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テーマ:ミニカー大好き(3235)
カテゴリ:F1
「291分の4分の1」はつまるところ「4分の291」のことだから答えは72.75です、とゆー小学生の算数ドリル的なハナシではなくて。
1991年にティレル020シャシーに搭載されたホンダV10エンジン(RA101E)の開発を引き継ぐ形で翌92年からF1に参戦した(株)無限。2000年までの活動で2台体制全147戦のうち鈴木亜久里が3回欠場(DNQ2回、DNP1回)しているので決勝を走ったマシンは291台。そして優勝回数が4回で、そのうちの1台がスパークからリリースされたんでそんなタイトルにしてみたわけ。 スパーク1/43 リジェ JS43 無限ホンダ 1996年モナコGP 優勝 #9 オリビエ・パニス 我が愛しの(笑)リジェといえば、創設当初からオール・フレンチ・チームを標榜し、スポンサーやボディカラーも含め実践してきた。とはいえこの1996年当時には熱血創始者ギ・リジェはなにをどうやっても勝てないチームに情熱を失くしてチーム運営から手を退き、フランスタバコがタイトルスポンサーになってはいるもののリジェとは名ばかりのフラビオ・ブリアトーレ率いるイギリス人チームだった。 シーズン開幕直前に共同経営者だったトム・ウォーキンショウがアロウズに移籍するに伴ってエンジニアやらスポンサーやらをごっそり引き抜いて、またチームのイギリス化を快く思っていなかったフランス政府やフランス企業がこぞってスポンサー料を縮小したため人材難資金難に陥ったため、JS43は実質的に前年改修型で頼みはエンジンの信頼性のみといった状況。 そのようにどう考えてもウィリアムズやシューマッハ、マクラーレンに勝てようべくもないマシンが、完走7台でチェッカーフラッグを受けたのは上位3台のみという大波乱のレースを制することになるとはなんたる皮肉。 翌年アラン・プロストに買収されて消滅するリジェチームとしては最後の優勝であり、ホンダを引き継いだ無限にとってはまごう方なき初優勝である。 僚友ペドロ・ディニスのヨーロッパGP仕様と。 サンマリノGPまでのノーズ上面に白サークルのあるカラーリバリーは、なんかドラえもんの腹みたいでとっても嫌だ(笑) リジェチームがまがりなりにもシーズンを全うできたのは、パニスの戦績じゃなくてパルマラットを持ち込んだディニスのおかげと言っても過言じゃないだろう。これぞペイドライバーの面目躍如といったところだが、レースで揉まれてグランプリドライバーとしての評価を上げるのはもう少し後の事。 無限ホンダ4勝を記録したマシン、ジョーダン198(中:ミニチャンプス製)及びジョーダン199(奥:マテルホットウィール製)と。4勝で3台なのはハインツ=ハラルド・フレンツェンがジョーダン199で2勝したから。 去年や今年のマシン群に比べるとなんとも華やかなカラーリングだこと! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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ウチにも届きました。
若干青が明るめかな?フィギュアの出来が少し良くなったように思います。 ミニチャンは今の目で見ると細かい部分がアレですが、全体のフォルムなんかは良く出来てたんだと改めて思いました。 最近のマシンも悪くないですが、やっぱあの時代の車が良いですね。 (2022.07.17 11:25:53)
元H@さんへ
>最近のマシンも悪くないですが、やっぱあの時代の車が良いですね。 あの時代のマシンって圧倒的に色使いが良くて、それが一番の魅力と個人的には思います。 今のマシンは時代の閉塞感なのかなんか暗くて。レッドブルなんかも濃紺一色じゃなくてドリンク缶そのまんまの青銀のリバリーにしちゃえばいいのにとか思っちゃいますよ。 (2022.07.19 03:08:26) |