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テーマ:食べ物あれこれ(50389)
カテゴリ:食べ物
今晩は。独酌です。
昨日までとは打って変わり寒い東京…と思ったらそれもその筈、 今日は「大寒」でしたね。寒いわけだ。 もっとも22時過ぎまで東北道の久喜ICを降りてすぐの場所にいたので余計に寒く感じたのかも知れません。 仕事が終わり、帰る前に一息とコーヒーを飲みながらブログを眺めていると 叫児朗さんの日記に「ムーミン殿堂入り・・・」と書いてある。 はて? 何の殿堂入りなのだろう? ん~、何だったかしらねぇ~? 独酌はミィを見ると反射的にこの人の顔が思い浮かぶ。 若い人だからムーミンが放送されていた時代にはテレビには出ていなかった筈なのに、何処でリンクしちゃったのだろう? ともかく独酌の頭の中では【ミィ】=【ミステリーハンター】である。 そのだんでいくとスナフキンは↓こうなる。 こいつも昔は旅人だった。相方は最近じゃ見かけないなぁ。 原作のスナフキンは笛だかハモニカを吹いていた気がするが、どうしてギターにかわったのだろう? 流れ者は洋の東西を問わずギターが似合うのか? …ギターを抱いて彷徨ってるのは小林旭とキカイダーくらいなモンか。 いや、ムーミンの話でしたね。 ちゃんとムーミン実写版もご用意させて頂きましたよ。 実写版は↓コチラ。 ↓ ↓ ↓ 済みません。間違えて【ノンノン】を呼んでしまいました。 お~い! スタッフ~ッ! スタッフーーッ! 大至急、差し替えて。 リアルと似てるは違いますよぉー! こんなの出てきたら子供は泣くだろ。 第一「カバ」と言うと怒られちゃうんだぞ。 フィンランドにはテーマパークもあります。 これがムーミン一家の家でパパが一人(?)で建てたらしい。 でも以前フィンランドの子供に「ムーミン知ってる?」と尋ねたら、 「人相の悪いカバだろ」 5歳くらいの子が言ってましたけどね。 可愛らしく描かれてるのは日本だけみたいですねぇ…フィンランドは本よりフランスとかイギリスとかでは目つきの鋭い白い奴が。 原作者は「何」のつもりで描いたのだろう? …と、バカ話はこれくらいにして。 叫児朗さんの日記に書かれていたのは↓コチラでした。 【ムーミン】の愛称で親しまれた「EF55」という、現存するJRで最古の電気機関車。今月の18日にラストランとして上野~横川を走ったそうで多くの鉄ちゃん(鉄道ファン)が集まったとの事。 叫児朗さんの言う「殿堂」とは白いカバがドコゾのパビリオンやテーマパークに飾られたのではなく「交通博物館」での展示が決まった事でした。 横川駅と言えばご存知「峠の釜めし」 1997年(平成9年)長野新幹線開通までは、JRの路線で最も急(66.7‰)な勾配である碓氷峠を超える為に、この横川駅で補助機関車を連結・解結する必要があったので全ての列車がこの横川駅に長時間停車していました。その時間を利用して乗客が購入していたのが1958年(昭和33年)発売の駅弁「峠の釜めし」です。 その後、自動車の交通網が整備されてくると汽車の客足が減ってきたので発売元の「荻野屋」は、1962年(昭和37年)に国道18号線沿いに 「峠の釜めしおぎのやドライブイン横川店」を設置して売り出します。 こうして駅だけではなくドライブインも峠の要所として有名になり「峠の釜めし」は駅弁としてだけではなく名物料理として全国に知れ渡る事になりました。 1993年上信越自動車道(藤岡IC~佐久IC)が開通し、国道18号での碓氷峠越えは激減します。大体が軽井沢へ訪れる観光客自体が減る一方です。 そして1997年の長野新幹線の開業により、横川駅の役目は終わってしまいました。 たまにイベント列車が走るだけ。 それでも鉄ちゃんは日本全国から集まってくるのだそうです。 実は、横川駅での売上は総売上の1%にも満たないそうで、駅弁展や物産展などのイベントで売りまくってきたのだそうです。 それだけ全国区の有名弁当だったんですね。 独酌も子供の頃に意味もなく器を欲しがりました。 高崎のダルマ弁当と同じだな。 ムーミンの話がまた食べ物の話になってしまった… お察しの通り、まだ晩飯にありついてないんですよぉ。 弁当といってもコンビ二のは嫌だしなぁ… でも腹減った。 腹減りオヤジに愛の手を! ポチッ!と応援お願いしま~すm(_ _)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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