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2016年11月08日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
亡くならせた人を終わらせないようにする為に
怨念が込められたものに触れさせる場所がある。
賽の河原の石積み。誰かに賽の目を委ねること。
真意が解らないその奇妙な願掛けを思いついた
のは誰だろう。何の為に親の為だと云ったのか。
そのように云えば、言う通りにするからだろう。
表向きに教えた願い事とは違うものであっても。
そのようにすれば、自分達の眷属にできるから。
寂しい想いは、寂しいだけに終わることがなく、
願い事が叶う前に誰かが変身した鬼に崩される。
どういうことであろう。
親より早く死んだこどもは、
誰によって殺されたのだろうか。
早く死んでしまうだけでも声を掛けてくれる人が
いれば、着いてゆきそうになるのに残された親が
幸せになるからと云われて石を積み上げて
崩された後なら誰かに相談したくなるだろう。
誰も身寄りがいない寂しい気持ち。
親を残してしまった申し訳ない気持ち。
死んでからは幸せになってくれることを
思い描いて積んだのにそれも崩れてゆくなら
今ごろは、親にも追い討ちの不幸が降っているのでは
ないか、と気に病んでしまう気持ちを持たされて、
遂には、どんなことでもしますから、と
神のしもべになる始末。
おそらく、石を壊しにやってくる
鬼と助けてくれると云われている
地蔵菩薩は、手を取り合っている。
彼らはなぜ、人の話を信じてしまう
ような子供を連れてゆくのだろう。
そのようにすれば、何を見込めるのだろうか。
おそらく、自分達の願掛けを叶え続ける為であろう。
だから、純粋な気持ちを持っている人達を狙うのだ。
もういちど、説明しようか。
純粋な信念と悲劇は、
有無を言わせず人の気持ちを承諾させることが叶う。
だから、悲劇を創出したのだ。
これは、名も無きイエスがイエスのあとにも
たくさん生まれてしまった、ということだろう。
自分の寂しさを解ってくれ。
自分の辛さをわかってくれ。
そのように云われてしまうと無視することが
できない気持ちを、宗教の浸透に利用されてしまったのだ。
彼らは純粋な怒りを自分の身体のように塗り変えて生きてきた。
誰から疑われることがあっても子供の怒りを自分の思いのように
取り込んでいるから、いつまでも打算があったことを忘れられる。
私達は、子供が持つ寂しさのように愛はどこにあるのか?と
自分でも想うことができるようにしてきたのだし、子供達だって
今ではもう、自分達と一緒にいられることのほうがいいんだから。
2016.11.08.21:59






最終更新日  2016年11月08日 22時19分18秒



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