テーマ:たわごと(26815)
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時事通信さんの
『汚物を素手で清掃=カースト呪縛、130万世帯―禁止法にも抜け道』って記事を見た。 ラジュ・ラジョリアさん(45)は「私の手は汚れている」とつぶやいた。 インド古来の身分制度カースト制の底辺「不可触民」出身で、 父も祖父も代々、くみ取り式トイレや下水管を素手で清掃する仕事が生業だった。 1日の稼ぎは200ルピー(約320円)程度。 ヒンズー教の神々の像に手を触れることすら許されず、貧困と差別にまみれて生きてきた。 カースト制のどの階級からもはじき出された不可触民は インドの全人口12億人のうち約2億人とされる。 身分差別廃止を定めた憲法施行から64年が過ぎた今も、 その大半が過去の呪縛に縛られている。 「この地獄から抜け出したい」。 午前7時、首都ニューデリー南部にある高級住宅地の大家から仕事の依頼が入る。 ラジョリアさんの仕事道具は長さ約1.5メートルの鉄製の棒だけ。 下水管の中で四つんばいになり、詰まりの原因になった汚物を取り除く。 体に染みついた悪臭をぬぐい去ることはできず、仕事後は食事も喉を通らない。 25年間、非衛生的な環境で働き続けたせいか「慢性的に体調が優れず、せきが止まらない」。 仕事を終えてもコップ1杯の水すらもらえず、追い払われるように次の仕事場へ向かう。 生活は苦しい。4人の子供には「公務員になってほしい」と願っていたが、 次女(16)と次男(14)は、家計を助けるために同じ仕事を始めた。 ラジョリアさんは法律施行後もマスクや手袋なしで排せつ物を処理し続ける。 「写真だけは撮らないでほしい」。 自らを恥じるように丸めた背に、いまだ解けぬカーストの呪縛が見えた。 う~ん。 ほんと、何とも言えないんだ、これは。 ヤフ・コメ住人さんは、中韓以外には、とっても優しいから。 他国の内政干渉は出来ないが ガンジーを生んだ国で、今だこんな問題があるのか!とか 何のために学校があるんだ、人はみんな平等だぞ!とか。 制度を変えれば、慣習が変る、みたいなコメントが踊っている。 でも、さ。 実際問題として、貴方。 「体に染みついた悪臭で、仕事後は食事も喉を通らない」ヒトと、一緒に食事ができる? お釈迦さまとか、ガンディーさんとか そういう偉人を掲げて インドなら、変えようとすれば変えられる!みたいな楽観論も多い。 けれど 元来、仏教で、女性は成仏できなかったんだよ。 だから、竜王の娘だか いったん男子(男性)に成ることで 成仏することができるって「変成男子」の思想が生まれた。 なら 仏教って、不可触民さんどころか、全世界の半数を差別しているのでは? まあ そもそも、お釈迦さま自身、成仏って発想は、なかったワケだが。 あたしは、尊敬って言葉が、案外、苦手で。 尊敬ってのは 全人格的に崇め奉るモンだと、あたしは思っている。 当然に ヒトには、ダレだって、好いトコもあれば、悪いトコもあるに違いなく それを、全人格的に!なんて、あたしには考えられない。 だから あたしは、たった二人にしか、尊敬って言葉を使わない。 それが 周恩来さんと、ガンディーさんなんだが。 周同志が好き!っても、あたしはサヨクさんでも、中国人でもない。 ただ 彼は、搦(から)め手というか、謀略が凄い。 毛主席は、ただの御神輿で 周恩来さんの外交術で、中華人民共和国が成立したと、あたしは思っている。 それは 李鵬みたいな大バカを養子にしたって汚辱を差し引いても、尊敬に値する、と。 そして、ガンディーさん。 この迷惑ジジイが、一旦、抗議の断食を始めると 大英帝国が、震えあがった。 もう 外交とか、損得とか、いや、既に理屈ですらなく 彼が、イヤだ!って、駄々を捏(こ)ねれば、否応なく、世界は、彼に従った。 それって もはや、ヒトでなく、神さまの領分でしょう? なら 尊敬するしか、ないじゃない? カースト制度に、しても 理屈は判るが、差別はイケナイ、なんて あたしには、さっぱり判らん発想で。 たぶん ガンディーさんは、奥さんとか、友人とか、周辺を巻き込んで、大騒動を起こした。 いや 彼だけなら、いいんだよ。 ひとり、半裸で糸車を廻すくらいだから 不可触民さんとの接触なんて、屁とも思っちゃいない。 けど 奥さんとか、上級カースト出身でしょう? そういう身近なヒトにまで ガンディーさんは、彼と同じくするように強要したワケで。 なんだか 六本木ヒルズの住民が マクドで、浮浪者さんと一緒に、百円バーガーを齧っている、みたいな? それは、それで、そのヒトの自由だろうけど お金目当てで、彼に近付いた高級娼婦にまで、それを求めるのは、すこし酷(こく)なような。 べつに ガンディーの奥さんが、そういうヒトだったと、言いたいワケじゃない。 ただ 上級カースト出身って、産まれながらに、下位者と接触しないよう躾けられている。 それは そう、あたしたちみたく。 産まれながらに、明日食べるコメすらない極貧を知らず 「体に染みついた悪臭で、仕事後は食事も喉を通らない」ヒトを 見たこともなく、想像すらできない。 たぶん 無理なんだよ。 あたしたちが、不可触民さんに同情するなんて。 それは 理想論とか、夢物語とか そういうレベルじゃ、何も解決したりしない。 まず 貴方が、下水が溜まった場所に浸かって、汚れた素手で、ご飯が食べられるのか? そして それを、貴方が最も愛するヒトに、強要できるのか? そうして、初めて議論できる問題だと思う。 そう それは、ヒトの「業(ごう)」ってヤツ。 お釈迦さまは いかに「カルマ」を脱して、「空(くう)」の存在になるか?を考えて ガンディーさんは どれほど、ヒトの平等を追い求めても、不可触民問題には手が付けられなかった、と聞く。 お釈迦さまも、ガンディーさんも、輩出したインドなのに!でなく どんな偉大なヒトが、どれほど熟考したって、それでも、解決できなかったんだ。 それは、もう、どうしようもない。 その もう、どうしようもないってトコが、出発点なんだと、あたしは思う。 他人(ひと)の思想・信条にまで立ち入るコトを、あたしたちは許されていない。 だから たぶん、不可触民さん以外の、インドのヒトの考え方を変えることは適わない。 けれど 不可触民さん自身が、「私は汚れている」と思わないことも、また、自由なんだ。 それは もう、彼らに、ヒンドゥーでなく、仏教・その他に帰依して貰うしかない。 そして インドでは生きられない、彼ら約2億人が、どこで、どう生活するのか? それを ダレかが、補償しなければ、何も始まらない。 ならば あたしたちに出来ること。 それは お涙頂戴記事を書くことでも、小賢しくコメントすることでも、なく。 「体に染みついた悪臭で、仕事後は食事も喉を通らない」ヒトと、一緒に生活をする覚悟。 つまりは 自分の贅沢を、愛するヒトを犠牲にして、それでも、彼らを救いたいか? そう自問することが、最初なんだと思う。 理想論を掲げていればこそ、いつか、そういう社会になる。 それは、それで、反対しないけど あたしたちは、二千年、そうして生きてきて、なのに、今の酷薄がある。 それは、他人(ひと)にばかり理想を押し付けて 自分は、何も犠牲にしようとしなかったからではないの? その自省を 忘れちゃいけないと、あたしは思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年01月21日 20時33分25秒
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