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京都大学でも大阪大学でも覚えのある人たちは受賞の喜びの会見場を
準備してニュースが出ていた。結局物理、化学分野はダメだった。 残るは平和賞と文学賞だけであるか。 平和賞はないとしても文学賞はこの数年候補に上がっている村上春樹氏 はどうなんだろう。どうもこの分野は贔屓目があるような気がする。 中国の作家とか昨年のボブ・デイランとか選定基準がよく分からん。 日本の過去のノーベル文学賞受賞者は2人いる。一人は川端康成氏であり 一人は大江健三郎氏だ。候補で終わったのは谷崎潤一郎氏と三島由紀夫。 文学はナニにどう貢献しているかが尺度だろうがそれが私達には難しい。 ボブ・デイランはシンガーソングライターとして書いて歌った歌詞がそれ となく戦争を批判したりしてそれが人々の共感を呼んだことが大きかった のではないか。つまりup-to-date(今日的な)センスが必要なのではと。 ノーベル賞は世界のトップとしてのお墨付きと併せて名誉を勝ち得ること だろう。日本はこれまで自然の基礎科学中心に過去26名ですか、アジアで は他に追随を許さない実績である。基礎科学というのは大変地味な研究で 一般人から見ると一体何を研究しているのかと不思議の思う内容のものが 多い。でもそれらが人類の未来に多大の貢献につながることになるのだか ら素晴らしい。 世の中には朝から晩まで薄汚れた白衣を着て、ものになるかならないのか 分からないことに没頭し研究している学者さんや学者の卵がたくさん居る。 そういう人たちの中からほんのひと握りの発明者・発見者だけが脚光を浴 びることになるのだ。 私たちはそうして誰かが作り出したものやら誰かが考えた仕組みの中で 営々と仕事をしているだけである。そう考えると最初に発見したり考案 したりした人は素晴らしい能力を持っていると言える。 中国や韓国ではそうした地味な基礎科学を研究する人間たちが少なくて、 すぐ利益に直結するものを求めるから日本に及ばないのだ。これは人種 の質の問題ではないだろうか。彼らは他人の技術を偸盗するのは上手い、 そして自分のものとして恥じないのである。これは本質であるからして 変わることはないだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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