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猫も杓子も携帯、スマホと電車の中でも歩きながらでもひどいのに なると自転車や自動車に乗りながらもニラメッコしている。 あんなにいつも誰とやりとりしてるんだろうとオジイさんは不思議に 思うのでありますよ。
じゃあ、そんな利器のなかった時代はどうしていたんだろうか。 別に 連絡を取らなくとも何っちゅうことはなかった筈でしょ。 と言うことは 大して用事のないどうでもよいことをば、あ~でもないこ~でもないと やりとりしてると言うことでしょ?
面と向かってしゃべることと違って字に表すことは別のトークと言うか チャット(chatter=おしゃべり)なんでしょうよ。 つまり、言い難い事 でも平気だから気の弱い人でもスラスラしゃべれる。 或いは面識の ない人とでも2~3回やりとりすれば旧知の様な錯覚に陥るんでしょう。
恐い話だよね~、簡単にハートマークもつけられるし、その逆もある。 そして簡単に離合集散というか知らない者同士が出会うキッカケが 作れるのだ。 その結果、犯罪が発生することもある、というか犯罪に 利用するワルが後を絶たない。
面談すれば人間、お互いを喝破(かっぱ=見抜く)することもできる。 顔にはしゃべる時の表情があり態度には落ち着きや不安やらが表れ る。 アタマの良し悪しや服装などのセンス、もっと突っ込めば育ち等も 分かる筈である。 携帯やスマホではそれは分からない。
エライ時代になったものである。 それが当たり前になってしまうのは 恐い話だ。 便利なものを利用することは結構だがそれを至上と思う のは危険である。 子供の買い与える時にはそのことをよ~く説明しな くては片手落ちになる。 アナクロ(時代錯誤)とは言うまい。 いいもの は否定しないが行き過ぎは否定するだけである。
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