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カテゴリ:ドラマ系の感想
内容
ご近所の主婦との話で、おしめのカタチが違うと知るすみれ(芳根京子) 再び、エイミー(シャーロット・ケイト・フォックス)のもとを訪れ、 カタチが違うことを確認する。 直後、明美(谷村美月)のことを思い出すすみれ。 すると喜代(富田圭子)から、明美が看護婦をやっていると聞くや。。。 敬称略 あれ? なんだろ。。。微妙に、何かが足りないような。。。。 原因のひとつは、都合が良すぎるコトだ。 所詮、ドラマなので、ある程度は、目をつぶることが出来るのだが。 それは、“流れ”の部分だけだ。 そう。ある程度、都合が良くないと、話が進みませんから。 ただね。 問題なのは、 その流れを作っている話のパーツ。。。それぞれに 明らかな“無駄”が、たくさん盛りこまれていることだ。 実際。“流れ”に関わる部分よりも、“それ以外”のほうが長い。 先ずは、主婦とのやりとり。 そこに始まり。。。エイミーとのやりとり。。。喜代とのやりとり。 さくらとのやりとり。そしてゆり喜代。。。そして岩佐。。。。最後は明美。 それぞれにかなりの量の“それ以外”が含まれている。 もちろん、決してダメとは言いません。 得てして、会話とは、そういうモノだからだ。 ただ、それが 今回の様に、ストーリー全体に混ぜられてしまうと、 物語の“核”になっている部分が少なすぎて、 結局、何を描いているのか?が、分からなくなるのだ。 例えば、エイミーとのやりとりを、例に挙げると。 エイミーが外国人だと言う事もあって、 夫の通訳が、必ず介在している。 その程度なら、まだ許せるが。 頭が痛いのは、アリエナイほどの回想を混ぜ込んだことだ。 ハッキリ言って、 “エイミーを画面に出すため”に構成されていて、 “大人の事情”のニオイがプンプンする。 そらね。ドラマとして、ターニングポイントなのも分かるんだけど。 そもそも、ターニングポイントは、重要な場面。..転機でアリ。 人間関係の構築でも無ければ、コミュニケーションでも無ければ、 会話でも無いのだ。 重要なのは、主人公が行動することによって生まれる“結果” その魅せ方こそが、重要なのである。 その後も、喜代とのやりとりでは、エキスパートで引っ張り 麻田のシーン、ゆりと喜代のシーンでも ドラマとしては、人間関係を感じ取れるし悪くないが。 ただ、結果的に、 ラストシーンのために、時間を費やしている様にしか見えないのだ。 岩佐とのシーンなんて、ほんと。。。。長すぎ。 っていうか 神戸を出発して、左手に海が見える状態のバイク。。。。どこに行くんだ? 細かい部分で、アレコレと小ネタを盛りこむなどして、容量倍増。 正直、あからさまに“無駄”という印象が強すぎて、 どのシーンを見ても。。。どの小ネタをとっても、 かなりイライラしてしまった。 このアタリは、脚本よりも、演出の問題かな。 もう、終わっていることなので、どうでも良いけど。 そもそも。 ご近所の主婦とのやりとりを描くくらいならば、 親友2人を出すだけで、多少は違うはずじゃ? そらね、主人公は、女学校に行っていたので。。。明美の言動などを考えると。 親友より、ご近所の主婦のほうが、 今後の展開にとっても、主人公の変化にとっても、 有益なのも分かるんだけどね。 でもね。 正確に。。そして丁寧に、すみれ以上の苦労を描くだけで、 それは、乗り越えることが出来たんじゃ無いのかな? この調子だと、次週予告を見た限りじゃ。。。 “また”。。。都合良く。。。だよね? う~~~。。。。ん。。。。 今作の“雑さ”が見えてしまった感じ。 最後に。 どうしても、違和感が払拭できなかったので。 朝イチのBS放送も含めて、録画。..地上波。。。と連続して3回見てしまった。 回数を見れば良いってモンじゃ無いんだけど。 これまでの話しから考えると、 どうしても、違和感しか感じなかったので。 ちなみに。3回も見ると、“大人の事情”が酷いことが、いっそう明確になったよ(笑) TBは以下のミラーへお願いします http://blog.goo.ne.jp/maxexp99/e/de5ff82d7b670aaab10b8192adeb7cb2 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.10.22 08:22:28
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