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カテゴリ:がちがちハードボイルド
東野圭吾の傑作の1つと呼ばれる大長編を読んだ。
○ストーリー 1970年代,大阪の廃ビルで質屋の男・桐原の刺殺体が発見される。だが男の妻とその情夫,彼が通いつめていた女・西本には皆アリバイがあり,この事件は迷宮入りをしてしまった。だが質屋の男の息子・桐原亮司,そして西本の娘・雪穂の周りでは,中学校,そして高校へと育つ中で,不思議な事件が起きる。やがて彼らは大人となり,亮司はソフトウェアのコピーとハッキング,そして雪穂は株の取引とブティックの経営で,あらゆる障害を排除しつつ成功を収めるようになる。だが20年前の事件を追い続ける刑事の執念は,ついに彼らが抱え続けた闇の核を捕らえる!? ------------ 中山七里の「嗤う淑女」をこの作品と比べている人が複数いたので,図書館から借り出した。けれども文庫本で900ページ近くという分厚さを目にして,早々にめげてしまった。 そのまま返却かと思っていたが,ちょうど関西への旅行とタイミングが重なったので,新幹線の中で読む本としてこの作品を選んだ。そして読み始めたら驚いた。章ごとに視点が変わるという落ち着きのなさはあるものの,それぞれはひじょうに的確な描写がされていて分かりやすい。また分かりやすい時代描写がされていて,年代記のようにも読める。 さすがはベストセラー作家だな,と思わせるバランスで重い本が気にならないで読み進めることが出来た。 ------------ 中山七里の「嗤う淑女」で不満な点として,章ごとのエピソードが飛び過ぎている。そして悪女・蒲生美智留の存在が突出し過ぎている,というものがあった。 発表の順番であったり,知名度は全く逆なのだが,今回の作品を読んで,上記の不満は全く感じなかった。この作品のヒロイン・雪穂のエピソードは小学校,高校,大学,卒業後,離婚後と,細かく時系列順に語られる。またヒロインの影に存在する謎の男・亮司が描かれることで,リアリティが増している。 とは言え,それぞれの章の語り手で描かれる雪穂と亮司の才能は傑出過ぎだろう。雪穂はその美しさと親切さで男性も女性も虜にし,成長してからは大胆な株式取引,そして見事なブティックの経営者として成長する。一方の亮司はコピーソフトの販売,技術ソフトの開発,そしてハッキングと常に先を読んだような技術的な才能を見せて行動する。 言い方が難しいが,それぞれ大阪の貧しい地域の家庭出身で,幼い頃に知り合った2人としては,例外的な魅力,才能,努力にあふれていて,その現実性の低さがどうしても気になってしまう。 ------------ この作品の面白さの1つは,章ごとに語り手が変わるということだろう。ほとんどの場合,雪穂と亮司のどちらか1人とだけ関わる人が語り手となっていて,最初はまるで関係がないように思われるエピソードの中に,主人公のどちらか1人,あるいは2人が成長した姿で登場し,これが長い年代記であることが理解できるようになっている。 主人公たちはあくまでも語り手から描かれるだけなので,彼らの心の中には,最初から最後まで踏み入ることが出来ない。彼らの精神の恐ろしいばかりの冷たさ,そしてぞっとするほどの孤独については,あくまでも外から察するだけだ。彼らがごくまれに見せる焦りなどを通じて,状況の緊迫さ加減を感じるだけとなる。 このように外部からの描写を重ねることで,雪穂と亮司の生き様が見えてくるようになる。だが彼らはあまりにも賢いので,笹垣という最初の事件を担当した老刑事が個人の執念で彼らを追い続けて,初めて数人の人々が主人公たちの危険性について考えるようになる。 ------------ 主人公たちの才能と比例して,笹垣刑事(元刑事)の執念の度合いの深さも不自然に大きい。なにしろ現役そして引退後も自分のお金と時間を使って,東京を頻繁に訪ねて彼らを追い続けたのだ。これもまた現実的なレベルをだいぶ逸脱している印象だ。 雪穂の結婚に際して,彼女の過去を確認する調査員が任命されることはありそうなのだけれど,20年前に起きたたった1つの事件をいつまでも追い続ける刑事は,小説の中にしかいなさそうだ。 ------------ この作品のスタイルはやはりハードボイルドだろう。ピカレスクロマンとするには,ちっとも主人公たちの内面が描かれず,彼らが悪事を率先して行っていたという描写もまったくない。 ミステリーとするには謎解き要素が薄い。20年前にいくつかの事件が起きるものの,予想される真相はほぼ読者の予想通りだ。 そうすると全体を通じて感じられるピンと張った主人公2人の生き様の年代記ということから,ハードボイルド作品というのだ,僕の捉え方となる。 ------------ 長い作品なので,いくつかの疑問点があり,矛盾ではないかと指摘されてもいる。だがそれも併せ呑んで大長編ドラマを楽しむ,というのがこの作品の味わい方だろう。すっかり感心した。 主人公たちが好きか嫌いか,という判断では大嫌いだが,小説としては夢中になって読ませてもらった。さすがだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.07.01 23:16:54
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