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UCI、サンク

2019.09.17
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カテゴリ:UCI、サンク
​​​​「「お父様、有原罪(堕落圏から)」は原理講論と矛盾しない(その13)」続き。

これまではUCI(FPA)に向けて書いていたが、サンクも同様である。サンクの澤田治平氏についても書いていた。

過去記事「澤田治平氏、「儒教のお父様は原罪無し」は本当ですか? はっきり答えよ!!」(2019.04.21)からの引用。
​​「独生女理論」「独生女論」などといってはお母様「独生女」批判を繰り返してきた支流人らだが、私tomy4509からはそれらは存在しないと主張してきた。
もしも、それがあるとするならば「独生子論」もあって然るべきだ、と反論していた。
ところが、今日なおそれが出てこない。

数年間、凝りもしないで本部教会前で騒ぎを起こしている人物も見かける。


と。では、



先ずは、彼が率先してお父様「独生子論」を発表されていかれるべきではないか。
「文鮮明総裁が如何に独生子、何故に再臨主なのか?」その論理があってのお母様批判、というのであれば少しは理解もされるだろう。

例えば、文総裁が新約聖書に書かれているように「母マリヤが聖霊にによって身ごもった」とか、「雲に乗って天から降りてきた」とか。もしそうであれば、キリスト教からの強い迫害もなかったし、1945年から7年間で地上天国は出来ていたはずだ。

お父様が再臨主(独生子)は、統一教会信者の信仰による何物でもないことは言うまでもない。
その統一教会自身もキリスト教の伝統の上に創設されたものであり、聖書を重んじている。
黙示録には「小羊の婚宴」の話もあり、聖婚式を前にお父様は「独生女」の造語まで発表された。
第三アダムの相対は「独生女」だと。
「独生子」×「独生女」=「真の父母様」の聖婚式が59年前の1960年に成され、昨日は真の父母様聖婚式59周年のお祝いの席が持たれた。​

<続きはこちらから>
原理講論や文鮮明先生み言葉選集を含む八大教材教本からも、金振春天法院長が調べ上げた内容を覆すみ言が見当たらない。
「独り娘(独生女)」はお父様が最初に持ち出されたものであり、「独生女論」というものがあるとすればお父様がその元祖である。その元祖のみ言を差し置いて(隠して)の批判・否定にこそ大きな間違いがあるのではないかと、私tomy4509から何度も書いてきた。
お母様「独生女」否定は理由付けはどうであれ、UCIグループ(FPA)だけでなくサンク信徒らも同じだ。そのヘッド自らが自分たちの母親を否定しているが、遺言のようなみ言「八大教材教本」だといって語られていたみ言だが、それらをH3やH4はそのまま相続していると言えるのだろうか?
「黒・天聖経」一つを取ってみてもお父様が語られた「独生女」あり、「天の父母様」もその中に書かれていたことは、私の過去記事で検証済みだ。それらも否定する彼らを見ても「正午定着」からかなりズレているように思える。

お父様とお母様は一体となっていない、さらには、お母様だけでなくお父様までも摂理の失敗者という話まで耳にする有様だ。
真の父母様(中心人物)が失敗したともなれば、その変わりとなる人物が「中心人物」として立つためには過去の「縱的な蕩減条件」、そして、「横的な蕩減条件」も加重して立てなければならない
は、H3もH4も同じことだ。では、どのような蕩減条件を立てられたというのか?
牢獄に行かれたとか、ヘリコプター事故のような死の谷間から生還されたとかだ。
H4に関しては、エバ復帰ということでは「六マリヤ」を肯定していた経緯もあり、彼はその儀式もされなければ中心人物として立つことは出来ない。どなたかそれを聞かれたか?

原理は極めて厳格であり、「アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理」からもそれを伺い知ることが出来る。
神様は無意味なことは決してされることはなく、何かしかの意味をもってなされる。
聖書や原理講論をよくよく調べてみれば、アブラハムはいきなり「象徴献祭」や「イサク献祭」をしたのではなかった。それを前にしてまずは、サタンに奪われたエバ復帰があったことはあまり原理講義では強調して語られていないが、それが事実である。一度ならず二度までサタンを象徴するエジプト王の元にサラが妹だといって奪われるが、再び妻として復帰してくる話が書かれていた。その後にそれぞれの献祭が行われたというものだ。このように、献祭の前には必ず「エバ復帰」があった。
講論には記載がないが、イサクもまた同じような路程を経ていた(創世記26章6節~)。そして、イサクの妻リベカの母子協助によってヤコブが父イサクから祝福を受けることとなった。

私たちが知るところの原理講論だが、古い因習的な観念(旧態依然の信仰)から再臨主は「真のお父様」お一人捉えられた方も少なからずいたようで、お父様聖和後はそこから抜け出せない一部の方々が他所へ行かれた。その原理講論だが、「それの主人はお母様だ」とお父様が明かされたのはヘリコプター事故後のことであった。
六度の牢獄、そして、七番目はヘリコプター事故があった。事故後の7月22日には「地上再臨完結時代」到来の宣布(ファミリー 2008.10月号参照)をされただけでなく、





その8月末には「『原理本体論』について」(ファミリー 2009.1月号参照)で語られたものだった。「七死復活八段完成」(H4が発表されたものだ)の七番目のヘリコプター事故は、まさに、父母様が共に越えられたゴルゴダの丘であった。そのイエス様の十字架を共に生きて越えられた中、初めてお父様が明かされたのが「原理講論の主人はお母様だ」ではなかっただろうか?!





このようにお父様が「原理講論の主人はお母様だ」と明かされておられるのに、その主人をいつまで否定されるのか。


お父様と一つ、というのであればこのみ言も受け入れることは容易なことだ。

マタイによる福音書/ 10章 40節~42節

あなたがたを受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである。預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう。わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない」。
​支流人の方々、目覚められよ!!​​



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最終更新日  2019.09.17 00:17:23
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2019.09.11
カテゴリ:UCI、サンク
​​前回記事「櫻井正美氏、「ONE TRUTH」を通してその真相を 」の続き。

これまで櫻井氏の映像「ONE TRUTH」から「第四アダム圏」については、お父様はH3やH4といった真の子女様に限定されたものではなく、祝福家庭全体を対象に語られていたものであったことをお父様のみ言から検証をしてきた。

また、​お母様のみ言音声のねつ造​も確認された。





始めに結論ありき、「H3ヨイショ」の櫻井氏は本当に原理・真相を語っているのだろうか?







前回記事で紹介した「祝福家庭に真理と真実を伝える放送「ONE TRUTH」が始まります」の映像から始まる「ONE TRUTH」から櫻井氏が伝えたいことの一つが「原理」と語っていたが、彼の原理の理解力にも疑問を今回は投げかけてみたい。

今回紹介の冒頭から原理の話だが、「アダム家庭の失敗」が父母の世代で「主管性転倒」、子女の世代で「殺害」を挙げていた。



皆さんは、このような原理を聞かれただろうか?

当然のことながら、そのアダム家庭の復帰ということになれば「主管性転倒」の逆の経路ということになれば、お母様がお父様に従い(父母の世代)、カインがアベルに従い(子女の世代)さえすればよいと。



また、
真の子女様間にはカインアベルというものは存在しない。
もしもそれがあれば、真の子女様にも「原罪」があるということになり、
真の父母様は失敗したことになるから。
よって、アベルカインの蕩減復帰は真の家庭(長子、特にはH3)と祝福家庭から。
といった話をされていた。
FPAでは(H3は)このような原理講義をされているということか。
さらにその間の彼の話は、「H3ヨイショ」のデタラメ以外の何ものでもなかった。
​​
これまでの検証からも第四次アダムは真の子女様(H3orH4)に限ったものではなく、祝福家庭全体がそれであった。
ここで彼の説明で注記すべきは、「真の子女様間にはカインアベルというものは存在しない。」は、果たして本当なのだろうか。

自称ルポライタイーtomy4509は、過去記事で2008年4月6日の「お母様を中心としてのカインアベル儀式」について何度も取り上げてきていた。



櫻井氏もまた、「虚偽のストーリー」に踊らされたかわいそうな支流人のひとりだ。




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最終更新日  2019.09.16 17:30:42
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2019.09.05
カテゴリ:UCI、サンク
​​​​​​善きサマリア人 氏記事は教理研究院の新刊を読まれては「“秘密文書”の約束は果たされなかった (09/03)」と断定した文章を挙げていた。
これもまた「金鍾奭著『統一教会の分裂』」のような手法を用いていないだろうか? 

虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』 軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』​​​は、全体的に同じような構成をしています。

​​『統一教会の分裂』で引用されたみ言葉を茶色で、その前後や省略されている部分を​​​青色​​​で表示し、茶色の方が恣意的で悪意のある解釈をしていると批判するのです。​​

み言葉は特定の対象に向けて、一定の文脈の中で語られるものです。
言葉尻を捉えて恣意的な引用をすれば、間違った主張に正当性が与えられてしまうという説明はその通りだと思います。
教理研究院は、「創始者は韓鶴子と一体になれなかった」という金鍾奭教授の主張に反論することができたのでしょうか。​​

世界平和統一家庭連合 教理研究院 / 著
虚偽に満ちた金鍾奭 著『統一教会の分裂』 軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』」そのものは私自身は読んではいないが、これまでも『​UCIを支持する人々の言説の誤り No.1​』、『​UCIを支持する人々の言説の誤り No.2​』、『UCIを支持する人々の言説の誤り No.3』、ほか、『小冊子「サンクチュアリ教会を支持する人々の言説の誤りNo.1」』、『小冊子「サンクチュアリ教会を支持する人々の言説の誤りNo.2」』等でも紹介されていたものを整理したもののようである。

サマリア人氏の前回記事からもあるように、「光言社オンラインショップ(「立ち読み」をクリックすると、目次と導入が少しだけ読めます)」と。

今回サマリア人氏が引用していた部分は教理研究院の著書「目次」(立ち読み)からは以下の部分を取り上げていたようだ。



これに関する内容は「小冊子「UCIを支持する人々の言説の誤りNo.1」」のP.22下部~P.27に詳細が書かれているので、そちらを参考にされることをお勧めする。

この小冊子と善きサマリア人氏の引用文と比較したとき、赤字の部分に違いがある。
​​​​​​​引用開始
​3時25分にオモニをオモニとして定めます。ハナニムオモニ、実体のオモニ、真の父母のオモニ、アボジのオモニ、自分​​(の)​​妻、自分のハルモニ…。アボジ、自分の夫、カインとアベルの息子二人まで八代男性を踏んで越え​(られる)女性の権威を持たなければ、先生に従って天国に入れないとう理論的な結論です。ここに、該当する文書が全てあります。文書は守らなければならないというのです。」(統一世界2010年6月号12ページ)

二〇一〇年天暦五月十五日午前三時二十五分、真のお父様は真のお母様をお母様として定められ、”最終一体”を宣布しておられます。この部分が「秘密文書」の核心部分です。

金鍾奭氏は、秘密文書の約束を守らなければ「この宣布は無効になるという意味も含まれている」(『統一教会の分裂』180ページ)と述べますが、真のお父様はそのような言葉を一切語っておられません。
金鍾奭氏は「…八代男性を踏んで越え(られる)女性の権威を持たなければ、先生に従って天国に入れないという理論的な結論です。ここに、該当する文書が全てあります。文書は守らなければならないというのです。」の部分をもって、秘密文書の約束を守らなければ「この宣布は無効になるという意味も含まれている」と主張しているのかもしれませんが、お父様が語られているのは、真のお母様が先生に従って天国に入るためには、「(お母様が)…八代男性を踏んで越え(られる)女性の権威を持たなければ」ならないので、「3時25分にオモニをオモニとして定めます。」と述べておられるのであり、文書が守られることを「オモニと定める」条件などとはしていないのです。
引用終了
教理研究院の著書そのものがそうなのかまでは現時点では判断しかねるが、微妙な表現の違いや「文章の隠蔽」ということがあれば、教理研究院はみ言の改ざんや隠蔽を取り上げては多くの反論をしていたように、善きサマリア人氏もまた金鍾奭氏と同じような手法での文章展開がないように願う次第である。

今回記事からの結論は、『高校数学で習った論理の話になりますが、日常会話で使用する「条件」という言葉は、論理学の必要条件のことです。』を『統一世界2010年6月号12ページ』の短い一文の中で論じようとしていることだ。それ以前の引用『(統一世界2010年6月号10~11ページ)』とページ続きであることを考えれば、教理研究院もそのことを指してのものであったといえる。

小冊子「UCIを支持する人々の言説の誤りNo.1」」P.24からの引用。



お父様の「ここに、該当する文書が全てあります。文書は守られなければならないのです。」で、「該当する文書」はどれを指してのものか、だ。

天暦五月八日(陽暦六月十九日)は『真の父母様最終一体完成・完結・完了宣布』(ラスベガス)

『完結される、アジュ!』

善きサマリア人氏の「算数の論理学」(高校数学の『命題』ではなく)はこれで撃沈か?!



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最終更新日  2019.09.05 12:40:48
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2019.08.31
カテゴリ:UCI、サンク
​​「昼の神様」を追い出して「夜の神様とお父様」だけで突っ走っては方向を誤ってしまったシムソン(恣意存)氏。その源流はH4の「精子神学論」からである。

TWJ 2012年天暦5月号P.12・13からは「夜の神様、昼の神様」の文字が多く出てくるお父様のみ言もあったので、いくらかの参考にしていただきたい(以下)。
 ​​今、文総裁が残す伝統的な教材・教本が蕩減時代だけでなく、復帰完成時代まで、結論を添付しなければならないのです。はっきりと、気をしっかり持っていかなければ、わき道にいつ落ちてしまうか分かりません。このような言葉を残したくはありませんが、それが現在すぐに問題となる可能性があるので言うのです。私はその世界に移っていくために、皆さんに会っている時間がありません。早く戸籍に入籍しなさいというのです。
​ ​西洋には聖人がいません。全て東洋人なのです。聖人の長子がイエス様ですが、イエス様はどの国に来ましたか? 祖国光復の国、韓国に文龍明を信じて訪ねてきました。文鮮明の橋を渡し、渡ってきたのです。私が十六歳のときにおいて、イエス様が訪ねてきました。​

 ​真夜中に綾巻【アヤマキ】(砧【キヌタ】を打つとき衣類を巻きつける棒)のように、「あなたは夜の神様、昼の神様が分かれてしまったことを知っていますか?」「知っています」「そうだとしたら婚姻をしに行くのに、結婚させることのできる主礼は誰ですか? 」と。夜の神様、昼の神様も主礼が分からないのです。主礼が分かっていたならば、そのとき結婚させることができただろうに、堕落できるように放っておくだろうかということなのです。​
 ​神様もそれは分かりませんでした。夜の神様、昼の神様も主礼が誰になるのかということを知りませんでした。誰が主礼をしてあげるのですか? 真の父母となることができるアダムとエバが堕落してしまったので、主礼が天地を統一できる万国の王となることができる創造主となることができませんでした。

​​ そのために、夜と昼の境界線ができたのです。神様は夜と昼の境界線がありません。文総裁は夜と昼の境界線を知らずに生きる人なのです。朝方だろうが昼だろうが夜だろうが、昼にも寝ず、夜にも寝ないのです。この世には、夜と昼を分けて、寝ることのできる人はいますが、文総裁は夜と昼を選ばずに、夜の神様、昼の神様の挙動を監祝する暗行御史(密行宮吏)の責任を持っているのです……。​​

​​​​​ ​十二支派が一つの兄弟にならなければなりません。重生・復活・永生、驚くべき発見です。​キリスト教での堕落した先祖の原理をきれいに、ほころび一つなく解説した人が正に私なのです。霊界に数千億がいますが、天地人の中で、男性一人、女性一人が主人となる創造主を追い出してしまったのです。この世で創造主の位置に行き、夜の神様、昼の神様を解放し、王権を中心として主人の役割をするための真の父母ではなかったとい​​うのです。

 真の父母となれず、偽りの父母によって、このようになってしまったのです。そのため真の父になる日には、人類のエデンの園において、絶対的な神様、夜の神様、昼の神様、お一人であられる実体の勝利者としてお迎えするのです。エデンの園で善悪を知る木の果を取って食べたら必ず死ぬと言ったのですが、天地創造の主人の位置をなくしてしまったのはなぜかというと、アダムの妻となるべきエバがルーシェルと門を開けたまま、アダムまで堕落させて滅ぼしたからなのです。誰が先に初愛の門を開けたのかというと、ルーシェルが開けたのです。ルーシェルがこのようなことをしたのです。

 それを直す方法を誰も知りませんでした。夜の神様も昼の神様もその中で穴を掘ってしまったのが死亡圏なのです。その穴から間違った血統として、間違って生まれてしまったのです。体と心の中に穴があるのですが、闘う可能性をはらんだ紛争の穴なのです。兄さんが弟をどうして殺すことができるでしようか?

 神様の創造原理には、そのような道は影も形もありません。いくら研究しても、善悪を知る木の果が何なのか、取って食べたら死ぬ善悪を知る木の果を知りませんでした。善悪を知る木の果がどこにあるのかというと、善悪を知る木の果は母の骨の中にある卵子の善悪を知る木の果なのです。この中に穴を掘ってしまい、二人とも死んでしまったというのです。二人共に、堕落したというのです。

 このような創造原理は神様も考えず、アダム、エバも考えませんでした。そうであれば、歴史時代に文龍明という人は、どのようにして善悪を知る木の果が何であるかということを知ることができたのでしょうか? 文龍明は原理原原則を尊重規するのです。
 文総裁が数え年で十六歳になった年に、イエス様が現れて、「文龍明先生、結婚しに行きましょう」、これが一つの秘密通告の暗示であり、指示でした。結婚しに行くのに「イエスよ! お前はイエスの父を見たか? 神様を見たか?」と。神様の独り子だと言いますが、神様を見た人はいません。

 天地の二人、天国に行って立て、王の候補者としてこの地に生まれることのできる人を決めて立てなければなりません。その二人は、男性同士ではありません。それは反発します。NとN同士では怨讐となるのです。NとSなのです。北側は南側、東側は西側と対になるのです。(男性と女性も対になるのです。)

 天地人真の父母定着、実体定着です。天地人真の父母実体定者です。定着した実体が真の父母なのです。定着した真の父母の実体がみ言宣布するのは、地上だけではありません。霊界があるのです。天があるというのです。実体み言宣布なのです。​​​​​
黄マーカーからは、「東洋の文龍明(文総裁)が16歳のときに」イエス様が尋ねてこられた話をされていた。繰り返すが「16歳のときに」にである。それ以前の話ではない。
その時にどのような会話をされたかというと、「夜の神様、昼の神様」の結婚式の話であったということだが。夜の神様、昼の神様の結婚式の主礼を誰がするのか? 
アダムエバが堕落したためにそれが出来なかった。

こう見たときに、シムソン氏(H4)の「夜の神様」だけを持ち上げての理論の構築は正しい方向にあると言えるのか、である。

お父様は、独り子イエス様に対しても「お前(イエス様)の父を見たか? 神様(天の父母様)を見たか?」と問うていた。清平役事16周年記念の時のみ言(2011.8 TWJ)からも分かることだが、「夜の神様」だけで突っ走って見ても何一つ解決の道はない、ということだ。







サンクの方々、これがお父様が悟られたものであり、原理原本のその時から神様を「天の父母様」だと紹介されていた。但し、「夜の神様、昼の神様」の結婚式はまだされていない。

​H3、H4はお父様がイエス様からの召命で託された「夜の神様、昼の神様」の結婚式をどう考えているのか? だ。​




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最終更新日  2019.08.31 21:49:58
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2019.08.28
カテゴリ:UCI、サンク
​​自称ルポライタイーtomy4509が今日も「真理を求めて」ルポします。



これまでの私の検証から、「独生女理論」「独生女論」もまた過去のものとなってしまった。こんにちなお犬の遠吠えのように「独生女教」だといってみたところで同じことだ。

もしもお母様が「ひとり娘(独生女)」は間違いだというのであれば、その論拠を明確にしていただきたい。
これまでの過去のそれらは、お父様のみ言の切り出し文で前後の文章を隠しての歪曲、また、改ざんしての「独生女批判」であったことの指摘をしてきた。そして、何よりも「独生女」の言い出しっぺが、まさに、お父様であったことはブログ村でも広く知られるようになってきた。「お父様が「独生女」を最初に語られたみ言」参照のこと。





お父様の「元祖・独生女論」を整理してみれば、天の父母様はアダム・エバを独生子・独生女として創造されたのだが、堕落によって第二祝福を見ることが出来なかった。復帰摂理は再創造摂理でもあり、再びその独生子・独生女をこの地上に送られようとして来られたのであり、2000年前は「神様の独り子イエス様がこの地の上に来られて、もし亡くなっていなければ、イエス様が独り子だと語ったので、神様は彼のために独り娘も送られたでしょう。神様の2000年の(キリスト教)歴史は、新婦を求めるための歴史です。」(文鮮明先生み言葉選集第7巻、59.10.11)
第3アダムも独生女を探して「子羊の婚宴」をするのだ、と。

​不朽の名作「母(独生女)を訪ねて6000年」​

である。

その一方、「みなしごハッチ(H3 & H4)」は迷作か? 駄作となるのか?

お父様が遺言のように残された「み言」は「真の父母」はもちろんのこと、「独生女」あり、「天の父母様」もある。それらを継承する家庭が「真の家庭」といえるのではなかろうか。



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最終更新日  2019.08.28 19:29:31
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2019.08.25
カテゴリ:UCI、サンク
​​まずは、あるブログで

H1は顕進様であり、H2が亨進様と言うのが 世界基準の食口間の呼び名であるわけですので 孝進様も 興進様も ヒョンジンではないため混同しません。

混同を避けるため H1 H2というのが定着したわけですので この部分で 

何も理解できていない方であることが理解できます。

​と書かれていたが、その過去「H1、H2」の表記は三男さんが「長子(後継者)」を強調していたように私は捉えていた。サンクの方々はH4よりもH3の優位性を固持しようとしたものには思われなかったのか?

ここで、私がH3、H4としているのは、実はお母様からである。
「H1,H2って何?」と幹部の方に質問されては「H1は孝進様、H2は興進様だ」とお母様が話されていたことからであった。

また、​

内容がこじつけで理解できない!!!
​ 釈迦の妻も 孔子の妻も ソクラテスの妻も イエス様の妻も もともと 1960年に祝福をアボジと受けているとした場合 ​​(そういった事実はない)​
 事情により返してもらえば 良いだけの事なんじゃないかと感じる
とくに 清平だけで 霊界を判ったふりをしている方たちは 1995年以降
霊界からは遠のいているように感じる!!!

​姜賢實女史とアウグスティヌス、ほか四大聖人と金日成初めとした悪霊人たちまでが同時に祝福を受けたのは1997年11月の4000万双祝福式での時だった。1997年に真の父母様の名で(米国で)されたことであり、それ以前の「1995年以降霊界から遠のいている」のは清平を批判されているその人本人に他ならない。

ほか私の記事に対しても、原理を捻じ曲げては批判されるご自身の姿がまったく見えていないようだ。
正分合の四位基台の神様の位置に【神様=イエス様(再臨主)】が同居した「正」、「分」は分かれることもなく【二代王?】、「合」が【三代王?】とか。
もう一度原理講義の「初級」からお勉強されることをお勧めしたい。

余談はここまで。
さて、本論。
といっても、22日から中途の下書きで放置していたのを整理したものだ。



コリアンドリーム氏の8/21記事「誰が摂理の中心なのか?」、これは誰のみ言か。「アイデンティティ」の言葉が出ていたところを見ると、H3が語ったものだろう。
誰の言葉(出典)かの明記はシッカリとされるべきである。でなければ混乱が広まるばかりだ。
​​​​​​ 『原理講論』第一章で明らかにしている創造原理は、一から全存在が創造されたということである。全て存在が二性性相として存在する理由は、神様が神様の形状どおり人間と被造万物を創造したためであることを創造原理を通じて表しているのである。この原理は神様が原因であり人間は結果的存在ということを表している。

この世の中に数多くの父母がいて家庭がある。ところで私たちはその前に『真』を付けて真の父母、真の家庭と呼ぶ。愛・生命・血統も真の愛・真の生命・真の血統と呼ぶ。『真の』が付いているものと付いていないものの差は何か。正に起源の差である。真のお父様は次のように語られた。

​​真の起源は神様であり、神様がおられることによって真が成り立つ。真の父母とは単に一人の男性と一人の女性が子供を産むことによってなる父母を言うのではない。真の父母は創造原理に示されている神様の男女に対する理想を根元とし、その実体となった父母を言う。また真の家庭は単に父母と子女から構成された家庭を言うのではなく、神様の家庭理想から始まり、それが実体化された家庭を言う。このように真の父母と真の家庭は人間自らの意思によって形成されたものではなく、神様の理想と目的によって形成された父母であり家庭である。​​​

愛と生命と血統も同じである。人間は愛も生命も血統も全て自分のものという意識を当たり前に持っている。私が誰かを愛し、私がまた私たちが子供を生む、しかし私の意のままに、私の感情どおりに動くことが愛ではない。神様から始まった相手のための愛、それが真なる愛だ。生命も同じだ。生命は神様の愛から創造され、それゆえ生命の根源も神様だ。血統はどうか。私たちは金氏とか朴氏とか李氏とかの血統が血統として錯覚しているが、神様の愛と生命の結実して現れるものが血統だから、神様が血統の起源である。このように、原因者となった神様の前に人間は結果的存在である。それが人間の​アイデンティティ​である。​
……​​
​​

私個人的には当初からこの「アイデンティティ」には違和感を感じていた。
​​アイデンティティとは、同一性、すなわち「《他ならぬ》それそのものであって他のものではない」という状態や性質のこと、あるいは、そのような同一性の確立の拠り所となる要素のことである。
心理学や社会学の分野においては、一貫した自己・自我の意識を「自己同一性」(self-identity)あるいは単にアイデンティティと呼ぶ。自己同一性は「自分は何者であるのか」という問いに象徴され、状況や時期などによって変わることのない「自分は自分である」という自己認識として確立される。帰属意識などもアイデンティティの確立に密接に関わる。​
H3のアイデンティティを耳にしたのも2000年を前後しての頃だったと思うが、お父様が神山氏にその頃からH3はお父様から離れていると語られたのも一つには私と同様のことを感じておられたのではなかろうか?

また、ブログ記事「誰が摂理の中心なのか?」(H3の)全体から感じれることは、神様を中心に置きながらも「私の思いのままにではなく、父のみ旨ままにしてください。という内的姿勢が人間の責任分担の出発点である。」、とのこと。

こんにちの統一家の分裂、H3や支流人の方々の言動を見たときに果たしてどうなのか?

2008年7月のヘリコプター事故後にH3の(削除された)メッセージ映像最後の字幕から見てもそのようにはなっていなかった。


▲「三男派、避けて通ることが出来ない道--三男さんの「祝福権」の有無」から。

ほかにもH3が語っていたものに「伝統を破れば混乱が生じる」というのもあった(詳細は​こちら​)。

H3に追随される支流人の方々に問うが、H3は「私の思いのままにではなく、父のみ旨ままにしてください。という内的姿勢が人間の責任分担の出発点」に適って行動されている方なのか?
そうだ、と言える証拠でもあればどなたかご提示願いたい。

​さらには、上記のお父様のみ言引用文はかなりの部分を切り貼りしては自分の都合の良いように「改ざん」したものであったことが判明した。​
読者の方で関心があれば​、どれだけの量が削除されているかを確認されては如何か。八大教材教本・天聖経「真の父母」​から(こちら)。

詳細はこちらでは省くことにするが、「真の」の起源に関してのみ言もまた以下のように記されていた。
​​​では、これを一度に蓄積させることができ、このすべてを総合することができる真なる基準は、どこから始まるのか? これは、ある宗族圏内で成されるのではなく、社会圏内とか、国家圏内で成されるのでもありません。世界圏内でも絶対不可能なものです。すべての問題の起源が、偽りの父母から始まったために、真なる父母の因縁を中心としてのみ、復帰されうるのです。

真の父母という名詞を中心としてこそ、初めて神様の心情と一致しうるのです。真の父母を中心として、本然の血統が始まり、真の父母を中心として、本然の人格が始まり、真の父母を中心として言語が本来の位置に帰り、真の父母を中心として生活が本然の形態に帰り。真の父母を中心として本然の国家形成が起こり、真の父母を中心として本然の世界が成されるのです。

では、この全体を総集約した核心的な母体が何か? 真の父母です。真の父母ひと方によって、すべてが決定されるのです。それゆえ、その方のすべての思想を自分が全部引き継がなければいけません。その心情、その人格、その生活観、その国家観、その世界観を全部引き継がなくては、中心となる位置に立てないのです。(二八・二四八)

真の父母を抜いては、教育もあってはならず、生活の基盤もあってはなりません。分かりますか? 真の父母と完全に一つにならなければならないのです。

一つになることは、何かというと、「真の父母の生活が私の生活であり、真の父母の理念が私の理念であり、真の父母の仕事が私の仕事であり、真の父母の愛の圏が私の愛の圏である」このようにならなければならないのです。皆さんはそうですか?(四四・一四五)​​​
また、「真の子女」「真の家庭」に関してもH3の語る内容とは違ったものを発見することも出来た。

​・ 真の父母という言葉は福音中の福音P.142

皆さんがユートピア世界を探そうとするには、どこへいくべきか? 本然の家庭の愛の圏を経ずしては、行く道がないということを知るべきです。先生が原理主管圏内と直接主管圏内を神様の愛と真の父母の愛でつないだ基準があることによって、今日霊界と肉界がその愛の橋を通じて往来できる道が生じるのです。これを知るべきです。

皆さんは、原理を習っているでしょう? 神様が本来創られた通り、直接主管圏と間接主管圏に分けられているのです。では、それをどのように一つにするか? それは、真の愛だけが可能なのです。これが一つになるときは、人間アダム・エバが成熟するときだけです。分かりますか?(はい)。そのようなときは、自動的に水平的真の愛が現れるのです。

その位置で、「おお、あなたは私の同伴者です!」と抱き締めるようになるとき、真の愛がその組の中心に現れるのです。分かりますか?(はい)。プラスの愛が完成して現れるようになれば、マイナスはすぐに現れるようになっているのです。プラスの愛がマイナスの愛に降りてきて、運行するようになれば、真の愛の標準を描いていくのです。そうすれば終わるのです。

真の愛が現れれば、すべてが皆自動的についてくるのです。真の愛だけが、すべてに作用するのです。それで、世界がユートピア圏に転換されるのです。分かりますか?

どこから真の愛が出発するか? 真の父母から。これは、福音中の福音です。世の中にどんな良い言葉があるとしても、夫という言葉が良い言葉で、妻という言葉が良い言葉だとしても、堕落した世界は真の父母が現れなくては、真なる夫と妻が現れないために、真の父母以上良い福音がないというのです。分かりますか? これをはっきりと知るべきなのです。(一三一・一八七)

歴史過程において、悲しみがあれば、最高の悲しみ、困難があれば、最高の困難、血の代価を払ったなら、最高の代価を払った、その結果として見出されたのが、この真なる家庭なのです。

この真なる家庭が見出されることによって、歴史的な悲しみが解怨成就されうるために、歴史的な死の代価が解怨成就されうるために、歴史はこのような悲惨な蕩減の条件を払ってきたというのです。従って、この真なる家庭が、この血に顕現したという事実は、我々人類においては、それ以上の喜びがない喜びであり、それ以上の価値がない価値なのです。

そのような真なる家庭を成すためには、真なる父母がいなければなりません。真なる父母がなければならないと同時に、真なる夫婦が成されなければならないのです。真なる夫婦が成されて、真なる子女が誕生しなければならないのです。

この真なる父母は、サタンの前にいかなる讒訴の条件をも残してはいけません。真なる夫婦は、サタンの前にいかなる讒訴条件に引っかかって、うめく場にあってもいけないのです。真なる家庭に属している子女もまた、サタン世界に讒訴条件を残しうる位置に立っては、真なる家庭の息子娘になりえません。

今日皆さんは、真の父母という言葉を話しており、真という名詞を知っています。この真の父母という言葉は、歴史時代において、誰も呼んでみることができず、誰も考えられませんでした。しかし、今日、我々は呼ぶことができ、知ることができ、侍ることができる栄光の位置に立っています。このように我々は、歴史時代の誰よりも幸福な位置に立っているのであり、歴史時代の誰よりも高貴な位置に立っているということを、皆さんは知るべきです。

真の父母という名前とともに、歴史において今まで苦労してきたし、真の父母の勝利の基盤を備えるために、歴史的な数多くの犠牲の代価を払ったということを考えるようになるとき、真の父母という名詞こそ、今日我々人類に福なるみ言中の福なるみ言であるということを知るべきです。

真の父母というその名前四文字を考えるとき、真の父母によって歴史が治められ、真の父母によって新しい世界に入りうる起源が生まれ、真の父母によってサタンを屈服させることができる内的な因縁が決定し、真の父母によって外的な世界を占領しているサタンを征服して、初めて神様を解怨成就してさしあげることのできる中心が決定されるのです。それゆえ、真の父母とともに暮らし、真の父母の命令に従って行動することができる、この驚くべき恩賜に、皆さんがまず感謝しなければなりません。

自分の人生を皆犠牲にする恨があっても、真の父母の行く道に同調できる道があるなら、我々人類の前に、これ以上の幸福なことがないということを知るべきです。真の父母の命令に従って、敵陣に向かって行進する兵士がいるなら、彼は人類が願う最高の希望の頂上の中において、天と地が直視し、歴史が注目する神々しい勇士であることを、我々はよく知るべきです。

皆さんが真の父母の心情に代わって、あるいは、国家の民族に代わって戦うことができる立場に立ったとするならば、その心情によって、国家なら国家、民族なら民族が初めて幸福の園の門を開くことができ、行進して入り、勝利の栄光の場に参席することができる希望の国民と国家が顕現するという事実を考えるようになるとき、真の父母の心情の旗を掲げて立ち上がる皆さんこそ、歴史を呼び起こすことができ、希望の世界をもう一度審判することができる旗手であることを、皆さんは自覚するべきです。(四三・一四三)​








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最終更新日  2019.08.25 10:33:27
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2019.08.19
カテゴリ:UCI、サンク
​​​コリアンドリーム氏の​「真のお母様のみ言葉/2019/08/10前編」​(08.15付)はあっても、まだその次が出てこない。
私からは「『原理講論』はまだ完全ではない--『真の父母論』もなければ!!」は彼のその後の記事の予測について書いたもので、「まだ見ぬ事実を確信し確認すること」を楽しみしていたのだが。

今回のコリアンドリーム氏の記事「原理と摂理に対する理解(序論)」、これにしてもブログ村の過去のコピペに思われる。詳細は省くことにするが、彼の記事からの引用は以下。
祝福家庭が知るべき真理は何か。原理と神様の摂理である。原理と神様の摂理の核心は次の四つの根本質問の中にある。
 1)誰が摂理の中心か:
 2)メシアは如何はるお方であり、彼の使命は何か:
 3)真の父母様と真の家庭の顕現の持つ意義は何か:
 4)祝福家庭の責任は何か。
と。

さて、「祝福家庭が知るべき真理は何か?」についてだが、
コリアンドリーム氏は「原理と神様の摂理」と規定していた。
それ以前に祝福家庭として知るべき大切なものを忘れているようだ。

「原理講論(真理)は難しい」ものであるかのように考えているようだが、それを整理してみれば実に単純明快なものとして理解できるのではなかろうか。
神様と人間は「父子(親子)の関係」、これだけだ。
人間始祖アダム・エバに与えられた戒めも「取って食べるな」、単純なものだった。言葉を変えれば「神様(天の父母様)のみを仰ぎ見て成長しなさい」だ、似姿として。「絶対信仰」。
世界のこんにちの「独生女」現象にも言えることだが、原理を学ばずともお母様に「あなたの息子だ」と告白している姿を見る。
私たち食口もこれを見習うべきである。

ところで、原理講論・総序からは唯心論と唯物論について書かれていた。
果たして、神様はいるのか? いないのか?
見ることも触ることも出来ない「神様」、
その神様をどのようにして知ることが出来るというのか。
原理を聞いたからという一点で「知ったかさん」になっていないだろうか?

創造原理の冒頭からは
​人間は長い歴史の期間にわたって、人生と宇宙に関する根本問題を解決するために苦悶してきた。けれども、今日に至るまで、この問題に対して納得のいく解答を我々に与えてくれた人はまだ一人もいない。それは本来、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからである。さらに、我々にはもっと根本的な先決問題が残っている。それは、結果的な存在に関することではなく、原因的な存在に関する問題である。ゆえに、人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。​創造原理はこのような根本的な問題を、広範囲にわたって扱っている。​

​​「人生と宇宙に関する根本問題を解決するために」「人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。」、と。
このように神様を知り、その神様がいかなるお方かを知ることで様々な問題が解決されていくということだ。「原理と神様の摂理」ではない。

こんにちの統一家における分裂問題も、その神様に対する無知から来ていることは言うまでもない。
コリアンドリーム氏(支流人の方々)、総序がそのように叫んではいなかったか!!
これまでのキリスト教がそうであったように、同じ聖書の解釈によって数百の宗派に分かれてきた。
「歴史は繰り返す」というが、同じ過ちを統一家も繰り返してよいものか。
「世界平和」、「統一」は名ばかりのものにしていないだろうか。

食口の皆さんの「良心」はどうなのか。
良心は我知らずに「真理」を求め、また、「神様」を求めるようになっている。
であれば、最終的に行き着くところは同じ「ハナニム」となるはずだが。

「天の父母様」呼称について
私がこれまで検証してきたことで「真のお父様が16歳以降に会われた「天の父母様」?!」からだが、TWJ 2011年天暦1月号からの引用。



16歳のときにイエス様に会われてその使命を継承されたときのことを語られていた。

そのときも信仰生活をしてはいましたが、祈祷するときに私が神様に対して「天のお父様」と呼ぶのが父親だとすると、母のいない父がありうるのか? イエスは男で、……花嫁もいて家庭もなければならないのに、家庭もなくて妻もいません。​

​との疑問を持たれたと。
このことと「​原理原本 →(原理解説)→ 原理講論 → 原理本体論」につなげて、さらには「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」まで行けば、真の父母様の「天の父母様」呼称は誰も否定することは出来ない。


「ワンファミリー・アンダーゴッド」とは何か?
アダム・エバが堕落しないで祝福結婚を受ければ天の父母様を中心としての四位基台、「アダム家庭」、「アダム世界」―「ワンファミリー・アンダーゴッド」になっていたはずだ。アダム・エバが「独生子・独生女」となっていた。
ところが、堕落ゆえにそうはならなかったということだ(堕落論)。神様は全知全能であられるから、直ぐにでもアダム・エバを捨てて別のアダム・エバを創造されることも可能だったはずだ。その一方で、神様は原理原則の神様であられるので、御自身がいったん決められた「創造原理」を変えることは出来ないし、何よりも「愛の神様」としておられるためには「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」で創造された彼らを見捨てることが出来なかった。よって、エデンの園から追い出されながらもその人類救済のために「独生子・独生女」を送ろうとされた復帰摂理、再創造摂理を継続してこられた。
このように、この地上で「独生子・独生女」から出発するのが「ワンファミリー・アンダーゴッド」である。

このように、
祝福家庭が知るべきことは「原理」以上に「神様を知ること」であり、また、「神様の摂理」の前にもっと大切なことを教えてはいなかっただろうか?

総序から:

​その新しい真理は、いかなる使命を果たさなければならないのであろうか。この真理はまず、既に論じたように、宗教が探し求めてきた内的真理と科学が探し求めてきた外的真理とを、統一された一つの課題として解決し、それによってすべての人々が、内外両面の無知を完全に克服し、内外両面の知に至ることができるようなものでなければならない。また、堕落人間をして、邪心が指向する悪への道を遮り、本心の追求する善の目的を成就せしめることによって、善悪両面への指向性をもっている人間の矛盾性と、前述のような、宗教人たちが当面している修道の生活の矛盾性とを、克服できるようなものでなければならない。堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。しかし、神の実在性に対しては、聖書をいかに詳しく読んでみても、明確に知る由がない。ましてや神の心情についてはなおさらである。それゆえ、​この新しい真理は、神の実在性に関することはいうまでもなく、神の創造の心情をはじめとして、神が御自身に対して反逆する堕落人間を見捨てることができず、悠久なる歴史の期間を通して彼らを救おうとして心を尽くしてこられた悲しい心情をも、我々に教えることのできるものでなければならない。​

​​すなわち、「神様の心情」についてである。

「分裂」「葛藤」は神様が嫌われるものである。
誰がそのようにしむけているのか?
歪曲? デマ? 偽装? 虚偽? 改ざん?

「独生子・独生女」については、お父様の元祖「独生女論」からも検証してきた。
「天の父母様」呼称についても然りだ。

​支流人の方々、目を覚まされヨ!!​



​​​​

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最終更新日  2019.08.19 14:27:18
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2019.08.18
カテゴリ:UCI、サンク
​​​​​サンクのH4が「二代王」を名乗っているが、その初代はどなたなのか?

家庭連合(真の父母様宣布文サイト)から三代王権の説明は、以下の四位基台の図を挙げていた。
1代が「神様(天の父母様)」、2代が「アダムとエバ(真の父母)」、3代が「子女(息子・娘)」。



さらには、「祖父母、父母(息子・娘)、子女(孫)」をもって4代。つまりは、第四次アダム圏ということになる。

今回サンクでは

​​祝) 文信八さん小野もとえ新三代王権祝福家庭 (賀​​

と、結婚式をされたとのこと。タイトルにもある通りで「新三代王権」ということだが「4代」ではないということだ。

2000年前のとき、お父様はヨセフ家庭とザカリヤ家庭がイエス様の価値を悟り、侍ってはイエス様の花嫁(独生女)をも準備しなければならなかったと語られていた。
同じように、H4家庭(祝婦家庭も同様に)も真の父母様によく侍っては「孫」を「4代」として生育させていく責任があったのでは?
ところが、「二代王」に続く「三代王権」ということで「4代」として立てることが出来なかった。

となれば、
改めて問うが、サンクの「初代」とは誰?
tomy4509からは、H4は真のお母様に反旗を翻してからは姜賢實女史をサンクの母として立てた。
姜賢實女史はお父様によってアウグスティヌスと霊肉祝福のカップルであったが、サンク推奨の原理本体論からは(以下)のビデオ画像でもって紹介もしていたが、地上で結ばれた夫婦は霊界へ行っても絶対
唯一・不変・永遠であり夫婦が入れ替わる法度はない。



「原理本体論」そのものがどこから出てきたものなのかは言うまでもなくお父様からだ。仮に、本体論講師を任された誰かが勝手にこれを話したとして同じことだ。

明らかにH4による「姜賢實女史とお父様の結婚式」は本体論と矛盾する。
したがって、H4はお母様「独生女」を否定したことで一旦はサンクは​「不母主義」​となったが、姜賢實女史を義母として迎えることでその埋め合わせをした。
ところが、そこに憑いてきた夫は誰か?
真の父母様からは、姜女史はアウグスティヌスと霊肉祝福を受けたカップルであり、本体論から見てもその夫はアウグスティヌスということになる。
人間始祖アダム・エバ当時をそのままに再現しているようだ。
堕落エバが姜女史とすれば、霊界地上界の違いはあってもまぎれなくそのアダムはアウグスティヌスである。

サンクの教義を見ても八大教材教本を聖典としながらも、そこに書かれた「真の父母」の教えは一つとして出てこない。出てくるのは聖書の聖句ばかりだ。

このように、
サンクの「初代」はというよりは、2代が「偽りの父母」としてのクリスチャンのアウグスティヌス・姜賢實女史であり、その息子・娘(庶子)となったのがH4夫妻、それにつながる「孫」やサンクの信徒は?

サンクのいうところのアベルカインの勝利は間違った情報操作であったことは過去記事「サンクの大チョンボ、アベルカインも無しに「二代王」?」、「サンクは一つの間違いから、また別の間違いを「接ぎ木」して……」それぞれの後半でも書いていた通りであり、天使長と関係しなければその「孫」を地獄から引っ張ってくることが出来るといった預言のように話されていた。

さて、自称ルポライタイーtomy4509がこれまでに父母様のみ言「独生子・独生女」、「天の父母様」呼称について、ほかを検証して現在書いているものであり、それが正しいかどうかは、支流人の皆様が判断されることを願う。

【関連記事】
姜賢實女史、霊界では聖アウグスティヌスと仲良くお過ごしください。
聖アウグスティヌスもまた、聖書・ホセア書のホセアのようなお方だと思います。




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最終更新日  2019.08.18 08:02:55
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2019.08.16
カテゴリ:UCI、サンク
​​​前記事「疑問符だらけの「成約聖徒が文鮮明師と一つになるための60の論題」」の続き。
論題34)家庭連合には正統なアベル・カインの思想がない
家庭連合には、カイン・アベルの勝利的モデルがない。家庭連合の幹部は、カイン・アベルを兄弟関係では なく、僕であるカインは主人であるアベルに無条件で絶対服従する道具としている。これはカイン・アベル の原理を、非原理的な奴隷文化強要のために利用している事に他ならない。文亨進様は既に日本の勝利宣言、 解放宣言を行った。韓鶴子女史と韓国本部幹部はいつまで日本の信徒を韓国人幹部の奴隷としたら気が済む のか。神と再臨主文鮮明師が如何ばかり血涙を流しているであろうか。 ​
「家庭連合には正当なアベル・カインの勝利的モデルがない」?

果たして? まずは一勝日でのお父様の以下の一文(​リンク​)を読んでから判断していただきたい。


 本然のカイン・アベル観

 ​今、我々統一家を中心としてみるときに、統一家のアベルが誰かというと、先生の息子なのです。……では、統一教会と先生の家庭とを見るときには誰がアベルですか? それは先生の息子、直系の子女が統一教会の祝福を受けた家庭の前にアベルの位置にいるのです。……それと同じく、統一教会員であれば、祝福家庭であるなしに拘らず、父母様を中心にした直系の子女の前には従わなければならないというのです。
 それはなぜかと言うと、カイン・アベル問題をここで清算しなくてはならないからです。そのため、先生は監獄に入る前に、この孝進君に一つの仕事を命じました。……

 神、アダム・エバ、カインは三代です。三代を中心にして四位基台が繰り広げられるのです。三段階、これを展開させると四位基台になります。三段階には祖父、父、子女がいます。……
​真の父母様を中心とした位置で長子圏が生まれるのであって、​父母様がいなくては、長子圏が設定できません。​​今まではアベル圏であったものを延期させてカイン圏を復帰し、メシヤを迎えることのできる歴史的所望の道を歩んできたのです。



 しかし、今、再臨理想を成した父母様が現れることによって蕩減復帰を成したために、今度は天の側の父母様の息子・娘たちが、長子・次子復帰基準を備えなければならないというのです。

 
地上天国実現出発の基準​​​

 ところが、この世界がアダムの息子として生まれた外的世界であるために、これを横的にどのように連結するかが問題になります。先生の家庭の息子たちをカイン圏として、兄さんとして見るならば、この世で未だ復帰されていない人たちはアベル圏として見るのです。アベル圏は唯順応だけすれば良いのです。
 過去のように蕩減復帰という名詞があるのでなく、……蕩減復帰が必要ない時代に入って行くということなのです。
……
 ​​地上天国についてどんなに語ったとしても、長子圏と次子圏が、神を中心に勝利した父母の基準と、その血統的因縁を通して関係を結ばずしては、地上天国顕現が原理観的立場からみて不可能だというのです。それをしっかりと知らなくてはならないのです。​​
 それならば、このようなことをいつ決定するのでしょうか? 今日、統一教会の歴史において、このような決定をいつなしたかということが重要なことです。これを決定せずしては、サタンを根本的に追い払うことができないというのです。それで、先生はこの御旨を進めるため、入監以前に孝進君を立てて、二世たちを一つにする運動を展開させたのです。先生の長男としての立場で責任を持たせたのです。従って、祝福を受けた家庭は一つになって付いて行かなくてはなりません。
……
 あくまでも、父母様を中心にして一つになった基準の長子圏、次子圏が横的に設定されない限り、天国実現の出発が不可能です。これを確実に知らなければなりません。
​​​​
【関連記事】

一勝日(1985年8月16日)に語られた真の父母様のみ言

このみ言は『祝福(1985年 冬季号 第四十七号)』に「一勝日におけるみ言葉」として掲載されたものです。
ほか:




2008年3月17日、孝進様が聖和された。
その1ヶ月も立たずにあった出来事は、4月6日の第49回「真の父母の日」(ハワイ・キング・ガーデン)におけるお母様を中心としてH3とKのカインアベルの儀式であった。私の過去記事でも書いてきたものであり、
この地でお母様が生んだ孝進様(天の長子カイン)を霊界に送ることで興進様(天の次子アベル)と一つとなって霊界が統一されるので、この地上でもお母様を中心にH3とKも一つになることを願われた。

ところで、2008年7月19日は真の父母様等を載せたヘリコプター事故があった日だ。その後の「8月1日、天正宮博物館訓読会でのみ言」を語られていた(ファミリー2008.10月号)。
手元にある方は是非全体を読まれることでより深い内容を理解されるものと思われるが、ここでは関連する一文の引用に留める。
​ その日(3月17日)​は、孝進君が責任を持って霊界に行った日です。世の中を旅立つとき、二時間前に……。分かれた霊界と肉界を埋め合わせ、統一圏の大道を築くために行ったのです。世の中で言えば、長子である息子は父母様の誇りであり、父母様の栄光であり、父母様の結実とならなければなりません。(孝進様は)サタン世界の渦中で、その波に引きずり回され、世の中をすべて回りながら、最後には、真の父母しかいないということを知ったとき、父母の前に長子として責任を果たすことができないわたしが何をするのかと、申し訳なく思ったというのです。天上世界の新しい朝となったその世界、天と地が分かれ、父母と子女が分かれ、万有の存在の細胞と細胞がすべて分かれうる、その場を受け継いでいくならば、息子の召命的責任を果たしてから行くということで、命をささげたのです。統一家の最後の壁を片付けて越えていくことによつて、孝進に対して、嫉妬心、ねたみ、怨讐の概念を持つことができない場が始まるのです。
 その場に上ったので、一つになることができなかった自分の兄弟たちを一つにするために、父母の前に孝の道を行くようにさせ、神様と真の父母を分けた壁を一つにして、天上世界に安息日ではなく安侍日を迎えることができる秘訣として双合十勝数を抱き、自分が代わりに孝子の道を行き、果たせなかったすべてのことを、自分が死んで体と霊のすべてをささげてこれを所願成就させようとしたのが、孝進お兄さんが行った道です。それを知って、二時間以内にそのような決心を成し遂げることができるように天は措置してくださり、神様が、また真の父母様が助けて、過去の誤ったこと……。​​

4月6日のH3とKのカインアベルについての背景が、ヘリコプター事故後のここでも語られていた。
同じく2008年12月の式でもまたお母様を中心にしてカインアベルはH3とKであった。


このようにお父様のみ言から見ても、お母様を中心としてH3とKは宿命的なカインアベルの蕩減を背負っている。サンクのいうところの仲良しクラブのH4とKのアベルカインの関係は、父母様は認めておられない。

もちろんのことだが、家庭連合にはカイン・アベルの勝利的モデルは健在していた。孝進様家庭と興進様家庭がそれであった。1985年8月16日の一勝日での父母様の祈祷が起点となっていることは言うまでもないことだ。

お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その4)(以下)。
​文鮮明先生御言選集 19850816 - 一勝日におけるみ言葉 4​​

一切の蕩減を清算し、希望の出発の時

 このように、私一人だけでも、ゴリアテに挑むダビデのように、アメリカを相手に闘いながら現在に至っているのです。もう十三カ月になりました。十三の数はアメリカで最も悪い数でしょう? 十三カ月間に何をしたのか。闘ったのです。十三カ月間で闘いを終らせなくてはならないのです。日数で言えば、約四百日近い期間にそのための闘いをしてきたのです。また、監獄でのこの闘いを通して、監獄からでも、天上までの道をつなぐ仕事をしたのです。これによって、地上地獄から天上地獄へのハイウェイを作るのです。先生が今ハイウェイプロジェクトをするのは全部意味があるのです。それで、今つなごうとしているのです。

 以上のように、先生として、あるいは父母様として立てることのできる条件を、今度の監獄の場ですべて成しました。お前たちに話をしたように、今すべて動いているのです。なぜならば、私でしかできない仕事であるからです。こういう日が訪れてくるのです。私がみんな成して、苦労の四十年は終りました。新しい四十年に向かって行くその日からは、我々の世界にならなくてはならないのです。

 ​一九九〇年になれば、私の年が七十歳になります。二〇〇〇年が八十歳になる年です。これはモーセの路程です。二〇〇〇年までに準備作業をすべて成しておくのです。そしてお前たちの時代には、天国が建設できるようにしてあげなくてはなりません。だから、どれだけ忙しいかというのです。それには世界的蕩減条件が要求されるのです。このような蕩減条件を立てるのに、韓国でできるでしょうか。世界を象徴するアメリカ圏に入ってこそ、世界的蕩減条件を立てることができるのです。このような蕩減条件を前にして、お前たちは後代の前にひっかからないようにしなければなりません。​

 ​そのために私は監獄に行ったのです。イエス様は十字架で亡くなられましたが、十字架上は監獄に相当します。先生が監獄に入るということは、十字架上で死んだことになります。そして、死んで復活するまでの間も、イエス様同様すべてを失ってしまったのです。イエス様は父母を失い、兄弟を失い、氏族、民族、国家、世界、及び教会までも皆失ってしまったのです。しかし、それをお父様が蕩減復帰して、皆取り戻したのです。子女を探さなくてはならないのです。全部取り戻さなくてはならなかったのです。多くの教会が先生と一つになったのです。それによって、統一教会に対して批判的であった人たちが考え方を変え、「我々が間違っていた」と悔い改めるようになったのです。​

 それで、蕩減圏を中心にして見るならば、本然の創造理想圏としてのカイン・アベル圏の伝統的基盤を打ち立てて、この恨み多い復帰摂理の最後を飾ったということは驚くべきことなのです。これをもってキリスト教文化圏を中心にして、支払うべきものはすべて清算したために、恨み多き四十年の歳月に、父母様が別れを告げることができるのです。

 思えば、僕の僕の道から始まって、養子の道、庶子の道、息子の道、そしてエバの復帰をしなくてはなりませんでした。エバの復帰、即ち、お母さん復帰の道を皆通過し、更にお父さん復帰の道を通過してから、今度は子女たちが家庭的に歩むことのできる道を開拓して来たのです。

 このように、すべての蕩減の解怨を成し終え、希望の新しい出発をすることのできる、一九四五年から四十年を越えた一九八五年八月十六日、四十一年目の初日の朝を迎えました。韓国と別れ、日本と別れてから、アメリカにいるお父さんの所に戻ってきた息子を中心にして祈祷するというこの時が、歴史的時間であるということを知らなくてはならないのです。

 三人の息子が一つに

 私は孝進に尋ねるが、これからはお父さんの代わりに、この統一家のいかなる食口にも負けないように、中心的長子の責任を果たして行かなければなりません。その誇りある位置に立って、サタン世界を神に戻すための勝利の旗を掲げることを父母様の前に誓うだろうね。

 これからお前たち三人は、興進の分まで仕事を引き受けなくてはなりません。弟である興進の代りとなって働きなさい。興進のためにするのです。それで、興進が願っているのはお前たちが一つになることです。今、お前たちが一つになれば、三人が一つになることになります。三人のうち、姉さんは女性だから他家の人と思ったら間違いです。この基盤を一緒に作らないならば、姉さんもなにもありません。三人が共に倒れるのです。

 お前たちも責任を果たさない場合は、大変な事が起きるというのです。お前たち二人がしっかりと一つになれば、弟とぴったり一つになれば、兄さんもお前の話を聞かなくてはならないのです。二人が一つになってしたことであれば、正しい時はその話に従って行かなくてはなりません。また、兄さんがどんなに一人であっても、その話が正しい時はお前たちは反対してはいけないです。これを間違える日には、我々の家庭が亡びるのです。間違いが災いとなって襲って来る時、我々は億千万の人たちを道連れに地獄へと落ちて行くのです。

 そういう事にならないよう、お前たち二人はいつでも、お母さん、お父さんに仕えるようにしなさい。兄さんを神のような立場に立てて仕えるならば、神様も真の父母を愛するように皆さんを愛してくれます。全員がこうしなければならないのです。

 お前たち三人だけでもそのようにするならば、その次には姉さんたちや、その義兄たちも自然に一つになるに違いありません。

 ​それで、きょうは祝福された譽進、孝進、興進の三家庭を連結させるのです。家庭は息子が代表者となりますから、アジュマ(註・ここでは兄の妻をさしている)たちは下の兄弟たちの前に、代表者の妻としての教育をしなければなりません。姉さんもですよ。そのような行ないを通して我々の家庭を立てて行くのです。三人の息子だけが一つになれば、弟たちや妹の夫たちも皆付いて行きます。三人の息子はそのような重大な責任を持っているのです。​

 皆さんの守るべきことは、皆さんだけでなく、後々の後孫たちも守らなくてはなりません。真なる家庭のあり方を伝えるのです。我々の家庭に残された息子・娘は全部で十二人です。やがて祝福された十二組の家庭ができれば二十四人で、十二支派を責任持たなくてはならないのです。お前たちが十二支派の責任者とならなくてはならないのです。いずれ、世界的支派を編成しなくてはならないのですが、お前たちが内的に一つになることで外的支派が編成されるのです。

 お前たちの家庭は、もうこれからは喧嘩してはいけないというのです。今までは知らないで争ったけれども、喧嘩したらいけないんだよ。そのために伝統が必要なのです。十二歳以前は喧嘩しても構いません。また二十歳になる前は、間違ったことをしても許してもらえることができます。

 父母様の身代わりとなって

 さあ、そのような原則の下に、ここで我々の十二家庭が完全に一つになった時、祝福家庭たちを分けて、イスラエル支派編成をするのです。誰の支派、誰の支派とこれから先、この名前が皆出て来るのです。各支派は国家と世界の勝利の版図がなくしては、名前を付けることができないのです。私は無意味に名前を付けないのです。

 ですから、そのことを知って内的に固く固く結ばれなければならないのであり、統一教会全体の祝福家庭を固く固く結ばなければならないのです。もうそのようになれば、父母様を背負い、父母様のしていた仕事を代わりに担って行く皆さんとなって、「どうぞ父母様は休んでください」と言えるようにならなければなりません。

 このように、すべてのことがはかどるならば、神は世界中の祝福を集めて、お前たちの前に持って来てくださるようになるのです。それが可能な理由に、今までの外的世界が次第に崩れて行くからです。世界が統一教会の伝統と、統一教会の勢力と、統一教会のその調和に対しては注目するようになります。だから一つにならなければなりません。もし、全体が一つになれないで、自分の家庭や息子・娘のことばかりを中心とするような行為をしたならば、せっかく積み上げた物が全部崩壊してしまうというのです。それは大変なことになるというのです。

 王宮の史実を見てみると、多くの宮中秘話が隠されているのを知ります。宮中には宮女たちや後宮たちがいて、全部皆それぞれ別の紐につながって、こそこそと密談に明け暮れした結果、破綻が起きたのです。しかし、そのようなことが我々にはあり得ないのです。一つの絆に固く結ばれて、「これは秘密にしなければならない」と言えば、絶対に口外すべきではありません。お前たちは十二歳になったならば、自分の首が落ちても秘密を守らなくてはならない。絶対外部に漏らしてはいけないというのです。これは統一教会の信者たちにも忠告すべきことです。先生が、このことは秘密にしなくてはならないと注意したにもかかわらず、守ることができないことによって、複雑な問題を起しています。

 三代の一体化

 お前たち、万一全体に被害になるような問題があるとすれば、必ず報告をするのです。父母様の前に、「こういうことはどうすればいいでしょうか?」と相談をしなければなりません。「いけない。保留です。」と言えば、保留になりますよ。自由に行動してはならないのです。三代が一つにならなくてはならないのです。三代が一つになるのに、孫を中心にして決定するというのではありません。祖父からお父さん、孫までを経て決定が下されるというのです。

 それは何かというと、神様がおじいさんの位置で、アダム・エバを中心にして孫を見ることにより、縦的歴史が展開するのです。平面世界が展開するのです。お前たちもそうです。今、ここで息子・娘を持つことができなければ、地上に平面基盤がないため、彼(か)の国へ行って孤独な生活をするのです。

 家庭天国から種族を引っ掛けなければ、天国種族圏にも同席することができないため、支派の中に入ることができず、保留になるというのです。それで、仕方なく彼の国で新しい手続きをするのですよ。母方の系統を通してでも食い込んでいかなければならないのです。そんなくやしいことがどこにあるのか。それでイスラエルの歴史では、後継者がいない場合、どんな妾を迎えようが、どんなことをしてでも、後継者を立てて行かなければなりませんでした。そうした後継者を絶やさないためのすべての努力は、ある一時を迎えるための準備に他ならなかったのです。

 しかし、たとえそうであっても、複雑にからみ合った過去の諸問題を、先生の時代に至って全部整備してしまわなければなりません。きれいさっぱりと清算してから、正しい伝統を立てなければならないのです。それが皆終ったのです。

 人の前に出るときも三人が一つになるのです。分かるでしょう? お前たち三人が一つにさえなってくれれば、お父さんはどこに行っても安心なのです。お前たちが一つになっている限り、お父さんはどんなにサタン世界を歩き回ったとしても安全であると見るのです。神の姿になった気持で歩けるのです。神様が守ってくださるのです。神様が保護し給うので、父母様に対して、誰か手をつけようとしたらどうしますか。万一、そのような行動があれば、それが事故となって現れたり、惨事が繰り返し起きたりするのです。

 天国の王法

 何事も天が指導しておられます。だから、お前たちは神様に侍る生活をするのです。全体の生活は私は公開しなかったけれども、神様がいつも見ておられるので、礼法に沿った生活をしなくてはなりません。

 そうであるために、お父さんは刑務所で暮らさなくてはならない時、服を脱ぐことができなかったのです。人々は暑いからと言って体を丸出しにするが、私は肌を見せることができなかったのです。してはならない掟が多いのです。守るべき法度が多いのです。サタン世界の者がお前たちを見て、“なんと美しい女だろう。なんとかして一度抱いてみたい”という考えを持ったならば、その者は天の前に不貞罪を犯したことになるのです。だから成に出て行くなというのです。それで、王宮では周りを囲って住むのです。

 不貞は思いだけでも、神様は絶対に許されないのです。私はこの世のことを理解するけれども、神様は絶対それを許さないのです。

 霊界では、地上で独身生活をしていた男女の霊人たちが先生を待っています。彼らの数は数え切れないほどおり、数千年も先生が現れるのを待ち続けています。そういう彼らの前に立つためにも、私は法に適(かな)った行動で生活をしています。そうであるために、統一教会の誰も先生を誘引することができないのです。勝手な道を行くことができないというのです。お母様もそうであるというのです。知らない方が一番気楽です。知らない人を打ってはいけません。知らない場合は許されるからです。知らないのが一番です。

 私が知っているすべてのものを知ったならば、出る所にも出られなくなります。「今出掛けなさい」と言っても、出られないはずです。手続きが実に多いのです。手続きを知っていたとしても、不注意に越えることはできません。たくさんの制約があるため、私の行く道は自分の意思通りに行ける道ではありません。完全に式通りになっているのです。先生はそういう式を知っていますが、他の人々は知りません。

 そのように、神様の法度が、これから立てるべき法度が、この世を正しめて、険悪なこの世をきれいに整理するのに、天の法はどんぶり勘定でできているのでないということをお前たち知らなくてはなりません。分かりますか? (「はい。」)

 では、これから未来に向かって守るべき法は何でしょうか。お前たちが通過しなくてはならない、残された法は天国の王法です。お前たちに天国の王法は、未だ教えてあげられなかったのですが、この教えを受けたならば、いい加減な生活をすることはできなくなるのです。

 だから、今までのお父さんの生活がどれほど粘り強かったかということです。本当に強靭なお父さんです。監獄での生活をしながらも、その原則を守り通しました。それも、私一人で守りました。自分一人しかいないものとして考えました。監獄に数百人の人がいても一人でいると考えるのです。まるで、エデンの園のアダムのようです。


お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その5)から(以下)。
​​​​​​ 文鮮明先生御言選集 19850816 - 一勝日におけるみ言葉 5​

父母様の悲しみと涙

 しかし、私には生活方途が定められています。そのような生活をしながら、四十年の間に、監獄に六回も出入りしました。監獄での生活期間は、延べ五年以上になります。天下に悪口を言われたとしても、歴史以来私以上に悪口を言われた人はいません。粟の俵を持って来ても数えることのできないほどに悪口を言われたのです。血のような汗をどれだけ流したかというのです。今のお前たちは父母の膝元で育って、七歳、八歳、十歳、二十代を迎えました。皆さんが今まで育つ間に見た父母は、過去にあったお父さん、お母さんでないのです。その背後には、言うに言えない多くの事情が秘められています。それらの事情をお前たちが知ったならば、悲痛に耐えられないでしょう。それをお前たちに言わないで、早く霊界に行こうとしているのです。

 お前たちが知れば、復讐心が起こるのです。しかし、復讐心が起きるといけません。“我々のお父さんをこのように苦労させ、苦しめたその何某の血族たちに復讐しなくてはならない!”と、復讐心が出るようになると、お前たちの家庭が、統一家の直系の子女が皆壊れる位置に入って行かなくてはならないのです。分かりますか?

 そうであるために、口をつむったままお父さんは行こうとしているのです。それで私は記録をせず、自叙伝を書こうとしないのです。それは悪いことではありません。それを記録するようになれば、その記録を知らないで、今後、彼らの息子・娘たちが統一教会に入って来た時、どれほどの支障を受けることになるか。目をにらんだりして、「あの時、お前の父親はこういうことに反対したんだろう。お前たちはその息子・娘であり、後孫ではないか。お前の家族全員が皆こういうことをしたのだ」と言われたなら、どれほど悲惨な話でしょうか。サタンが侵入することのできる条件を私をして立てないために、秘密に抱いて生きて行こうと私は考えています。それをお母さんは知らなくてはならないんだよ。後について来る人たちのために、お前たちのためにそうするのです。それは偉大な愛です。

 これからも、お前たちに必要なものは話してあげるつもりです。その背後にどれだけ涙を流したか、涙の染み付いたどれほど悲痛な事実があったかということをです。

 寒い風が吹いてくれば、その風に向かってどれだけ悲しい心を訴えたことでしょうか。風に聞いてみると、痛哭に耐えない多くの歴史的事情がここにあるというのです。波打つ水の流れには、父母様のこみ入った事情が本当に多く刻まれています。寂しい時は、川辺の泥水を掴んで独りでつぶやいたものです。千遍万遍そうしたというのです。飛んで行く鳥たちを見ながらもそうしたというのです。夜空に輝く星を眺めて、とめどもない涙を幾らでも流したというのです。

 私の悲しみと涙は、この世の、愛する自分の愛人を失った、その人の事情に比較できるものではなく、我が子を失った親の憤りの胸の痛み以上の涙を流したのです。それが即ち、歴史の中にあった悲しみであり、涙であったのです。そうであるために、この宇宙を支配するサタンがその涙の前には屈服せざるを得ないというのです。

 こういうことはきょう初めて話すことです。履物を履(は)き、顔を上げたまま、この家庭に出入りすることができないほどの事情が父母様の前にあるということを、皆さんは知らなくてはなりません。

 真の父母の道

 ​その父母に対して、たとえ一言でも不従順をして痛い胸に針を刺すことは、自分が千遍死んだとしてもなしえないという、そのような血族であることを誓うお前たちにならなくてはなりません。​

 ああ、譽進、分かるだろうね。涙を流したことのある私であるから、お前たちが涙を流す姿を見ると、私は耐え難いのです。私の涙が思い出されるのだよ。お母様にもあるのですが、譽進にもそのような傾向があるんだね。それは私の一生が涙で綴られていたからです。勿論、譽進は自分が悲しいから泣いているのでしょうが、御旨のために涙を流しながら生んだ最初の娘であるために、涙が多いというのです。しかし、その涙はお父さんの流した涙を受け継いだとしても、お父さんは自己のためには涙を流さなかったということを知らなくてはならないのです。涙を見ると、世界と天と地のために、祖国光復と世界光復のために流した涙を連想するのです。そういうことを考える時、いつでもお母さんに、「涙を流したので良くしてあげなさい」と私は話しているのです。

 この家庭には、このようなお前たちの知らない伝統が残されているのです。お父さんには親友もいませんでした。数多い統一教会の男女がついてきたけれども、彼らの前に、私の胸を開いて話すことのできる同志がいませんでした。真の父母の道というのは寂しい道です。世界にどれほどの人がいたとしても、神様と自分以外には相関することのできない道なのです。

 この複雑多端な復帰の道をさかのぼって行く過程で、どれほど耐え難く、悔しい事実が多かったことでしょう。しかし、その内情を誰にも訴えることのできないような歩みをなしてきたということを、お前たちは知らなくてはなりません。そのような中から、家門の伝統を立てなくてはならない立場にいるために、この世の人はうれしければ、「うれしい!」と歓声を上げ、あるいは、「幸せです」と言ったとしても、お前たちはそう言ってはなりません。

 天と地の直系の子女たちは、神様の恨みと人類の恨みを、我々の指を通して、我々が行く歩みの道を通して、解決しなければならない使命を負っていることを知らなければなりません。皆さんは死にたくても勝手に死ねないというのです。それを知って、これからお前たち十二人の息子・娘が完全に一つになってください。

 ここで孝進が位置を定め、譽進が位置を定めたならば、あとの子たちは後から皆付いて行くのです。だから、下の兄弟たちがお前たちによって福を受けるのだね。これから先はもう、父母様のお前たちの自慢だけしかやることがないようにしなければならないのです。これからの父母様の仕事と言えば、十二人の息子・娘をおいて、自慢することです。この支派についても自慢し、あの支派についても自慢をするのです。お前たち、婿になる人であったとしても、婿ではありません。共に継体(けいたい)を受け継ぐために入って来たものなのです。一人一人が一支派長にならなくてはならないのです。​万一私が死んだとしても、昔の人々のように財産の奪い合いをしたり、互いに嫉妬をするようなことをしてはいけないというのです。​

 祖国創建に向かって

 それを今からは、新しい伝統として立て直さなくてはならないのです。そして一つにならなくてはなりません。お前たちが一つにならずしては、統一家の後孫が一つにならないというのです。先にお前たちが一つにならなくてはならないのです。

 手本とならなくてはならないのです。鏡はどの鏡もありのまま写します。千個万個の鏡があったとしても、千個万個の鏡が正しければ、千個万個が正しい像で現れるのです。本来神様は、そのような鏡と同じ本性を人間に作ってくれました。その本性は実に純粋なものです。いい加減に作ったものではありません。あらゆるものを皆正しい明鏡(めいきょう)のように写すことのできるものです。個々の物から宇宙に至るまで、霊界にいる霊人たちもそうであり、地上にいる人間の胸なども全部皆照らすようになっているのに、残念ながら、今はそれがてきる環境になっていません。二重的生活をしながらでは、それは難しいのです。ですから、そのことを知って一つにならなければなりません。​お前たちが一つになれば、祝福家庭も一つになります。​

 今回、皆一つになりましたか? (「はい。」)一つになることはやさしくないでしょう。一つになった後に、またばらばらに分かれて、いろいろな事をするのですよ。

 さあ、きょう話した事をお前たち明確に知らなくてはなりません。父母様は今までの歴史過程でカイン・アベルを中心にした長子復帰の基準を立てるため、世界蕩減路程を歩んで来ました。今ここに、その目的を成就し、すべてを準備された中で、真の父母様の家庭を中心にして、長子、次子権限を世界的基準において連結させることのできるこの祝福の言葉を、父母様がどれほど期待したでしょうか? また、人類がどれほど期待したでしょうか? 祝福の言葉によって、きょうからの三年間を中心にして祖国創建に向かって歩み始めることができます。これがうまくいかないと、国全体が一つにならないのです。世界が一つになることができません。

 ここから今出発することによって、祖国創建の瑞光(ずいこう)が輝き始めるというのです。これからは、その新しい時の訪れを尋ねて、人々が来るのです。周囲を見まわしながら聞きに来るのです。外部の様子が、お父様の言った通りの環境になって行くと言って、皆聞きに来るのです。

 よって、きょうからの三年間を中心にして祖国創建に向かって歩み始めることができます。これがうまくいかないと、国全体が一つにならないのです。世界が一つになることができません。

 ここから今出発することによって、祖国創建の瑞光が輝き始めるというのです。これからは、その新しい時が熟してくるのです。外的に皆熟してきているのです。

 ​お前たちだけが、長子、次子を中心とする闘争観念をなくして完全に一つになる日には、お前たちを通して、統一家を中心にした地上天国の理念が実現されていくのです。​

 これを作っておいて、家庭教会の出発をしなければならないのです。家庭教会は、これを作ってからでないと出発できません。家庭教会は天国の基地であり、天国の定着地であるということは教えてあげましたが、この式が終わらなければそれができないのです。それできょう、お前たちの基台を作ることを確実に知らなければなりません。

(み言葉が一段落して、聖水が準備されている様子。)

 神の国の民族編成

 こうすることによって、先生から今、直系の十二子女たちを中心にした基盤を作ることができるのです。分かりますか? この水がそのような意味を持っているのです。人間の体の大部分は水でできていますが、それはサタン世界の水であり、天の水が補充されていないものです。

 今、お前たちの行く道は一つしかありません。お前たちは祝福家庭ですが、既成家庭は祝福家庭の息子・娘を立てなければならないのです。カナン復帰に二世を立てたように、祝福家庭のお前たちが直接行くのでなく、息子・娘を立てて、付いて行かなくてはならないのです。二世が先に入って行かなくてはならないのです。その二世を誰が先に迎えるかというと、先生の子供たちがカイン的な立場でお前たちの息子・娘を迎えてから入って行くのです。今がそういう時なのです。それで、統一教会の祝福家庭は全員この伝授の式に参加しなくてはなりません。それを全部公文で知らせなさい。公文を出さなくてはならないのです。

 先生が出所する二十日の日は、世界中が同じ時間を記念するようにしなさい。時間は国によって違うが、十九日の最後の時が終わり、零時を一分だけ過ぎれば、先生が出て来ます。だから、その時間を中心にして、全世界の統一教会の祝福を受けた信者たちは、記念の式に参加しなければなりません。祝福を受けていない人は参加してはいけません。また、祝福を受けた家庭であっても、その間、犯罪をなしたとか、良心の呵責のある人はいけないのです。本来は、祝福家庭には争いがあり得ないのです。家庭が不仲であるとか、夫婦喧嘩したとかいう人もいけないのです。御旨の前に完全に一つとなることのできる、このような覚悟をした人以外はだめです。そうしなければ連結できません。天の支派をつくるための部族編成なのです。この道を通過せずしては、皆さんの国籍が生じません。国籍に加入する道がないのです。きょうの時を迎え、今こそサタンが手をつけることのできない、天の国の部族民族編成が成るのです。一二〇国家以上の、六千双を中心にして、全祝福家庭による世界統一家の支派編成、民族編成の段階に入って行くのです。

 それ故に、キリスト教だけが一つになれば、民族、国家、世界へと一気に連結することのできる基盤ができたために、アメリカにおいて先生の出所を初めに迎えるのは牧師たちなのです。出てくるその日に牧師たちに会うことによって、このようなカインが生きることのできる道を作らなくてはならないために、その準備として、統一教会の祝福家庭たちのこの仕事をしておかなければならないのです。彼らの心は統一教会と先生に付いて行こうとする時は、心が平安であり、既成教会の話に耳を傾ける時は心が安らかでないというのです。ああ、自分の行く道はどういう道なのかを心が知るというんだね。方向性が確定されるというのです。

 そのような準備が今皆終わっています。これが言葉だけでなく、現実に、カイン・アベルを中心に蕩減基盤が形成されたために、きょうこのような式をしているという事実を知らなくてはならないのです。

さあ、ではここに来て立ちなさい。祈祷することにしましょう。そのために祈祷しなければならないのです。(孝進様、顕進様、國進様を中心に、子女様方が立ち上がって一列に並び、一つになって手をつなぐ。また、御父母様も手をつながれる。)​

 祈祷

 愛するお父様、あなたの創造の聖業が、あなたの本心が願っておられた所望として、実体を通して永遠なる愛の理想を立てようとなされた、その所願の心であることを、いま一度回想するものであります。

 お父様は、御自身の希望とする喜びを、アダムとエバによって成就するその日を期待されましたが、あるべきその日がなくなって、所望の日は漆黒のごとき暗黒に転じてしまいました。思わぬ不祥事によって、神が願う愛の中心を、この地上に探すことができなくなり、代わって、サタンが愛の中心となって、人類の先祖になることにより、死亡の血統を連結させる地獄行きの群れを作ってしまった。この怨痛にして無念なる事実を私どもは知っております。

 これを正すために、お父様におかれましては、再創造の歴史の過程を経て、万物世界を犠牲にし、天使世界を犠牲にし、更にあなたが選ばれた養子圏を犠牲にし、多くの女性を犠牲にして、エバ圏を通過し、多くの男性たちの先知者に血を流させて歴史を引き継いで来られました。

 その礎に立って、今日イスラエルの国を中心としたユダヤ教と、キリスト教と、統一教会を連結させることのできる歴史的世界版図圏を描くに至ったのであります。文化圏が異なる宗教圏を立て、文化の背景を収拾して来られたこれまでのあなたの御苦労は、歴史を経た、一つの伝統的なあなたの摂理を継いできたキリスト教を中心にして、収拾しなくてはならない歴史的使命があり、第二次世界大戦直後を中心にして、宗教世界版図圏と統一版図圏と共に、人類全体が一つの統一圏を成し、天と地を連結させることのできる統一の理想を出発を見なくてはならなかったのです。

 再臨役事を達成する基台として、この地上にキリスト教と自由世界の協助を見ることができなかったために、悲惨な脱落の道に落ちて、地獄行きの列車と共に落ちるような立場に立たされました。四十年という血のにじむ闘争の期間は、真の父母の名をもった息子・娘を中心とする再臨の歴史の時でありました。数多くの歴史的事情が紆余曲折する中で、血で償いながら、どんなにか痛恨と悲憤に耐えたことでありましょう。あなたは愛の心で抱かれていたがために、いかなる悲しみと苦しみにあっても、汚れたぼろ着を覆いながら、被(かぶ)せてはまたこれを被せて、人に見せまいとしてきたのです。このようなことをしているうちに、統一教会は言うに言われぬ非難を浴びる悽惨(凄惨)な教会となりました。

 正当な本体を現すことのできない、そのような環境的な羞恥を覆ってくださるために、あなたの言葉なき苦労がいかなるものであったかを私は知っております。私が背負ったこの世のあらゆるぼろ着を脱がせるために、あなたは血のにじむような闘争の歴史を展開して、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界へと勝利の版図を拡大されました。二十世紀の後半に入り、一九八五年八月十五日を期して、四十の峠を越えながら、今もって監獄から解放されない事情を残したまま迎えたきょう十六日は、新しく訪れた四十一年を越える出発の日であり、新しきこの二十年代を中心とする決定的な闘争の行路を経て、この世界を整理しなければならない新たなる使命が私たちの前に残されていることを知っております。

 今までのお父様の歩みが、長子を復帰するためのアダムとしての蕩減の歩みであったことを私たちは知っています。しかし、統一教会の教徒たちは、個人に始まる家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙に至るまでの蕩減を果たし得ないため、父母様御自身が、個人的アベルの立場から、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的アベルの立場まで上がって行かなくてはなりませんでした。数多くの反対する教会と、反対する民族の前に折れることなく、最後まで彼らを抱き続けてまいりました。たとえ死の境地に行ったとしても、彼らを救うまでは手放すことができないと身もだえするアベルの訴えの前に、サタンも己を恥じて、天の前から退かざるを得なくなりました。

​ 今や、キリスト教は統一教会の運動に連結するようになりましたが、連結に関わる多くの事情を振り返ります時、統一教会においては、劉協会長が逝き、喜進君が逝き、興進君が逝きました。三代のこの息子・娘を犠牲にした血の祭壇でありましたが、この孝進君を立てて、お父様の歴史的使命に連結できたことを感謝申し上げます。この時代性を迎えることができたのも、獄中期間に協助してくださったあなたの経綸の賜物であることを深く悟って止みません。​

 キリスト教会が闘いの場に立つことによって、もはやサタンは我々の家庭に攻め入ることができなくなったのであり、孝進君が父母様と一つになることのできる恩賜圏の上に立つことができましたことを真実感謝申し上げます。

 ​この息子を通して、お父様、第二世たちを連結することのできる一次修練会及び二次修練会は、国家的次元、否、世界的次元の若者をCARP大会に連結せしめるという驚くべき勝利をもたらしました。この勝利を持ち帰って、来たる新しい四十年を越えて、新しく出発することのできる初日の朝、勝利の基盤の上に、父母様の血と肉と共に、子女十二支派の血と肉を連結させ、十二子女の血と肉と共に、十二部族たちと世界万民を連結させて、後世に誇ることのできる儀式を執り行えますことをお父様、感謝申し上げます。​

 お父様よ! (「お父様!」微かに聞こえていた周囲のすすり泣きが次第に大きくなる。)神様を中心にして、真の父母様を中心にして、(祈りのお声がはっきり涙声となって聞こえる。子女様たち御一同の泣き声も更に高まって行く。)天の直系の血統の因縁を備えることができるこの時を中心として、(大きく泣きじゃくられる。)この驚くべき事実。

 お父様! (我を忘れて泣かれる。泣き声の渦が巻く。)この日が来るのをどれほど、お父様、待たれたことでしょう! (涙声が叫ぶような高く上擦(うわず)る声に急変する。)この日が来るのをどれほど、歴史上の先知先烈たちと、イエス様に仕えた弟子たちが待望したでありましょうか。(お声が言葉にならず、苦しそう。)

 この息子が千遍万遍死に瀕したとしても、この日を迎えずしては、死ぬことのできない天命があるため、再び起きては闘い続けてまいりました。(言葉にならない祈りの声)

 お父様! 死なずしてこの日まで生きて、闘うことのできる気力を残してくださったことを、お父様! ありがとうございます。(鳴咽(おえつ)され、息が苦しそうに震える。)

 お父様! 今、興進君が!(思わず肩を震わせて)背負った十字架がまだ残されていますので、聖進君と一つとなって、お父様の! 怨讐たちの群れを屈服させようとする時、代表者としてこれを責任をもって消化しなくてはならない責任があります。お父様! このすべてにおけるお父様の御旨の中で(高く、小刻みに震える声で必死に祈られる。)善きことを始められたのはあなたでございました。また、善きことを継承させたのもあなたであり、天の仕事の基盤を作られたのもあなたであり、善きことを勝利の場に立てられたあなたでありますので、このすべてのことをあなたがまた責任持たれて、これからの収拾すべき道を分別してくださることをお願い申し上げます。(こらえようとされながらもこらえられず、泣きながら祈られる。)

​ 統一家においては、絶対に争いがあってはならないために、あなたがこの防碑を建ててくださって、この日の記念の意義を深めてください。私どもは、聖水式を通して万民を結束させることを盟誓し、不変なる血族としてみ前に備えますので、これらの群れをあなたの民として、天国を築いて行くための出発をいたしますので、受けてくださいますことをお願い申し上げます。​

 きょう、この日を立てることによって、私は今二十日のこの出獄において、天の前に面目を立てることができますので、この日をみ前に捧げますから受けてください。そして、霊界にいる数多くの人たちと、地に通じるすべての教界を指導している霊人たちを結束され、地上世界に発表して、一つの方向が決定づけられるきょうこの時間となれるよう、許諾してくださいますことを懇切に望み願い申し上げます。(祈りの声がやや静かになっていく。周囲のすすり泣く声が大きく感じられる。)

​​ 今、孝進君と顕階君と國進君に、十二家庭を代表した三家庭の息子としての責任を負うことを命じることにより、孝進君には兄弟を一つにするための重要な責任を果たすことを命じました。残る九人の兄弟たちをも一つにして、統一家の伝統的家庭を正しく立て、その因縁を祝福された教会の後世たちにそっくり渡し、拡張することのできる恥じなき長子とならしめてくださり、系代を受け継ぐことができるよう祝福してください。​​

 今このような出発をしたので、世界万民の行くべき方向の太陽が、家庭的、氏族的民族圏を連結させ、登れるようになりましたので、方向を備えて、あわせて、興進君がイエス様と共に一二〇カ国の王権と、すべての忠臣、烈女、孝子たちを結束させ、霊界と地上を直結させる時を迎えましたので、この群れたちとひとときも早く結束することができますよう、祝福してくださいますことを懇切に望み、お願い申し上げます。

 統一家の解怨成就の一つの日を記念しながら、この日の新しき出発のこの記念をあなたが喜んでお受けくださいますことを感謝しながら、真の父母の名をもって祝願申し上げます。アーメン、アーメン、アーメン。(「アーメン、アーメン、アーメン」)

 さあ、きょう父母様が話したことをよろしく頼んだよ。さあ、孝進、万歳をしよう。父母様と、我々の家族に対する万歳をしよう! (「はい。」孝進様が万歳三唱の指揮をとられる。)

 「真の父母様と、真の父母の家庭の勝利万歳を三唱します!

 真の父母様! 万歳! 万歳! 万歳!」(万歳!万歳!万歳!」大きな拍手が鳴り響く。)​​​​​​​

祝福家庭、特には6000双以上の家庭は1985年8月16日の「聖水式」に参加していた。
モーセが荒野で盤石を打たせてその水を飲ませられた。モーセのような盤石による「出発のための摂理」がこの時ではなかったか?! 
その後もモーセ路程ではその盤石の水を飲んだことが条件となっていたことを考えれば、
私たちももう一度この時にかえることができるのではなかろうか!!

櫻井氏のビデオでもお父様の最後の祈祷文から支派編成のことを挙げられていた。
天の父母様の夢、真の父母様の願いにもう一度帰っていく時ではなかろうか。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

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最終更新日  2019.08.16 14:33:23
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2019.08.15
カテゴリ:UCI、サンク
​​​​台風が吹き荒れる中、自称ルポライタイーtomy4509が今日もブログ村から「真理を求めて」ルポをします。



サンクのとうごま氏による「成約聖徒が文鮮明師と一つになるための60の論題」はざっとだが目を通してみたが、tomy4509がこれまで検証してきたものからもツッコミ満載であった。

もはや、お父様のみ言を語らずの「独生女論」によるお母様「独生女」批判は通用しなくなった。

H3やH4の「後継者」主張の根はそれぞれの副会長就任式、会長就任式での父母様のみ言だとしているが、
それぞれの就任式でのみ言に共通することは、彼らがより素晴らしくなることを願われてのものであり、彼ら本人以上に祝福家庭全体に語られた内容のものであった。H3の時は「絶対信仰」等が強調されては「第四次アダム圏」の宣布をされておられたし、H4の時には八大教材教本(み言)伝授を通して「旧約時代、新約時代、成約時代、第四次アダム心情圏世界の王権を樹立することのできる家庭的夫婦となられることを祈ります。アージュ。」と祈祷を締めくくっておられた。
このように完成を待っての就任式ではなく、アダム・エバ同様の全うすべき成長期間も残して、ということが確認されていた。

H4の「二代王」とかについて言えば、真の父母様のみ言や事実を改ざんしての自分勝手な主張以外の何ものでもない。
三代王権の確立から見てもH3同様に、血統を履き(破棄)違えたなか〔4代(孫)〕が「三代王」を名乗ることも出来まい。




「第05章 天の御言守護者」からは八大教材教本を聖典として永遠に守護する?
「何それ?」である。もしも八大教材教本を聖典とされるのならば、その黒・天聖経に記載のある「独生女」をどう扱うのか。tomy4509が「黒・天聖経に書かれた「独生女」」で検証済みのものだ。
ほか、「真の父母」の記述についても「「黒・天聖経」から『真の父母』を抹消(黒塗り)する改ざんは誰が?」で「独生子」×「独生女」=「真の父母」(子羊の婚宴)であって、独生女無しには独生子もあり得ないは聖書の黙示録からであった。
「天の父母様」呼称についてもサンクはクレームを入れていたが、
原理講論、黒・天聖経でもtomy4509は検証済みであった。

ここで私が何を言いたいかはもうお分かりのことと思う。
八大教材教本を聖典とするならば、「独生女」や「天の父母様」呼称否定はそれに反するということだ。

​​それだけではない。お父様は大会だけでなく日々の訓読会でも「天宙天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のみ言を訓読されていた。「実体」が「み言」に優先することも強調されていた。しかしながら、サンクはその「実体」までも改ざんしては、黒・天聖経の「真の父母」はアウグスティヌス(お父様では決してない)と姜賢實女史にしてしまっていた。​
「「世界平和統一聖 殿」信徒は、『聖書』もまた聖命視すべき「聖典」として扱う。 」からも言えることだが、八大教材教本が聖典ではなく、「聖書」が聖典のようだ。事実、八大教材教本からというより聖書の聖句を多く取り上げているサンクのブロガーも見かける。
これでは真の父母様から直接に八大教材教本を伝授されたH4始めとするサンクが「八大教材教本の守護者だ」には、大きなクエスチョンマークである。

「第06章 再臨主の伝統相続者」は?
「H4が祝福権を移譲され祝福式を挙行してきた。」とあるが、当時のそれは規模の大小はあっても祝福家庭全体がその祝福権を授与されたものであり、最終的には真の父母様の祝祷を受けることで完結されるものとなっていた。H4の場合も例外なくそうであった。
「祝福権は再臨主 とその血統相続者(後継者)のみが保持するものに他ならない。」もまた、上記を繰り返すものであってH4一人がそうであったというものではない。いずれにしても真の父母様の祝祷をもって最終的にはなされる、ということである。現在、その祝福権の許諾を受けていない立場でのH3、H4の祝福式は無効であることは自ずと知れたことである。
万が一、彼らによる祝福式があるとすれば「ワンファミリー・アンダーゴッド」からの血統を取り違える結果、つまりは堕落圏から抜け出せていない状態が継続されたものである。

「第07章 カイン・アベル一体勝利者」は?
tomy4509からの過去記事(以下、順不同)


明日は1985年8月16日、「一勝日」でのお父様のみ言を再掲載していく予定である。




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最終更新日  2019.08.16 22:52:05
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