マジック・ザ・メイカー20話「魔女と覆う影2」
マジック・ザ・メイカー20話「魔女と覆う影2」 「P…M…N…C…R…W…F…」 カトラがつぶやく。黒い霧は広がり周囲の木々はフジツボにつつまれ地面は膝までの深さに水が溜まっていく。 『晴凛!』 アマトの声にハッとした晴凛は手に持ったほうきに跨り飛び上がる。 「はぁっ!」 「イアー!」 カトラの掛け声で地面の水が伸び晴凛を打つ。 「うわぁ」 きりもみを描いて木に激突する晴凛、ガエ・ボルガを放してしまう。 『晴凛ー!!』 ステッキを回収したアマトはほうきを支えて晴凛の体勢を整える。 「クーちゃんが!!」 ガエ・ボルガは益々深くなる水の中に沈んでいく。 「ここまでよ見苦しい魔法少女。このカトラが本気を出せばまぁこんなもの」 カトラは地面から水を伸ばして操り縫い付けていた木を粉砕してガエ・ボルガの棘を引き抜いた。 「ホントに痛い、痛いわ……何よこの傷……全然治らないじゃないの!!ぐふっ!!」 水中から飛び出した赤黒い穂先の槍がカトラの腹部に突き刺さる。 『痛ぇだろ?もう一度味わいな!ガエ・ボルガ!!』 腹部の槍の穂先が分裂、30の棘となりカトラの全身を貫く。 「ぎゃああああああああああああっ」 『晴凛から離れたってなぁ、短い時間なら全力で動けるんだ。毎日少しずつ力を溜めてんだからよ』 槍はリボルバーに変形、高速で飛翔して晴凛のホルスターに収まる。 「クーちゃん!!なんで!!」 『あ?やらなければお前が死んでたぞ!それに……あれはとんでもないバケモノだ。まさか心臓を貫いても生きてやがるとは』 「ゴボッ……ゴボボッ……このカトラの体をこんなにするとは……この損傷はまずいわ」 カトラは全身から血を噴きながらゆっくりと後方に飛んでいく。 「ゴボッ……やっぱりこの傷はおかしいわ再生しない……一体あの武器はなんなの……」 『おい、奴が逃げるぞ……』 クー・ホリンは静かに言った。 「いいよ、逃げるならそれで」 『晴凛!逃がしちゃ駄目っすよ!』 アマトが叫ぶ。 「いいの……」 『ちっ……仕方ねぇ。バケモノだろうがガエ・ボルガを2度も食らったんだそうすぐに回復できねえはずだ』 「この借りはきっと返すわ!」 カトラは霧の中に消えていった。晴凛はその場でカトラが去るのをその場で見つめていた。しばらくすると霧が徐々に晴れ、元の鵜蔵池公園に戻る。 「はぁ~~~~~~~~……」 その場に膝をつき座り込む晴凛。 「やっぱり私には魔法少女無理だよう……向いてないよぅ」 『そうっすかね?』 「魔法少女と戦うなんてこんな辛い事もうできないよ……」 『じゃあどうするっすか?冥珂に助けを求める?』 「アマちゃんどうしたらいい?」 『さぁ~……まぁ何もかも忘れて元の生活に戻ろうと思えば戻れるっすよ?』 「何もかも忘れて……魔法の事も冥珂さんの事も?」 『そうっすね』 「それは嫌だなぁ……」 『すぐに辞めるとか言わないで今回の事を冥珂に話して今後の事は相談して決めればいいっすよ。あの敵魔法少女を撃退できただけでも十分よくやった方っす』 アマトは晴凛の頭に止まりうんうんと頷いた。 『晴凛、お前が力をもっとうまく扱えるようになれば俺が敵なんざ全てぶっ殺してやるぜ。体の無い俺はお前に借りて戦うしか存在してる意味がねぇからな』 「そ、そんなクーちゃん……」 『気にするな、飽きたら冥珂にでも頼んで影の国に行くさ。それまでは武人と戦士としてして傍にいてやる』 「クーちゃん……」 『うーん……アマチャン思ったんすけど、今後の事考えると晴凛は魔法少女力を無理して高めるよりダークパワーの扱いに慣れて行ってクー・ホリンとの親和性を高めた方が良さそうっすな』 「そうなの?」 『魔法はアマチャンがサポートするから晴凛はクー・ホリンの力をもっと引き出せるように頑張るっす。冥珂のような魔法使いを目指すのは後でもいいっすよ』 「うう、魔法少女のイメージと離れていく……それでクーちゃんの力は今の私はどのくらい出せてる?」 『……100分の1くらいだな。前にガエ・ボルガを所持してた泥棒魔女リアダンで半分ってところか』 「えぇ~……」 『せめて俺の戦車を召喚できるくらいにはなって欲しいな』 「うう……がんばる」 『さ、今日はもう帰るっすよ』 ―翌日晴凛は冥珂に電話で鵜蔵池の事、カトラの事を話した。 「深海魔女……か」 「冥珂さん深海魔女って?」 「噂程度しか知らんのよね……でもフィッシュメンの事はちょっとは知ってるで。前にアメリカに行ったことがあるって話したことあったよね?」 「ええ」 「アメリカの港町で事件に巻き込まれたんよ。最初は軽い気持ちで行方不明者を探しにいったんやけど、行った先の港町はフィッシュメンだらけでね、人間を生贄にする儀式を行う教団とかもあったんよ。今思えばその教団のアジトにあった石柱は鵜蔵池の底にあったのと似たもんがあったわ。で、その教団の部屋を見つけてしまったら町中のフィッシュメンやらモンスターに追われてなんとか町から出たけど大変やったよ」 「そ、それでその後は?」 「伝染病が流行ったとか何とかで軍が介入してきて町は閉鎖、ゴーストタウンになったんよ。アメリカ政府と繋がりのある奴が軍を動かしたんやろね。気になってもう一回町を調べに行ったけどきれいさっぱり教団のアジトもなにもかもフィッシュメンの痕跡は消えてたね」 冥珂は一息ついて言った。 「あの町で見たフィッシュメンは普通の半魚人(マーマン)とはちょっと違ったね。知り合いに半魚人いるんやけどキリっとしててめちゃめちゃ賢い連中やねん」 『アプカルルの系統とか言ってたな』 スフィンクスの声がした。 「そうそれ!アプカルル!あの町の……フィッシュメンは目が濁ってて野蛮やし人間に対する憎悪みたいなのを感じたんよね。アプカルル系とは全然違う何かよ」 「ほえ~……」 晴凛は魚の被り物をした博士を想像した。 「まぁ悪いイプピアーラっていう半魚人の種族もいてね。これは完全にモンスターよ」 『他にもシー・ビショップとかオアンネスってのがいるぜ。こいつらも知的でアプカルルと同じく人間に友好的だ』 「はぁ~……半魚人いっぱい種類いるんですね」 晴凛は眼鏡をかけた魚人間とスーツを着た鱗人間を想像した。 「交配が進みすぎて雑種になったモンスター半魚人もいるし世界中いっぱいいるよ」 冥珂は軽く咳払いをする。 「……話し戻そか、深海魔女の事やね。そいつの魔法少女が出てきたんやったらこっちも手を打つわ。ゴリッゴリの強力な結界を鵜蔵池に張ったげるよ。突破する気なんて起こせへんようなやつを」 「それならあの魔法少女はもう来ないですかね?」 晴凛は携帯電話を握りしめて言った。 「鵜蔵池からは来れへんようになるね」 「って事は別の所から来たり?」 「どうかなぁ……アメリカの深海がそいつらのアジトやったらそう簡単に来れへんと思うけどね…………ん?」 「冥珂さんどうしました?」 冥珂は見落としていた事に気付いた。魔法少女カトラは、鵜蔵池の石柱破壊の前に既にこちら側に来ていた可能性を。晴凛が早とちりをして池から現れたといった話を鵜呑みにしてしまっていた事を。 「晴凛ちゃん、やっぱり鵜蔵池に結界必要無いわ。魔法少女カトラを見つけてフィッシュメン計画を阻止しんとあかんわ」 「ええ~!」 「無理はせんでええよ。晴凛ちゃんはアタシの渡した戦車のカードを肌身外さず持っておいてくれたらそれでOK。本当は今すぐにでもそっちに行ってあげたいけど弟子が来るまでは離れるわけにはいかへんのよ」 「冥珂さんが戻って来るまで放って置いたらどうなるんです?」 「……う~んフィッシュメンらが動き出すかもねぇ。アマトにパトロールさせてできる限り防いでいきたいところやね。あの子本気にさせたら凄いんよ」 『いやいやアマチャンはいつでも本気っすよ?』 アマトは羽をバタつかせながら言った。 「……エジプトで出会った時のアマトに戻ってよ」 『あの時のアマチャンはもう死んだっす!いや……嘘……やる時はやるので褒美が欲しいっすね、イケメンとか。この国にあるホストクラブで豪遊したいっすよー!!』 「……考えてもええで」 『やったー!やる気にあふれてきたっす!!アマチャンの超本気見せてやるっすよ!』 「期待してるわ」 「おお~」 アマちゃんちょろい……と晴凛は頭の中でつぶやいた。 「でもまたカトラが出てきたらどうしよう……」 「戦車のカードを持ってくれてるのならクー・ホリンが晴凛ちゃんを守ってくれるで」 「私は平気でも……クーちゃんがカトラを殺してしまわないかなって」 魔術も使えず魔法に関する知識も無く、ただ冥珂とアマトとクー・ホリンに守ってもらってるだけ。晴凛は何もできず自分の思うこともできない状態にもどかしさを感じている。 だからせめて意思表示ははっきりとしていきたい。カトラを見た時に感じるものがあった、だから単純に敵だと認識できない。殺したくないと思った。 「フン、あれは完全に人間じゃねえぞ。害虫よりもたちが悪い、殺す他はない」 クー・ホリンが静かに言い放った。 「敵の事情を知れば敵だと考えられなくなる。そうすれば死ぬのはお前だぞ晴凛。殺戮じゃねぇ、虐殺じゃねぇ、これは奴らと俺たちの生き残りをかけた戦争だ。やらなきゃやられるだけだ」 「……晴凛ちゃん、知らんでいい事は知らんままのほうがええよ。カトラ側の事情を知ったからといって向こうが攻撃してこない訳じゃないし」 冥珂は優しくそう言った。 「わからないまま敵だって殺すのは嫌なんです……せめて話がしたいんです冥珂さん」 「う~ん……」 冥珂は了承できなかった。10代の多感な時期に強烈なトラウマになるような事は避けたかった。素直で真っすぐな晴凛を歪めたくない、人外の都合は知るべきではないと考えている。冥珂自身、若い頃アカデミーでの知識や経験が無ければ正気を失っていたかもしれない出来事に数多く出くわした。アカデミー無き今、次代の才能を育てる方法は魔女が指導するしか無い。 「冥珂さん?」 「えとね……晴凛ちゃんには人外相手の説得とかそういうのはまだ早いよ。だからカトラと関わるのは禁止するね。晴凛ちゃんにはいろんな超常現象を経験して欲しいんやけども、まだ深入りはあかん。ごめんね勝手な事ばっかり言って」 「は、はい……」 「カトラはアマトとクー・ホリンに任せとき。晴凛ちゃんは街のダークスポットの処理をお願いするわ。なにかよくないもの、良くないことが起こりそうなダークパワーが溜まりつつある所に行って消していって」 「ダークスポット?ですか」 「うん、街のダークパワーが安定するまで後一ヵ月はかかるやろうしその間はお願いね」 ―それから1週間。晴凛はアマトの調べたダークスポットを毎晩のように消して回った。ある時は廃工場の中、ある時は飲食店街の裏道、ある時はトンネルの天井など。 ダークパワーに引き寄せられた低級の霊や魔生物を倒しながら晴凛は少しずつダークパワーの扱いを覚えていった。その様子を冥珂は水晶越しに京都から眺めていた。 「う~ん……あれから1週間……カトラは姿見せへんね」 「師匠、敵魔法少女の撃退なら私が行きましょうか?」 横から水晶を覗いていた金髪ウェーブの人形のような整った顔立ちの小柄なリティーシャ・ヴァン・ヴァスベルゲが言った。 「いや……アタシが行くわ。アンタはこの街の監視をお願いしとく。さっきの電話着いて早々街で妙なのと接触したって?」 「そうなんです!夜なので顔を出していたのが不味かったですね。私の美少女っぷりがあのような下衆男を引き寄せてしまいました。まったく……股間を蹴り飛ばして悶絶させてその場を離れましたが」 「……何かされたん?」 「宿泊先のホテルでトーヤと別れてタクシーを探していたら背後からいきなり男が肩に手を乗せてニヤニヤと話しかけてきたんです!油断してました、師匠と携帯で話をして注意力が散漫でした。おぞましいものを蹴り上げるのには少し躊躇しましたがやらなければ身の危険を感じたので」 「話しかけられただけやんな?」 「だけじゃないですよ!触られたんです!!」 「……あいかわらずやねリティーシャは。それにしてもそんなあんたが一緒に居て大丈夫な男の子って存在したんやな……宗像刀耶くんだっけ?一緒に来たの」 「トーヤはまぁ……そうですね大丈夫です。男というよりも相棒ですから。トーヤを蹴ったりはしたこと無いですよ」 リティーシャはストローのついたミルクのボトルを口にくわえ一気に飲み干す。 「ぷはぁ~……さて、早速取り掛かりますね。京都の街全体を監視できるシステムを構築しますとも!この街の監視カメラにハッキング、映像を私のディスクバットで受信、師匠のルーンと連動させます」 リティーシャはタブレットを取り出してキーを入力していく。 「師匠の集めた情報を元に要注意すべき対象を自動追尾、この国最大の観測所と衛星にもつなげ宇宙からの動きもチェックします」 「えっと……アタシはどうしたらええんかな?」 「別に何も。師匠は見たい映像や資料があればルーンを発動するだけで水晶で見れます。一応立体ホログラフィのメインモニターも置いておきますね。使い方は簡単、触って動かすだけなので機械音痴の師匠でも大丈夫」 「そうか……ありがと」 「ふっふっふ、朝までに作業を終えて見せますとも!」 続く