テーマ:日本語遊び(242)
カテゴリ:戯言
後期高齢者医療制度を廃止する法案を提出した野党を,自民党の谷垣氏が無責任極まると批判した,というニュースがあった。制度の是非はともかく,引っかかったのが「無責任極まる」という表現。それを言うなら「無責任極まりない」じゃないか?と。 しかし文字通り考えれば,「無責任極まる」のほうが「野党の無責任さが極限に達した」という文脈に素直に合っているようにも思えてくる。「~極まる」という表現は私にはあまり馴染みがないが,「感極まる」などは良く使うし,「~ここに極まれり」といった表現も大仰に言う場面でたまに目にする。むしろ,「無責任極まる」の否定のように見える「無責任極まりない」のほうが,考えてみればおかしな表現のように思えてくる。「野党は無責任極まりない」→「野党の無責任さは極まってはいない(部分否定)」→「野党はそれほど無責任でもない」→「むしろ無責任なのは議論を深めないまま新医療制度を強行した与党」 ・・・あれ? こんなときに頼りになるのがGoogle。広辞苑では「極まる」と「極まりない」をそれぞれ引いてもいまいち分からなかった疑問を,たった0.13秒で解決してくれた。多くの人が引っかかる疑問であればあるほど解決し易くなるのだから,ネット検索はやはり革新的だ。 出てきたページの中でも特に参考になったのが「ことばおじさん」でお馴染み,NHKの梅津正樹アナウンサーの解説。それによると,「極まる」も「極まりない」も,「通常を逸脱している・甚だしい」という同じ意味で使われているようだ。「ない」には否定や打消し,また「存在しない」の意味のほかに,ことばの意味をただ強めるだけの働きのものがあるという。つまり「極まりない」は「極まる」の単なる強調表現ということになる。(ということは,谷垣氏は野党が後々さらに「無責任」になった時に備えて,「極まりない」を封印しているのかも(笑)。) このような強調の「ない」がつく表現は意外とあるようで,例えば「まんべんない」は「まんべん(すべてに行き渡らせること)」の強調で,「せわしない」も「せわしい(忙しい)」の強調,また「はしたない」は「はした(中途半端)」が強調され,中途半端できまりが悪いので「みっともない」の意になったそうだ。 否定語さえも時に強い肯定になってしまうとは,至る所にあいまいな含みが残されている日本語ならではの表現なのかもしれない。否定語の「NOT」がほぼ絶対的な役割を持っている英語などとは対照的。由来については,根拠のない想像だが,「極まる」という表現では言い表せないほどに極まっている→極まる(という表現では言い表せ)ない(ほどに極まっている)→「極まりない」 といった感じで変化してきたのかもしれない。2chのかつてのキバヤシコピペ並みに肝心なところを切り捨てているが(笑)。 俺たちはとんでもない思い違いをしていたようだ。これを見てみろ。 ことばおじさんの「気になることば」は,たまたま見たことは何度かあり,その度におもしろいと思ってはいたものの,短いコーナーなので録画してまで見ることはなかった。一方,今回のように自分が知りたいことばの回であれば是非見たいのだが,テレビなのでそうそうタイミング良く放送されることはない(「極まる」と「極まりない」については去年5月の放送だったようだ)。その点,ネット上に「気になることば」のコンテンツがまとめられているのはありがたい。読みたいときに読めるのはネットならでは。ただ,このページから知りたいことばを検索できればさらに便利になるのだが(ページの上にある「キーワード検索」はNHKのHP全体の検索のようだ)。もっとも,今回のようにGoogleが拾っているページであれば,ドメインを指定して検索することで見つけることができる。 ▼語学・学習書特集 > 漢字を学ぶ本特集 ナショナルジオグラフィックshop 【楽天トラベル】ANA楽パック(航空券+宿泊)ダイナミックパッケージで自由自在 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年05月25日 20時44分47秒
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