

 見えない神様が見える神様として現れ、見えない神様と見える神様の世界、地上世界と天上世界が三代において初めて結実として現れます。アダムは神様の一代の愛しか受けることができませんでした。それは四位基台にならないのです。

 それゆえに、神様も三代の愛を経ていかれなければなりません。息子・娘の愛と孫の愛まで経てこそ、三対象目的の四角形を中心として一つの完成体になることができるのです。この角度を満たすことをグローバルと言います。三角形では運動するのが難しいのです。

 見えない神様が成長されて、見える神様になられて衝撃を感じられるために、息子・娘を代身としてつくられました。見えない内的な神様を見える神様として感じることによって衝撃を受けるのです。

 同様に、アダム・エバも息子・娘を産むことによって、自分が育ってきた赤ん坊時代から兄弟時代、そして結婚して父母になる道を経て、三大創造主権を成し遂げることによって一つの実を結ぶはずであったのです。ところが、神様は孫を持たれることができず、三代を成すことができませんでした。実が結ばれなかったのです。

 神様は、幼いときから結婚するときまで過ごしてきたすべてのものを、実体でごらんになって刺激を感じられます。霊界と肉界を一つにするのです。霊的に一つになって現れてきます。

 皆さんが成長するときに皆さんの親は、子供が育つのをどのように見ていたのでしょうか? 自分の息子・娘を通してもう一度、自分たちの成長過程を見るのです。

 神様もご自身が成長してこられたことをもう一度ごらんになるときに、衝撃を感じられます。そのようにして神様が横的に拡張する世界を持たれたように、皆さんも子供を
産むことによって、縦的な世界ではなく、横的な世界に発展することのできる愛の版図が広がるようになるのです。

 アダム・エバは二代であり、その息子・娘が三代です。三代から四位基台が広がっていきます。アダムは、神様の愛、すなわち一代の愛しか受けることができませんでした。しかし、アダムの息子・娘は、神様の見えない父母の愛と、アダム・エバの見える父母の愛の二つの愛を受けるのです。

 アダム,エバの心を中心として、霊人体に神様の愛の血統が三代の息子・娘に連結されます。ですから、二つの父母、二つの国の王の血統を受け継いだ、アダム・エバの息子・娘から地上・天上天国が出発するのです。

 堕落した皆さんは、神様の愛と真の父母の愛を受けられなければ地獄に行きます。天国ではありません。それを知らなければなりません。その三代の神様の愛を成すためにアダムが来たのであり、メシヤが来られたのです。そして、三代を成して天国の種を拡大していくのです。

 偽りの父母から、天国の種を破壊する偽りの愛、偽りの生命を受け継ぎました。ですから、その反対にメシヤである真の父母が来られて再び三時代の基準をつくることによって、どこに種を植えても繁殖し、天国に直行する人々をつくります。それが、統一教会の家庭を立てて天国に行くことのできるチケットに印を押してあげていることです。(拍手)

そのようにするためには、野生のオリーブの木を切ってしまい、真のオリーブの木の芽を接ぎ木しなければなりません。新しい芽です。そのようにして血統が変わるのです。接ぎ木すれば、切ってしまったものは肥料になります。切ってしまって接ぎ木すれば、世界全体は肥料とともに容易るすることができる新しい家庭の体になるのです。腐ったものは肥料になります。

…(略)…






Last updated  2020.11.07 18:09:39
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2020.11.04
カテゴリ:UCI、サンク
​​​​​
天一国平和統一平定時代到来を宣明
と家庭盟誓に「天一国主人」を追加
2002年11月5日 大韓民国京畿道中央修練院



2002年11月5日、第43回真の子女の日
真の父母様は「天一国平和統一平定時代到来」を宣言し
家庭盟誓の冒頭に「天一国主人」を追加された


平定時代は霊界や肉界が互いに
一つになって天一国完成のために進行する
時代が到来したことを言う



平定は霊界と地上界がすべて等しい
平和?????
どこでも同じ価値を持つものであり

したがって、霊界が地上に自在に
再臨することができ、地上人の願いも
自由自在に先祖と神様のみ前に
報告することができる時代が到来した



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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天一国経典・天聖経 - 第12篇 天一国 - 第3章 -

​第3節 神人愛一体と侍る人生​


​17 「天一国平和統一平定」を宣布します。「天一国平和統一平定」とは、どこでも同じだというのです。同じでないものはどこにもないという意味です。 「平定世界時代を発表する」ということです。「天一国平和統一平定時代到来発表宣言」、この言葉は、天の国や地上が同じだという意味なのです。ですから平定です。先祖を呼べば、子孫が真の天一国平和統一の祝福を受けた家庭なので、先祖は答えてあげなければなりません。したがって、霊界が地上に自由自在に再臨でき、地上人の願いが自由自在に先祖と神様のみ前に報告される時代のことを意味するのです。それで、平定時代到来発表を宣言するのです。​

18 ​私たちの願いは、神様と同じ位置に立つことです。同位権です。同居権は一緒に暮らすことです。その次に同参権です。同行権でも同参権でも同じです。 一緒に参席し、一緒に行動しなければなりません。その次に同愛権、共に、愛の目的のために生きるのです。それで、イエス様も「わたしは道であり、真理であ り、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」(ヨハネ一四・六)と言ったのです。​

​ 「わたしは道であり、真理であり、命である」と言ったのですが、「愛」という言葉が抜けました。天一国は、愛を中心として行くのです。ですから、皆さんの願いは、父母様と共に同じ位置にとどまりたいということなのです。父母様と共に暮らしたい、父母様と共にすべてのことに同参して行いたいというのです。永遠に共に、愛を中心として幸福に、自由に解放された立場で生きなさいというのです。そのような意味で、天一国平和統一平定時代が来たというのです。​

そのため、皆さんが動くときは、一人で動くのではなく、皆さんの国がついて回るというのです。霊界全体が、天の国全体がついて回り、地上世界と万民が擁護 する中で、主人の資格をもって暮らしているというのです。ですから、神様の愛の伝統をもって、「私」の一族を通して侍り、「私」が一国の伝統の骨となる思想に侍る主人にならなければなりません。



​​​​​






Last updated  2020.11.04 22:48:46
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2020.11.03
カテゴリ:UCI、サンク
まずは前置きとしてですが、「善きサマリヤ人の譬え」は異邦人サマリア人のごく一部の方々がイエス様の教えを受け入れたものでした。カテ「家庭連合」で書かれるハンドルネーム「善きサマリヤ人」もまた、真の父母様の教えを受け入れていればそうでしょう。ところが、彼自身も「1ドル紙幣」を手にして行列を作る中の一人であって、誤解を招くものです。イエス様は異邦人サマリア人のところに行くな、と弟子たちに警告をしていました。



さて、異邦人サマリア人(UCI)氏の新着記事「この1枚の写真が教派分裂のはじまりだった」がUPされていました。2008年4月6日のハワイ・キングガーデンでのカインアベル儀式をとりあげ、お母様がその「母子協助」の失敗者として書かれていました。
2008年は激動の1年間でした。
3月17日:孝進様聖和
4月6日:オモニ・顯進様・國進様の特別儀式を挙行
4月13日:韓国国会議員選挙で家庭堂惨敗
4月18日:亨進様世界会長に就任
7月19日:真の父母様、お孫様が搭乗したヘリコプターの墜落事故
8月14日:仁進様アメリカ総会長に就任

4月6日の特別儀式は、最前列にオモニと顯進様、國進様を立たせたまま、1時間以上に渡ってみ言葉を語られたのでした。
しかし3人とも険しい表情で、オモニに至ってはみ言葉の途中で座ろうとなさる様子が記録されています。

この儀式は、母子協助によりカイン(顯進様)とアベル(國進様)を一つにする意義がありました。
残念ながら、その願いが実現しないままアボジは聖和されてしまいました。

「霊界のお父様と地上のお母様は一つ」という前提が間違っていたとすれば、この写真を見る観点も変わってくるでしょう。
孝進様が聖和された後、オモニの最重要課題は顯進様と國進様の一体化にありました。
UCI裁判とサンクチュアリ教会の出現を、「身勝手で親不孝な真の子女様」に責任転嫁するのは無理があるでしょう。
オモニお一人に責任があるのでもありませんが、家庭の中の母親の役割は小さなものではありません。
このカインアベル儀式に関しては、奇知外記でも過去に何度も紹介してきたものであり、分派問題の大きな分岐点であったことを書いていました(以下にその一部)。

2008年の4月6日、 真のお父様はハワイのキング・ガーデンで、顯進任をカインの立場、國進任をアベルの立場に立たせられ、「二人が一つになり、その土台の上で真のお母様を通じてお父様に来なさい。」と特別な御指示をなされる。

  • 三男さんはどうも「カイン」立場がお嫌いのようだ!!(2017.06.14)
  • 7番目のヘリコプター事故(ゴルゴダの丘)は真の父母様お二人で!!(2017.06.20)
    2008年4月、カインアベルが一つとなっていれば汝矣島裁判もなければUCI裁判もなかったはずだ。
    その裁判(無駄な軍事費)に天文学的数字が投入されているという。

  • 三男さんも兄(カイン)であったか!?(2017.10.21)
    アベルカインだからといって、アベルだけ、あるいはカインだけでは絶対に救援摂理はなされない。アベルカインの一体化が必須だ。よって、アベルもカインを必要と詩、カインもアベルなしには生きる道がない。そもそも、アベルカインはアダムも堕落したために仕方なく善悪の表徴として分立したものであって創造原理からではない。
    復帰原理からはアベルカインの信仰基台・実体基台でもって「メシヤを迎えるための基台」だが、果たして、その実際はどういうものかまでは書かれていなかった。イエス様がニコデモに言われたように、「もう一度、母の胎にはいって生れること」であった。

    第一のフォトは「お母様の胎に(もう一度)入って生まれなさい」、第二のフォトも「兄弟が父母様を中心に一つになりなさい」、これがお父様のメッセージであったはずだ。

    エバの表示体「善悪知るの木」の意味するものとは何かである。
    よくよく考えて見られよ!!

  • お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(雑記2)(2018.06.11)
    霊界ではお母様を中心として孝進様と興進様が一つとなったように、地上では三男さんと四男さんが一つとなることを願われての儀式がなされた。

    6月号30ページ下部から31ページではかつての孝進様について語られていたが、聖和して霊界へ行かれたことで二つの世界をつなぐ架け橋で連結されるようになった。

    さらには、2008年7月には真の父母様はじめとしたヘリコプター事故があったが、
    その退院の日にもお父様は孝進様について語られていた(以下。ファミリー 2008年10月号)。

    このように聖和された孝進様を見つめながらも「自慢の長子」としてお父様は語られていた。
    それに続く息子たちにも同様のことを願われたのが、2008年4月6日のその特別な儀式ではなかっただろうか。

  • ほか(​こちらから​)

ところが、サマリヤ人氏のそれは「虚偽ストーリー」--「真の父母様の不一致」説が前提としてあり、その不一致のデマ宣伝記事ということになります。

この時のお父様のみ言は『ファミリー』2008.6月号と7月号に掲載されており、自称ルポライタイーtomy4509は何度も確認をしてきました。
3月17日に聖和された孝進様は最後まで真の父母様への「絶対信仰・絶対愛・絶対服」を曲げられませんでしたので、お父様は霊界においては孝進様と興進様のカイン・アベルについて霊界ではお母様を中心として一つであり、揺るぎないお母様の勝利基台を挙げていました。霊界ではすでにそうなのだから、顕進氏と国進氏はお「お母様に絶対服従しなさい」とのみ言でした。復帰摂理を見れば、アダム家庭ではカインにもアベルにも神様は「供え物を捧げなさい」との命令をされました。これと同じことがこの時にも展開されていた、ということです。この供え物の儀式はどうだったでしょうか?
「失敗した」は私もサマリア人氏も一致した意見です。
仕方なく神様は、アダム家庭でセツを立てられたように、真の父母様は亨進氏を世界会長に就任させたというのが、私の展開意見でした。
このアダム家庭路程では「母子協助」は出てきません。


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Last updated  2020.11.03 21:21:23
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2020.11.02
カテゴリ:UCI、サンク
yosia621氏の新着記事「訂正させていただきました。そしてyosia621は共産主義ではありません。
前回記事にての質問は2点
1、異邦人サマリア人とは善きサマリア人のことなのか?
2、共産主義とする根拠は?
についてもう一度の確認です。家庭連合の教義である一つの核心的部分は「真の父母」であり、それを否定される方々に対して「異邦人サマリア人(UCI)」ということになります。「善きサマリヤ人」の譬えは、ごく一部がイエス様の教えを信じたものであって、もともとがクリスチャンでもない私もまた「異邦人サマリア人」ということになります。こんにちで言えば、統一教会の「真の父母」を信じるかどうかが「善き・悪しき」の分かれ目ということです。

また「共産主義」ということですが、UCIがワシントン・タイムズを売却に出したもので、統一教会側の韓国統一財団がわずか1ドルで買い戻したとのことでしたが、文総裁はその売却先(共産主義者等)から奇跡的に買い戻した、と語られていました。​先ずは、UCIに「共産主義」のレッテルを貼られたのはお父様でした。​記述の順番は逆になりましたが、私個人の主張の背景にはお父様のみ言があります。

異邦人サマリア人(UCI)は、お父様が聖和されてのちはお父様のみ言を軽視される傾向にあり、お父様そのものも感じることが出来ない、無形実体世界(霊界)を信じているのかの疑問を投げかけたものでした。お母様は八大教材教本を改ざんされて新しい天一国経典を出されたなどと、お母様や家庭連合を批判するデマ宣伝もありました。八大教材教本の一つ「黒・天聖経」の「独生女」の記述については、自称ルポライタイーtomy4509は2015年4月4から(「一人娘(独生女)について(その2・捕捉)――天聖経(黒表紙・韓国語)から」)それをルポしていました。「独生女」は、お父様が一番最初に語り始められたイエス様「独り子(独生子)」に対して、もしも、十字架がなかったならば「ひとり娘(独生女)を探して結婚をしていたでしょう!!」 1959年10月、1960年3月の韓総裁との聖婚式前に語られていたこれまでのキリスト教にない新しい「新語」でした。そして、第三アダム(再臨主)は罪のないエバ(独生女)を探して結婚式をしては「真の父母」となる、それが黙示録の「小羊の婚宴」だとも語られたみ言もあります。異邦人サマリア人(UCI)はそれを見ようともしませんでしたし、見たとしても、「お父様の語られた「独生女」とお母様のそれは違う」と言っておきながらどこがどう違うのかの具体的なものがありません。「お父様原罪あり、お母様原罪無し」が間違っているといっては、因習的観念からしか見ようとはしません。「新しい酒は新しい皮袋に」の聖句はどこへ行きましたか?
これらについても自称ルポライタイーtomy4509の過去記事を探せば、原理講論やお父様のみ言から検証したものがありますし、確信をもっています。
異邦人サマリア人(UCI)は砂上の楼閣でしかありません。ヨンギ氏が「奇知外記には何を言っても無駄でしょうが一応(ワシントンタイムズ)」などと中身のないタイトルを挙げていました。この過去の腐った情報(弁護士がどうとかの)はどこからですか? UCIと韓国統一財団が父母様を中心として一つになっていれば、わずか1ドルのやり取りもなかったという話を私はしているのです。復帰摂理のアベル・カインでしょう。そういうこともUCI人は原理について無頓着なのですか?


霊界に行かれたとしても、これらお父様のみ言も受け入れることが出来ないとなれば、「UCI(「職員」とは書いていません)グループ・郭グループ」、顕進氏(郭錠煥教)を支持される方とて同類ということです。UCIグループに対しては、ほかにも「異端者爆破者宣布文」、「真の父母様宣布文」もあるでしょう。これらは、お父様、真の父母様のサイン(許諾)を得たもので、これらは現在なお有効です。三男さん・文顕進氏の名前入りで、ほか彼を支持される方々に向かって書かれていました。

お母様は、もしも顕進氏を愛するならその周囲の方々は彼の元を早く離れなさいとも語られていました。UCI皆さんは早くそうするべきです。そうすることが、彼をも生かす道であると知るべきです。
彼自身、平和活動家(政治面)としての手腕はあるかもしれませんが、祝福権を相続されてはいません。2000年9月の「祝福権移譲」のみ言を挙げられる方もいますが、『祝福家庭 19号』2000年冬号P.6にその回答は既に出ています。



冒頭の小見出し「祝福を行う権限を興進君に伝授」となっており、顕進氏とはなっていませんでした。お父様のその時の祝祷(同P.22~)でも、興進様は何度もありましたが顕進氏は一つとして発見されませんでした。

このように、祝福権のない顕進氏は「祝福」行事をすることが出来ません。天の父母様--真の父母様の血統を相続されていない彼に従ったところで、霊界までも無事に行けるはずがありません。神山威氏はどうだったでしょうか?

異邦人サマリア(UCI)人らがみ言を歪曲・改ざんしては、また、虚偽ストーリーでもってカテゴリー「家庭連合」内を土足で闊歩されることは嫌なものです。真の父母様が一体となっていない、お母様は独生女でない、等々はお父様のみ言から到底考えることが出来ないものです。万が一にそれが事実とすれば、再臨主、お父様やお母様は何のためにこの地上に来られたというのでしょうか? 「天地人真の父母定着実体み言宣布」であって、その実体を見失ってしまえば永久に原理(み言)そのものまでも灰となってしまいます。分派の方々はそれを望みますか?
お母様否定はお父様までも否定する結果となっています。2000年前のイスラエル民族がイエス様を受け入れることが出来なかった教訓があります。ほか原理講論には多くの教訓と同時に、啓示的な内容も少なからずありました。その一つが完成期は雌牛、つまりは「女性時代」というもののでした。さらには、キリスト論の重生論(P.264~)では
​​ 我々を生んでくださるのは、父母でなければならない。それでは、堕落した我々を原罪がない子女として生んで、神の国に入らせてくださる善の父母は、いったいどなたなのであろうか。原罪のある悪の父母が、原罪のない善の子女を生むことはできない。したがって、この善の父母が、堕落人間たちの中にいるはずはない。それゆえに、善の父母は、天から降臨されなければならないのであるが、そのために来られた方こそがイエスであった。彼は堕落した子女を、原罪のない善の子女として新しく生み直し、地上天国をつくるその目的のために真の父として来られた方であった。ゆえに、ペテロⅠ一章3節に、「イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ」というみ言がある。イエスは、アダムによって成し遂げられなかった真の父としての使命を全うするために来られたので、聖書では、彼を後のアダムといい(コリントⅠ一五・45)、永遠の父といったのである(イザヤ九・6)。また、神は、預言者エリヤを再び送り、彼の力で堕落した人間の心を、父母として降臨されるイエスの方へ向けさせることによって、彼らをその子女となさしめると言われた(マラキ四・6)。そして、イエスが再臨されるときも、父の栄光のうちに来られる(マタイ一六・27)と言われたのである。

 ところで、父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださるためには、真の父と共に、真の母がいなければならない。罪悪の子女たちを新たに生んでくださるために、真の母として来られた方が、まさしく聖霊である。ゆえに、イエスはニコデモに、聖霊によって新たに生まれなければ、神の国に入ることができない(ヨハネ三・5)と言われたのである。​

 このように、聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリントⅠ一二・3)、​エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。​​​​

お母様の5月8日のみ言にしてもそうです。お母様の7年路程、安楽に寝て暮らしてそれが可能だったでしょうか。50数年間のマラソン、み言全体を読めばこの地上が大切であり、お父様と一体となられたお母様がこの地上におられる間が重要だということを私たちに諭したものでした。顕進氏もその例外ではありません。

私がいうところの「郭錠煥教」とは何でしょうか?
真の父母様から祝福を受けたとしても祝福家庭は「養子・養女」文化であって、さらには「真の子女様は私たちの命の綱」につながらなければ真のお母様、そして、真のお父様へつながることが出来ない、という教えです。(『祝福家庭』2000年、冬号P.108~参照)
ところが、その子女様方がそのお母様につながっていなければ、果たして、お父様(神様)の御元まで行けるでしょうか? というのが私からの疑問でした。
錠煥教の結論からは、お母様につながらない子女様方、その命の綱の先にはお父様がおられないということです。いくら「お父様」と叫んでみても遠い対岸の岸で見ることも出来ません。その一方で、「1ドル紙幣」は何かというと、顕進氏がお父様との縁を切っては郭家の養子となるためのものでした。顕進氏の副会長就任式でのお父様のみ言は父母様に「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」でしたが、違う道への切符ともいうべきものでした。それを支持されている方々もわずか「1ドル紙幣」の切符をもって同じに並んでいます。乗られる列車はどこへ行くかは自ずと知れたことです。

最後の結論です。
祝福家庭とはイエス様がニコデモに語られたように、36家庭に始まり6000双までは真の子女様と双子として真のお母様から生まれた経緯を経ています。へその緒(「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」)につながって生まれてきました。6500双以降も次元を違えてはお母様からへその緒につながって(例えば、統一教会(アベル圏)とカイン圏の双子で)生まれてきたものでした。宗教圏と国家圏といったものも考えられるでしょう。
一般的に考えても、生まれた子女は実父をどのようにして知るでしょうか。へその緒でつながっていた母親が「これがあなたの父親よ」と紹介してもらって初めて知ることが出来るでしょう。

余談ですが、サンクチュアリはもっと悲惨な道が待っているのではないでしょうか。
真のお母様を押しやっては別の養母を母としています。「真の不母主義」です。へその緒につながって生まれた子女ではありませんから血統もつながっていません。実の母親がいないまさに「孤児」、養母に「自分の父親は?」と聞いても応えることすらできません。夫婦関係も法(銃)による統治社会です。間違ったことをすればいつでも「撃ち殺すわよ」と、怖いですね。
亨進氏にはどれだけの銃口が向けられているでしょうか。考えただけでもゾッとします。だからといって万が一には銃弾は1発あれば事足りるものです。


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Last updated  2020.11.02 05:59:08
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2020.11.01
カテゴリ:UCI、サンク
文総裁が売却された「ワシントン・タイムズ」をわずか1ドルで買い戻していたことを「再・【追記】yosia621のブログ「異邦人サマリア人(UCI)は共産主義?」に応えて」で書きました。それが真実であるかどうか? です。

自称ルポライタイーtomy4509の過去記事、10年も前のものでリンク先も切れていますが、文総裁が「ワシントン・タイムズ」をわずか1ドルでを証拠づけるものがありましたので紹介しておきます。

​​​ワシントンタイムズ検索順位1位-真実の窓を探して
登録日:2010.11.04 10:06

…(略)…

このようにワシントンタイムズは1980年地球村冷戦時期レーガン,サッチャー,ファーザーブッシュなど三リーダーらから冷戦終息の貢献者と認められた救世主だったのだ。

去る11月2日インターネット次のポータルサイトにはすべて‘統一教ワシントンタイムズ'関連記事が検索順位1位に上がって数千件のコメント論争に広まっていた。 事実インターネット検索をしていれば統一教関連検索順位が1年に4-5件に達するほどいつもネチズンらの話題を消す常連メニューになっていた。

​統一教.. まだ世人にいて‘熱いじゃがいも'に該当する。 誰かが食べたくても熱くて手をつけることを懸念する所.. 一時‘いんちき宗教'論争にまきこまれて‘反共愛国宗教'進んで‘Little angles韓流援助'そして最近では‘韓日海底トンネル' ‘城南(ソンナム)エピソードサッカー' ‘日本統一教も拉致改宗'等暇さえ出来ればずっと話題になる所だ。​

​​​​地球村冷静終息の主役‘ワシントンタイムズ'が去る11月2日午後7時(現地時間) ‘韓国統一グループに僅かな金1ドルで債務を継承する条件で売れた'でする。 実際に21世紀インターネット デジタル環境時代にその他紙新聞と同じようにワシントンタイムズも経営上苦戦を体験しているところに出てきたニュースであった。​​​​

20世紀冷静終息と共にワシントンタイムズは今は新しい使命を与えられている。 広まった唯物論的価値を排除して,崩れた倫理道徳を正しく立て直す人間性回復運動がまさにそれだ。 建国時代教会を先にたてる程最も利他的な人生の姿勢で今日物質的祝福を享有しているアメリカ.... だが実際裏面は崩れた家庭,麻薬,銃器事故,同性愛繁盛など利己的で物神崇拝的社会に固まって久しい。 だから今米国は利他的価値具現を通した‘人間性回復運動'に奉仕壊した皮をむいた報道機関を切なく探している。 そのような意味でワシントンタイムズは永遠でなければならないという意だ。

試練に勝った強盛なワシントンタイムズの第2の跳躍を祈願する。

2010年11月3日

新しい見解と展望テイルリリビュ​​

【参考記事】
さて、「異邦人サマリア人(UCI)は共産主義」ですが、ワシントン・タイムズが売却に出されたときお父様はどのように語られていたでしょうか?
ワシントン・タイムズを売却に出したのはUCI(文顕進理事長)であり、それをお父様が買い戻した時の話です。三男さんの文顕進氏とお父様が一つであったならば、そういった煩わしいこともなかったでしょう。分派「UCIグループ(郭グループ)」が売却側ということでした。
『天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会』(2010.11.22)、世界の代表者や政治・宗教指導者3000名を前にして語られたみ言です。TWJ2011.1月号P.13に掲載されていました。
また、最近では、共産主義者たちのいたずらで私の手を離れたワシントン・タイムズも再び戻ってきました。これが奇跡でなくて何が奇跡と言うのでしょうか?
 最高のカイン圏、黒白の中心要員たちが一つとなって、ワシントン・タイムズ理事会を中心として連合体制として、神様の祖国と故郷の意味を広げ、神様の主権の国を保護していくことでしょう。
 皆様、すでに真の父母様を中心として世界が回っています。

第2番目の「共産主義とする根拠は?」についても、私からは「UCIは霊界を感じることが出来ない」に加えて、ワシントン・タイムズを「1ドル」で買戻したお父様のみ言を挙げていました。少額「1ドル」といえどもこの世には「金の切れ目は縁の切れ目」というのもあります。真の父母様に顕進氏が報告(相談)していればそのような煩わしいこともなかったでしょうが、​この「1ドル」で顕進氏は郭家の養子となりました。1998年の顕進氏副会長就任式での父母様のみ言は「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」でした。死んでも! 生きても! です。
わずか「1ドル」が分岐点となってしまいました。「異端者爆破宣布文」(2010.06.05)、​「真の父母様宣布文」(2011.05.25)​にも耳を貸そうとはされなかった結果のワシントン・タイム売却問題ではなかったでしょうか!!
汝矣島裁判、UCI裁判に高額が無駄に投資されているという批判もこの「1ドル」からということになります。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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​​






Last updated  2020.11.02 23:06:52
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カテゴリ:UCI、サンク
​​​以下は『ファミリー』1998.9月号に掲載された文顕進氏の世界副会長就任式での真の父母様のみ言の文字列をスキャンしたもので、未整理(校正なし)で掲載しています。
異邦人サマリア人(UCI)の方々の主張によれば、この時に真の父母様が顕進氏を後継者と立てた、第四次アダム圏のバトンを渡された、とのことでした。もしも、異邦人サマリア人(UCI)ブロガーの中で、それを確信を持って言える方があれば、『ファミリー』1998.9月号に掲載された文顕進氏の世界副会長就任式での真の父母様のみ言全文(整理されたもの)を掲載してください。

自称ルポライタイーtomy4509からは「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」についてお父様が多く語られていたことを検証していましたが、今回は異邦人サマリア人(UCI)ブロガーの方にその整理されたみ言全文の掲載を譲ることにしました。

ヨロシクお願いします。

【参考記事】
Re:ヨンギ氏の「(コピー)文顕進様世界副会長就任式映像」で省略されたものは?(2019.10.14)





「世界平和統一家庭連合」
世界副会長就任式における御言

「世界平和紘一家庭連合」世界副会長就任式でみ言を語られる真のお父様
(1998年7月19日、米国・ニューコーク市 マンハッタンセンターで) 


今年七月十九日、米国・ニユーヨーク州二ニーヨーク市のマン
ハツタンセンターで、「世界平和統一家庭連合一インターナショ
ナルこ,③泄・塀司会長就任式が行われ、真のご丈母様の三男であ
られる文題追様が就任されました。
このみ言は、その席上、真のお父様が語られたものを翻訳、整
理したものです。 一文責・編集部一


きょう、このような集まりを持ったことは、統一教会の
歴史において、あるいは、先生の人生において初めての記

念日となると思います。のみならず、t様の願いがあると
したならば、このような日のあることをどれくらい待ちわ
びておられただろうかということを考えるとき、私は心か
らの深い感謝を天の前にささげるものです。


アダム家庭においては、神様が一代ならばアダムは二代

7 @ Family '98.9

であり、アダムの息子、娘は三代目になりますが、その三
代を見ることができなかったということが堕落です。そう
して、三代の歴史を再び起こすためのものが救援摂理であ
り、復帰摂理の完成である、ということを考えるとき、こ



の三代を中心として天の公的な責任を任命するということ
は、天国史的な一大事であると考えます。
三代までは救援摂理の蕩減が終わっていないので、いず
れにせよ、顕進君も世界平f統一家庭連ムロ」の世界前
会長という責任を負って、いまだに行くべき蕩減の道が残
されているのです。ですから、私たちの願いは、この蕩減
の三代を過ぎて第四次アダム圏解放の時代である地上・天
上天国の到来を結論づけることです。私たちはそれに向か
って前進しているということを、皆さんはよく知っている
ことと思います。

この時代において私たちは、「成約時代が到来した」と
いうことを宣布しました。「IB約」とは何かといえば、人
間が神様との約束を成し遂げることができなくて失敗した
ので、その昔の約束を取り戻すための始まりを意味するの
がIB約ということです。
また「成約」とは、その約束を成し遂げようとするため

にメシヤが来られて、それを成就するということです。そ
の基本の単位は家庭を指します。そのような家庭単位が成
し遂げられなかったので、「再臨」という三口葉を中心とし
て@世界的舞台に立って世界平和というスローガンを掲げ
て、世界地上天国を受け継ぐことのできる世界統一圏に向
かっていくのです。そのように、家庭的完成を世界的に編
成して、終えるべき「再臨時代」があるということを私た
ちは知っています。その時代を、私たちは「成約時代」と
呼ぶのです。
「成約」ということは、"約束を成就する"ということ
です。それはどのようなことかといえば、私たちが何か国
を建てて独立の国を祝賀するというのではなく、また天上
天国を建てて、天国創建を祝賀するというのでもありませ
ん。
それは、神様がいちばん祝賀され、迎えられたかった日
が起源となっています。t様と神様の息子、娘を中心とし
て、神様が創造理想を願われていた家庭完成を祝賀する日
が起源なのです。神様ご自身が、その日を迎えることを待
っておられたのであり、それが始まりであったという事実
を、皆さんは知らなければなりません。

私たちは成約時代を宣布しながら、ジヤルディン宣喜口を
成しました。「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対JJK従」を経な
くては、家庭の完成を成し遂げることはできないというこ
とを宣旨口したのです。t様が理想として願われることは、
「絶対信仰」の上に家庭、「絶対愛」の上に家庭、「絶対Jl
従」する理想の上で成立する完成家庭を願われたのです。
そのような日を願っておられたt様は、アダムとエバの
堕落によってどれほど悲しまれたでしょうか?
アダムとエバは万代、億万代のひとり子であったという
ことを皆さんは知らなければなりません。セ代のひとり子
ではありません。千代、万代のひとり子でもありません。
永遠のひとり子、ひとり娘でした。そのひとり子、ひとり
娘を失って、生きている者を死の場に追い出さなければな
らないt様の悲痛な心情がどれほど大きいものであったの
かということを、皆さんは考えなければなりません。死ん
でもいない、生きている者を死の場に追い出すというその
悲しみ。
そのために、神様の立場は苦痛の玉の立場であり、悲し
みの玉の立場であられたのです。人間が想像すらできなか
った、そのような立場におられたということを、私たちは


知らなければなりません。
統一教会が現れることによって、このような神様の心を
越えて完成の成約時代を成し遂げることができるのです。
そのためには、このようなすべての悲しみの道全体に責任
を負って解放してさしあげなければなりません。
神様が願われる、家庭における真正な孝子、孝女、また
神様の国はありませんでしたが、ひとたびt様の国が現れ
るときには真正な忠臣、t様の世界が現れるときには真正
な聖人、地上天上天国では真正な聖子の道理を立てること
のできる、そのような伝統の責任を負ってこられるおかた
が、正にメシヤ、真の父母です。そうして、そのようにし
て完成した成約時代を成し遂げていくことが、真の父母の
使命であったということを、皆さんは知らなければなりま
せん。

皆さん、聖書にも「死なんとする者は生き、生きんとす
る者は死ぬ」、「地で解けば天でも解かれ、地で結べば天で
も結ばれる」というようなことが記されていますが、なぜ

そうなのでしょうか?
t様の悲しみのその峠を、自分が同時に越えていって、
神様が悲しい立場にあられながら何億千万代のひとり子を
追求するその心自体までも解いてさしあげるべき責任が、
私たち人間にはあるからです。ですから、一度死ぬだけで
はなく、数十回、数百日死んだとしても、その峠を越える
ことは難しいという事実について私たちは考えてみるべき
です。
そのような心を感じておられるt様を解放しようとする
のですから、私たちがt様を信じるというときには、絶対、
絶対、絶対、正に永遠に絶対な立場において信じなければ
ならないという概念が出てきます。
愛についても同じことです。神様を愛するときには、神
様は息子、娘を追い出されたのですから、その心情以上に
愛さなければなりません。ですから、絶対、絶対、永遠な
立場で絶対に愛さなくては、神様のその心を感動させるこ
とはできないのです。
真なる信仰が成立するときには、真なる愛がついてきま
す。真の愛が植えられて芽を出すようになれば、これを育
てなければなりません。大きくするためには、絶fcf的に投

入しなければなりません。それは、自分の意識まで忘れて
役人しなければなりません。そこで、「絶対SR従」という
言葉が必要になってくるのです。
ところで、「信仰」というものは概念であって、事実で
はありません。ですから、一新約聖書の)「ヘブル人への手
組」十一章を見れば、「さて、信仰とは、望んでいる事が
らを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」
とあります。望んでいる「願い」は実体なのですが、それ
は見ることもできず、触ることもできません。
t様が正にそうです。天は、私たち人間を絶対的に信じ、
「絶対信仰」によって訪ね求めてこられました。ですから、
私たちも絶対的に神様のことを信じなければ、実体的愛と
いう根源を連結させることはできません。
上下関係、左右関係、前後関係において、そのような内
容があるということを皆さんは知らなければなりません。
愛を中心として上には信仰、下には服従。愛を中心として
右tIJが「絶対信仰」であるならば、左fljは「絶対服従」で
あり、前を信仰というならば、後ろは服従です。一つの僻
を成しています。
このような苦痛に真剣に取り組まれる、そのt様に対し
て、信じることができないなどという心は、夢にも持つこ

とはできません。
その場には、自分の意識であるとか自分の概念はありま
せん。ですから、それ自体を絶対祝し、それ自体をすべて
概念とし、それ自体を実際としなければなりません。「絶
対信仰」の前に、その神様が信じられることと同じように、
自分もf射的立場で、t様が願われる実体の心を持たなけ
ればならないという話です。信仰も、神様と同じ信仰を持
たなければならないということです。
このように見るとき、皆さん自身を中心として、自分と
いう存在それ自体に立ち戻って考えてみたときに、自分に
おいてどこから信仰を求めるのか、ということが問題です。
皆さんは、神様の前から追い出された人類始祖の後藤で
す。そのような自分自身の持っている五官、例えば自分の
目自体は、「絶対信仰」を持っていますか? 待っていま
せん。ですから、目を信じることはできません。自分の鼻
を信じることもできません。そのように、においをかぐこ
と、自分が聞く昔、自分の言葉、自分が感じる触感、それ
らを信じることはできないということです。
それでは、自分の体はどうですか? 自分の心はどうで
すか? 自分の心は行ったり来たりします。
ですから「絶対信仰」というものは、人間の堕落した後

孫からは捜し求めることはできそうにないので、t様を発
見するところからのみ可能なのです。「絶*r信仰」をもっ
て、「絶対愛」と「絶対JI従」の実体としてつくっておい
たものを失われたt様が、信仰、愛、服従というものを捜
し求めるときに、それ自体は堕落した人間にはないので、
どれほどの苦労、どれほどの努力をされなければならない
でしょうか? これは堕落した人間にとって、天を訪ね人
めていく一つの宿命的な課題となっているのですが、その
ことを人間たちは考えることもできませんでしたし、知る
こともできませんでした。
天は、私たちを喜びの立場で対することができないよう
に追い出されたので、私たちが天に従って行き、対そうと
すれば、反対にまた、それを再び追い出さなければなりま
せん。t様が、いつも人間を追い出す立場であられても、
私たちはそれを越え、また越え、乗り越えていかなければ
なりません。たとえt様が、私たちをf人的に追い出し・
家庭的に追い出し、世界、天、地、全世界の何かを条件と
して追い出したとしても、それに耐えて越えていくことが
できて初めて、私たちは神様に対する信仰を持つことがで
きるのだと、考えることができます。
今日、この地上に生きる人類が、信仰の道を歩んだり、

宗教の道をたどったり、あるいほ、神桟を発見するだめに
道を切り開くというときに、天を絶対に信じる立場で切り
開いた人は一人もいないのです。全都疑って、自分勝手に
あれこれとやりながら、「信じる」とだけ言って信仰の基
盤を築いてきたというのが、人類歴史に残された宗教の形
態なのです。
人間は堕落することによって、万物よりも低い立場に落
ちてしまいました。そのことによって天は、信仰の道を行
こうとする人に対しても、取るに足らない虫けらに対する
扱いにも及ばない扱いをされたのです。しかし、そのよう
な扱いを受けたとしても、そのような環境を越えて、この
字宙の創造主であられ、主人たる神様を信じようという心
を、自分の生涯路程、あるいは信仰路程で求めてみなけれ
ばなりません。
そのような環境でも信じようという心を持って、t様が
創造主であられ、私たちすべての存在全体の生命の源泉で
あられると、絶対的に信じていくことができる立場を発見
しなくては、人間は動物よりも下に落ち、万物よりも低い
位置に落ちた立場からは、上がっていく道がないのです。
そのようにして、万物世界で理想の価値を捜し求め、人
間世界の段階になってからは、個人的な価値、家庭的な価

値、氏族、民族、国家的価値までも、「絶対信仰」によっ 
て捜し求めていくのです。そうして、いちばん底から上が 
っていきながら、f様に会っても映して疑わず、自分に対 
して千万回、「おまえは堕落して、もっともである」と舌口 
われてもそれを信じてしまうことなく、むしろそれを悔い 
改めることのできる立場にまで行かなくては、神様の愛、 
t様の信仰圏内に入ることはできない、という概念を立て 
ることができます。 
しかし、この地上に生きる人の中で、そのような概念を 
持って信仰の道であるとか、何かの社会に奉仕する仕事で 
あるとか、そのような道を行った人はいません。 
「絶対信仰」の上で創造したものを失われた神様が、こ 
のような「絶対信仰」に接することのできる基準を中心と 
して、私たちは万物のいちばん後から人類の世界に越えて 
いって、t様と人間との間にふさがれていた、「絶対信仰」
を失ったその基準をすべて解怨成就しなければなりませ 
ん。そのためには、苦痛の神様、受難の神様を解放してさ 
しあげなくては関係を打ち立てることができないのです。 
ところが、そのようなことについて考えた人はいません。
ですから、苦痛に満ちたt様の心を慰労してさしあげ、 
悲しみのt様を慰労してさしあげるためには、神様が流さ 



れた涙の何千万倍もの涙をさらに流さなければならないと
いうことを知らなければなりません。
それは、言葉では簡単です。「私はやる」と、皆言うこ
とができます。本当に神様を解放しようというのですか?
統一教会は神様を解放しようとしているのですか? それ
は事実ですか? (「はい」一
それならば、「絶対信仰」という基準について考えてみ
なければなりません。今までの私たち、サタン世界のIS落
した概念を持った立場で「絶対信仰」という基準と、純粋
な堕落していない本然の神様の心情にかなった、恨の峠を
越えてくれることを願う「絶対信仰」の基準とでは、どれ
くらいの差異があるのでしょうか? それは、堕落した基
準では標準化され得る立場に立つことはできません。
このように見るとき、神様ご自身を見れば、堕落した世
 界に対して、今まで悲しみの歴史の中で苦痛に暉吟してこ
られながらも、その間、心の中で消えないことがあるので
す。それは、このような心の慰めに相対し得る孝子、孝女
を失う前の本然の世界のことであり、また、そのような本
 然の神様の愛を中心としてつくったアダムとエバ、完成的
孝子、孝女に、いつまた再び会うことができるのか、とい
うことでした。


しかし、それにニ日星屯、だやす・「こ・,ニ、::二三・:・ミ幸ス
は簡単ですが、それがどれくらい難しいことであったかと
いうことを、皆さんは考えてみなければなりません。

メシヤの使命

神様はメシヤを送られたのですが、メシヤとは何でしょ
うか? 真の父母とは何でしょうか? それは、完成した
アダムの立場です。t様が、追い出したアダムとエバに会
われて、神様の中に残された苦痛と悲しみをなくすことが
できるように、その本然の立場までこれを乗り越えていっ
て神様のみ前に孝行することができなければなりません。
その代表者として遷られたのがメシマであり、その代表者
のf対が、失われたエバの立場、女14であったのです。
メシヤになることができるのは、「愛の息子」なのです
が、本然的「愛の息子」になるためには、その愛の息子が
涙を流したのならば、その丈母も涙を流すようでなければ
ならず、その兄弟や同居者、あるいは天使世界に天使がと
もにいれば、その天使までも涙を流すことができなければ
ならないのです。
天使が涙を流し、息子が涙を流し、神様も涙を流される

のですが、だれが涙を流すのをやめて、「もう、拉くのを
やめなさい」「拉くのをやめましょう」と舌口うのでしょう
か? 神様は「さあさあ、涙を流すのをやめよう」と舌口わ
れることはできません。あまりにも受難の道を歩んでこら
れたからです。
ですから、メシマとなり得るおかたが神様と出会って、
涙のにじむ出会いをするようになれば、十回会ったならば
十回、涙を続けて流さなければならず、千回会ったならば
十回、涙を続けて流さなければならない立場であったとい
うことを、皆さんは知らなければなりません。
t様は、人間のために微生物から動物、草木、昆虫に至
るまでつくられたのですが、そのとき、私たちを愛される
ために、「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対服従」の美しい相
対的価値を、喜びを感じるためにつくられたのです。です
から、人間の堕落によって、これらの小さなものから大き
なものまですべてが引っかかっているのです。
鉱物世界から植物世界、動物世界まで、すべてを主体で
ある人間が犠牲にし、これらをすべて殺してしまったので、
これらのものを生き返らせるためには、人間が創造主の苦
痛を感じて、再びこれに橋を架けなければならないのです。
解放してあげなければなりません。

t様が嘆息圏内におられて、人類が嘆息圏内におり、万
物が嘆息圏内にいるということを、皆さんは知るべきです。
聖書にも、万物が嘆息しているということが記されていま
す。それはだれのせいでしょうか? アダムとエバのせい
です。アダム以後に、エバが完成した後に来られたメシヤ
は、このすべての雲と霧を取り払わなければなりません。
それでは、メシヤはどれくらい涙を流したのでしょう
か? 朝になれば朝日を見て、その現れた方物の状態が、
例えば曇り空であったり、春夏秋冬の四季のようすが異な
る、そのすべての環境における涙なくしては、天に対する
ことができなかったのです。その涙の代表者、苦痛の代表
者がメシヤになるのです。
苦痛の王、悲しみの王であられる神様がごらんになると
きに、"あなたもわたしと同じ悲しい立場にあるのは、あ
なたのためではなく、これはすべて被道世界全体、万物の
ため、人間のため、わたしのためにそうなのだ"という同
情で因縁を起こさなくては帰る道がないということを、皆
さんは知らなければなりません。
それは、「絶**信仰」、「絶対愛」、「絶対IS従」という言
葉は、涙の峠、悲しみを越えたその後に必要なものである
ということです。ところが皆さんが、それを感じることも


考えることもできな吟れば、一細背信仰」、一差対憂」、一追
討販促」という舌口業は、t様と関係を結ぶことのできる何
らの内容もないということになってしまいます。そのよう
な「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対BE従」というその概念の
実とは、私たち人間においては何なのでしょうか? それ
は、アダムとエバそれ自体であったということを、皆さん
は知らなければなりません。

「絶対男性」と「絶対女性」

皆さんは堕落しなかったならば、絶対男14としてのアダ
ムであり、神様の「絶対信仰」の対象であり、「絶対愛」、
「絶対服従」の対象であったはずです。同様に、アダムが
そのような立場にいれば、エバも「絶対信仰」に関しては
アダムの「絶対信仰」の対象であり、「絶対愛」と「絶対
服従」の対象となります。エバを中心としてアダムもその
ような立場で、絶対置内に立っているものすべてに、神様
とアダムとエバの一体的愛が定着すべきであったのです。
それが、アダム家庭の理想であったということを考えなけ
ればなりません。
神様はアダムをつくられてから、「人がひとりでいるの

ということです。ところが皆さんが、それを感じることも

ほ良くをト一、ミ一一兵れてニ,すら:られま,@ム一・-ニ-れこ。
「はなはだ良かった」とされています,「良い」ということ
は、「絶対的に信じることができ、絶対的に愛することが
でき、絶対的に投人してもよく、犠牲になってもよい」と
いう言葉です。
これは極端な結論の話になりますが、変に考えないでく
ださい。アダムとエバは何が異なるのでしょうか? 人は
皆、同じです。アダムにおける相対はエバという女性です
が、女14とは何でしょうか? 男11と女性が異なるのは何
ですか? 生殖器が違うのです。ですから、神様は女性の
生殖器をつくられてから、「良し」とされたということを
知らなければなりません。
それはどのようなことかといえば、絶対男性にとっての
絶対女性というのは、絶対丈性器官、「絶対愛」器官のこ
とを指すのであり、「絶対Jif従」器官を指していた、とい
うことです。それは、信仰の結晶体であり、愛の結晶体で
あり、服従の結晶体であったのです。
これを占領し、絶対に一つになるときには、天下がすべ
か: けん
て回っていくのです。これが鍵であると同時に腱と同じで
す。私たちは手を動かすときに、腱によって動くではあり
ませんか。


皆さんのあらゆる五官が集申して、一つの方向へと直行
しようとするのは、真の愛の道です。皆さんが夫婦生活を
することも、その器官を中心として、「水遠に直行である。
放った矢のように、砲弾のように直行する」というように
なっています。「私」という存在は、このことのために生ま
れたというのです。アダムもエバのそれのために、エバも男
14のそれのために生まれたのであり、ほかにはありません。
それは、その国の王よりも素晴らしく、自分のおじいさ
んよりも素晴らしく、お父さんよりも素晴らしく、自分の
目子、娘よりも素晴らしいものであるというのです。それ
を中心として動員されているのが五官です。
そのような絶対的な信仰の上に、また絶対的な愛と絶対
的なIS従、そしてお互いに一体化し、一つになったその場
において、すべての男t、女性の五官が、お互いがお互い
のために生きるという立場に立たなくてはなりません。そ
うでなければ、「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対服従」とい
う地上の基盤は見いだすことができません。
自分の体のなかでいちばん貴いものは、自分のためのも
のではありません。相手のために生まれたということを考
えなければなりません。自分のためにあるという存在は、
なくならなければなりません。滅びるべきです。

その愛の器官を中心として切愛が芽吹き、愛の家庭の生
活が始まるのです。そして、生涯において光り輝く勝利的
実績も、その愛と関係なくしては、いかなるものも神様と
関係なく、歴史とも関係ないということを、皆さんは知ら
なければなりません。
皆さんは、三六O度を上下を中心として回したとしても、
すっと立たなければなりません。倒してもさっと起き上が
る"起き上がり小法師"があるではないですか? そのよ
うに、東西南北をすっと合わせる立場に立たなければなり
ません。
南極と北極を結ぶ磁力線や、磁石に物が引き寄せられて
くっつくときにも、同じ方向にそろうように、どんなにぐ
るぐると磁石が回ったとしても、くっついた物体がさっと
磁力線に従ってくるようになるのです。何をどうしようが、
その方向は間違うことはあり得ません。
愛する人に会うときに、皆さんは会えば、キスしてから
何を触らせますか? (「アーメン」一。何ですか、それがア
ーメンですか? (笑い一それは、永遠につかんで永遠に
タッチして初めて幸福であるというのです。これに異常が
あれば問題です。おじいさん、おばあさんに異常があれば、
家庭がめちゃくちゃになり、お父さん、お母さん夫婦に異

常があれば、家庭がめちゃくちゃになり、息子や娘、嫁に
異常があれば孫がめちやくちゃになり、破壊が起こL手芸㌔
が起こります。そうですか? 宍はい」一
きょう、このような日に、このような深刻な話をするの
は、今後、理想的家庭を築いていくということが、それほ
ど簡単なことではないからです。
神様は、どのように考えておられるのでしょうか? そ
れは、アダムとエバに対しては、"おまえたちが絶対に信じ
るということも、いつのことから信じようというのか?"
というのです。それは、結婚するときのことから信じるの
ではありません。
神様はアダムとエバに、神様が創造されたときのその心
から信じてくれることを願われるのです。アダムとエバに
は、t様がアダムとエバをつくられてからのことを信じる
よりも、神様がアダムとエバをつくるために考えを巡らさ
れたそのことについても、その理由を知ってくれて、信じ
てくれることを願われるのです。そのようにできますか?
結婚するときというのは、もうすでにすっかり大きくな
っているということでしょうワ・結婚してからは、それら
のことを見ることはできません。ですから、お父さん、お
母さんの役事を通して生まれるときから、全部を絶対に信

Family '98.9 9 18

じ、絶対に愛し、絶対に服征する心で対することのできる
因縁を結ばなければならないということです。
自分が理想的矢、理想的妻になるということは、胎中に
身ごもって・おなかが大きいときに、お母さんはお父さん
を愛しているのですが、転ぶときに一緒に転ぶことのでき
る、そのような心を皆、持たなければならないのです。
(笑い一
アダムとエバが結婚するときは、自分が胎中で育ってい
たそのことも見たがらなければならないのです。ですから、
神様がアダムとエバを生むときには、「おい、アダム、エ
バ。あなたたちの体がそのようにできているのは、それは
お互いのためである。アダムのそれはエバのものであり、
エバのものはアダムのものである」と言われるのです。
そのようなことをすべてご存じの神様が、大きくなった
アダムとエバをごらんになるときに、どれほど喜ばれるこ
とでしょうか? その喜びが現れるとき、f様は喜ばれる
のです。動機に喜びを連結させて、現実に動機が連結され
るということです。
このように見るならば、皆さんは結婚する前、生まれて
から少女として育つときに、"私が今、このように成長し
ているのは、自分のたった一人しかいない夫のために成長

しているのだ"という概念を持ちましたか? 娘ならば
娘、エバ自体の体のすべてが成長するのは、たった一人し
かいないアダムのためなのです。他の道はありません。永
遠に一つです。

⑧ 第四次アダム圏蕩減解放時代へ

このように見るとき、「理想的家庭」という言葉、「世界
平f統一家庭違令」における「家庭」というものは、その
ように簡単なものではないということを、皆さんは知らな
ければなりません。今日のアメリカにおけるような家庭が
家庭ですか? 「ノー」、絶対に「ノー」です。溶鉱炉にほ
うり込んで溶かして、再びこれをつくり直さなければなり
ません。
ただそのまま家庭を願いますか? 溶鉱炉に入れて再度
つくった理想的な家庭を願いますか? (拍手一フリーセッ
クスを考えてみてください。フリーセックスは、カラスや
ハゲ鷲や野良犬のえさになるようなものです。何の話か、
分かりましたか? (「はい」一。どれくらい変わらなければ
ならないのかということをfらなければなりません。
このような原10があるので、皆さんは霊界に行けば、天


の国に人っていったとしても、このような過程キ人圭Ⅱ経一、、
きれいに清算しなくては入っていくことはできません。ア
ダムとエバは、結婚してから離婚しようなどと考えたでし
ょうか? 女14がほかにいますか? そこにはステップ・
ファーザー一縮父Ⅰステップ・マザー一継母一が存在し
得ますか?
このアメリカは何ですか? ステップ・マザー、ステッ
プ・ファーザーが五人、六人は普通なのです。そのようなも
のは、滅びなければなりません。滅びるべきです。滅びな
ければ、滅びるようにしなければなりません。一「アーメン」一
アーメンと舌口ったのは黒大ですか、自大ですか? (笑い一
票大ですね。一笑い一票人がアーメンと舌口ってはなりませ
ん。百人がアーメンと舌口わなければなりません。一笑い一
それが事実です。
レバレンド・ムーンは、何か皆さんの耳を楽しませ、心
を喜ばせようとしてこのように舌口うのではありません。事
実を教えるために話しているのです。注射をする医者なら
ば、本当にそこに適した、対抗する薬を打たなければなり
ません。そうでないものは薬ではありません。ですから、
深刻なのです。
一度愛した者は、永遠に忘れてはなりません。その人に

出会っ一、、悲しい一言イ:,-。残し一、迂に・ば、隻界トト行っ一、一ニ-
つかかるのです。分かりましたか?
「世界平和統一家庭連台」の世界副会長を任命するので
すが、その副会長という立場は、容易な立場ではありませ
ん。祭物です。生きた祭物の立場です。
しかし、ありがたいことは、お父様がいて、今、世界を
浄化して、成約時代を発表する時が来たということです。
もはや、統一教会において家庭的迫害がない時代が来たの
です。
イエス様は、三十歳で初めて家庭を築こうと出発された
のですが、それにもかかわらず、その目的を成し遂げるこ
とができませんでした。感謝すべきことは、今、世界全体
の家庭が祝福を受けて、国を超えて世界に進むことができ
る祝福の環境を開拓した後に、三十歳にならない配,坦を
このように家庭連合の副会長として立てることができたと
いうことです。そのことを、私としてはうれしく思います。
これは喜ばしいことです。(f羊一
望落した後孫たちの中において、堕落した人間を中心と
して、これが蕩減復帰という最後のぺージです。サタンの
血統を断切して、きれいに清算した後に天の直系の子女が
家庭を中心として第四次アダム勝利圏を51き継ぐことので


きる、そのバトンを受け継ぐことのできる出発がなされた
という事実は、驚くべきことであるということを、皆さん
は知らなければなりません。この額進の息子、娘たちの話
です。それは、四代ではありませんか? その家庭を通し
て、第四次時代に人っていくことができるというのです。
堕落圏を越えて最後に、すべて清算するようにしてから、
その家庭が一つになって神様が一代、アダムが二代、そし
て三代と、全部が堕落の限界fを越えて、第四次アダム圏
蕩減解放時代へと、地上天国時代へと越えていくことので
きる境界線へ人ってきたということは驚くべきことです。

⑧「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対服従」

私は額遊君に話します。「あなたは今から、妻や、父母
の前や、白子、娘の前、教会の前で・絶対信仰圏を維拝す
ることのできる者になりなさい」。そのようにして任命す
るのです。「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対販促」です。
「あなたの家庭とあなたの宮子・娘を中心として越えて
いくときに、第四次アダム圏時代に向かったあなたたちは、
上下関係が父子の関係であり、左右関係は父母関係であり、
BO後関係は子女関係となりますが、それを中心と・ニ:家

庭を中心として民族、国家と越えていかなければなりませ
ん。ゆえに、結局は「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶対服徒し
の環境を父子の関係、夫婦関係、子女関係、兄弟関係にお
いて、それらの完成を定看させなければなりません」
結論的な話は、「死んでも『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」、「生きても『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」、「永遠に『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」。そのようなことです。死んで霊界に行っても永遠に同じです。分かりましたか?(拍手)​​
きょう、私たちは今から、「絶対信仰」、「絶対愛」、「絶
対服従」を心から決意しなければなりません。なぜならば、
私たちの「生」は、天国の「生」の根源であるからです。
私の心情は、この三つのためです。この三つのことが成さ
れれば、すべてのことを占有します。占有したすべてのも
のは、完全なのです。このようなものは、どれほど素晴ら
しいことでしょうか? アーメン。
額追様、そのような信仰を持って、お父様よりも、お父
様の一期よりもどれくらい優れることを願うのか、という
のです。百倍ではありません。千倍、万倍、優れることを
願います。

神様がアダムとエバに対して持っていた希望とともに、
その希望はとどまることなく、永遠なる希望として残るこ
とによって、父母たる私も子供にこのような希望を託さざ
るを得ないということを、tfく受け入れなければなりませ
ん。一拍手一
題進は、私よりも美男であり、力もあり、りりしく、覇
気もあります。ハーバードのMBA (経営管理学修士課
程まで卒業しました。顧進はMBAまで卒業したので、今
後、事業に対する専門家として監査の大王になるはずです。
また、これからUTS (統一t学校一を卒業して、世界に
二人といない神学者となって、博士の学位を持って、どの
ような神学者でも教育することのできるチヤンピオンにな
るであろうということを考えるとき、希望の一日として、
この責任を額進に任せてあげるのです。祝賀します。アー
メン。(f羊一
ですから、今から顕進は、お父様が「これをしなさい」
と言えば、「それだけではなく、千倍やらせてください」
と、このようでなければなりません。(拍手)

今後、統一教会は万歳、万歳、万々歳。アーメン。ア
ーメン。アーメン。(拍手) (終)


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Last updated  2020.11.01 08:33:49
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カテゴリ:UCI、サンク
​​​​昨日UPした「yosia621のブログ「異邦人サマリア人(UCI)は共産主義?」に応えて 」に対してyosia621氏はなおも「奇知外記」に訂正・謝罪を求めてきました(以下)。

●​「反論にもなっていない。」
論点がズレていて、全く応えてない記事がUPされました。

前回記事の要点は2点です。
​​1、異邦人ソマリア人とは善きソマリア人のことなのか?​
(※ yosia621氏の記載のママです)​
2、共産主義とする根拠は?
​​異邦人ソマリア人とは善きソマリア人を指すのか?​​
「はい」か「いいえ」で答えられるはずです。
「はい」ならば、誤植や誤字の間違なので素直に訂正する。
​​「いいえ」ならば善きソマリア人(samaritanjp氏)のブログを引用するのは間違っている事になります。別に異邦人ソマリア人がいるのですから。​​

『これまでも「異邦人サマリア人」氏記事に対しての反論をしてきましたが』と記事に書いてるので確信的にワザと「善き」を「異邦人」と表記していることが解ります。
意図的に表記している事になります。

貴殿も「奇知外記」を「キチガイ記」と書かれ揶揄されたときに非難してましたよね。ならば自分がやられて嫌なことは他人にもやらないというのは人を思いやる第一歩であり、園児が最初に習う道徳です。

「素直」に訂正したらよろしいかと思います。
さて、前回自称ルポライタイーtomy4509の冒頭「yosia621のブログ「異邦人サマリア人(UCI)は共産主義?」に応えて」はイエス様が語られた聖句から始まっています。それに対して「ブログを書かれるサマリア人氏」​はどちらなのかの疑問を投げかけていたでしょう。
私の記事タイトルは「ブログを書かれるサマリア人氏」に限ったものではなく、「異邦人サマリア人(UCI)」となっています。ブロガー「サマリア人」氏もその一人であるとの記述です。ブロガー「サマリア人」氏に限らず、yosia621氏、ヨンギ氏ほかへも間違いの指摘、反論をした記事が多くあります。顕進氏を支持されるyosia621氏もその一人ということで「異邦人サマリア人(UCI)は共産主義?」、誤字誤植(「誤植?」、昔の活版印刷か何かを今も使われているのですか?)の何でもありませんので、訂正の要求自体却下です。

[天の父母様聖会 家庭連合]は1960年の文総裁夫妻の聖婚式が、まさに、黙示録で書かれた「小羊の婚宴」であったことを信奉する宗教団体であり、お父様が「独生子」でありお母様が「独生女」であることも信じています。ところが、異邦人サマリア人(UCI)ほか分派は机上の空論「独生女論」だとかを振り回しては、お母様のそれを躍起になって否定しようとしてきました。「文総裁夫妻が一体となっていない」、これもその延長線上のものです。
yosia621氏はまた「自分がやられて嫌なことは他人にもやらないというのは人を思いやる第一歩であり、園児が最初に習う道徳です。」との批判を私に向けています。ならば、ここはブログ村・カテ「家庭連合」です。私は家庭連合ブロガーとして嫌な気分を随分としてきました。yosia621さん、「人を思いやる第一歩」「園児が最初に習う道徳」と言われるあなたが、まずは、その手本を見せられては如何ですか? 
カテ「FPA」もあれば「批判告発」もあります。

第2番目の「共産主義とする根拠は?」についても、私からは「UCIは霊界を感じることが出来ない」に加えて、ワシントン・タイムズを「1ドル」で買戻したお父様のみ言を挙げていました。少額「1ドル」といえどもこの世には「金の切れ目は縁の切れ目」というのもあります。真の父母様に顕進氏が報告(相談)していればそのような煩わしいこともなかったでしょうが、​この「1ドル」で顕進氏は郭家の養子となりました。1998年の顕進氏副会長就任式での父母様のみ言は「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」でした。死んでも! 生きても! です。
わずか「1ドル」が分岐点となってしまいました。「異端者爆破宣布文」(2010.06.05)、​「真の父母様宣布文」(2011.05.25)​にも耳を貸そうとはされなかった結果のワシントン・タイム売却問題ではなかったでしょうか!!
汝矣島裁判、UCI裁判に高額が無駄に投資されているという批判もこの「1ドル」からということになります。


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