ブッシュ一族と国家的テロ
拉致被害者横田めぐみさんの母、早紀江さんらがホワイトハウスでブッシュ大統領と面会。ブッシュは「国家として拉致を許しているのは信じがたい」「国際社会からの尊敬を得たければ、人権を尊重すべきだ」と述べたという。しかし、国家としてテロを許し、人権をいとも簡単に踏みにじってきたのはどこの国の誰だったか、と思う。いくつか例を挙げよう。▼キューバ航空爆破事件オーランド・ボッシュという男を覚えているだろうか。「カストロが愛した女スパイ」で、一九六一年にキューバ侵攻作戦の訓練中に撃たれたマリタ・ロレンツの怪我を治療した医者だ。もっとも人の命を救う医者というより、大勢の命を奪う反カストロの亡命キューバ人テロリストと呼んだほうが適切であろう。ボッシュは六〇年代~七〇年代にかけて反カストロの破壊活動に携わる。CIAが訓練し、資金援助していた暗殺集団「オペレーション40」のメンバーであることは、ご承知のとおりだ。一九六三年十一月に起きたジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件にかかわった疑いももたれている。一九七六年一〇月にはキューバ民間航空機を爆破、七十三人の乗員・乗客全員の命を奪ったテロの首謀者としてベネズエラで逮捕・勾留された。しかし不可解なことに、テロリストのボッシュは駐ベネズエラ米国大使らの策略でまんまとベネズエラを脱出、一九八八年にアメリカに不法入国する。当然、アメリカ当局はボッシュを逮捕、不法入国と約30ものテロ活動容疑で刑務所に勾留した。ところが反カストロ亡命キューバ人にとって、ボッシュは英雄である。彼らは強力なロビー活動を展開する。そしてとうとう一九九〇年には、ジョージ・ブッシュ大統領(父ブッシュ)の恩赦とも呼べる特別な計らいで、ボッシュは刑務所から無罪放免され、アメリカでの居住が許されることになったのだ。そのロビー活動の中核を担ったのが、父ブッシュの息子で現フロリダ州知事のジェブ・ブッシュであった。アメリカは、ボッシュだけでなくキューバ民間航空機爆破事件の共謀者とされるルイス・ポサダ・カリレスら反カストロ亡命キューバ人テロリストたちを事実上かくまった“前科”がある。そして今もカリレスをベネズエラ政府に身柄を引き渡さないことによりかくまっている“テロリスト擁護国家”であることが知られている。ちなみにカリレスは中南米の「ウサマ・ビン・ラディン」と呼ばれている人物である。アフガニスタンのタリバン政権は、ビン・ラディンを引き渡さなかったために空爆・打倒されたのではなかったか。しかも、キューバ民間航空機爆破事件自体、CIAが背後にいた可能性が極めて強いのだ。爆破事件当時のCIA長官は父ブッシュであった。▼もう一つの9・11テロ父ブッシュがCIA長官時代には、別のテロもあった。キューバ航空機爆破事件が起きる一ヶ月前の一九七六年九月二十一日、チリのアジェンデ政権当時に外務大臣を務めたオーランド・レテリエルが首都ワシントンで爆殺された事件である。ここで9・11テロについて説明しておこう。9・11テロといっても二〇〇一年九月十一日にアメリカで起きた同時多発テロのことではない。一九七三年九月十一日にチリで起きた、アメリカによるテロともいえる軍事クーデターのことである。この日、自由選挙によって選ばれた初の社会主義政権であるチリのアジェンデ政権が、CIAの支援を受けたアウグスト・ピノチェト陸軍司令官らによるクーデターで倒されたのだ。サルバドール・アジェンデ大統領はこの日、命を落とした。▼コンドル作戦権力を握ったピノチェトは翌七四年六月二十七日、大統領に就任。その後アメリカの庇護を受けながら16年間にわたって軍事独裁による恐怖政治を行い、政敵や反政府活動家を次々と抹殺していく。一九七六年のチリ元外相爆殺事件を指示したとされるのも、多くの国民を拷問・虐殺したピノチェトであった。ピノチェトはブラジル、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイなど各国の軍事政権と共同して互いの相手国に亡命した反政府活動家を拘束、もしくは抹殺する「コンドル作戦」を展開していた。前政権の要人であったレテリエルを殺したのもその一環で、実行犯グループにCIAの息がかかったノボ兄弟ら反カストロ亡命キューバ人が容疑者として名を連ねたのである。お分かりだと思うが、ノボ兄弟とはギレルモ・ノボとイグナシオ・ノボで、ロレンツの証言にも出てくるオペレーション40のメンバーである。フランク・スタージスやオーランド・ボッシュとともに、一九六〇~七〇年代に数々の反カストロ・反共産主義のテロ活動や暗殺事件に関与したとみられる札付きだ。ケネディ暗殺事件に関与した疑いももたれている。今日では、ラテンアメリカ諸国での一連の軍事クーデターや「コンドル作戦」のような非合法活動の背後にCIAがいたことは常識になっている。つまりオーランド・ボッシュやノボ兄弟らは、事実上CIAが抱える殺し屋たちなのである。そのCIAのボスが、ボッシュに“恩赦”を与えた父ブッシュであったことは偶然ではあるまい。ところで、爆殺されたレテリエルの息子フランシスコ・レテリエル(父親が爆殺された当時は十七歳であった)は後に、ロレンツの娘モニカと結婚、一九九一年には男の子が生まれる。ロレンツと一時期行動をともにしたノボ兄弟がロレンツの娘の結婚相手の父親を殺していたとは、何と言う巡り合わせか。▼テロリストの側とはこのようにアメリカは長年にわたって、テロリストを支援し、恐怖政治を擁護してきた。そのような米外交を支持していたのは、ニクソンであり、キッシンジャーであり、父ブッシュであった。そこで冒頭の子ブッシュ発言に対する私の疑問に戻るわけだ。二〇〇一年九月十一日に発生した同時多発テロ以降、子ブッシュは「テロリストを掃討」するため、アフガニスタンとイラクに対し相次いで戦争を仕掛け、多くの人を殺した。ブッシュはそのときこう言ったはずである。「われわれの側に立つのか、それともテロリストの側につくのか」と。一体どっちがテロリストの側なのであろうか。横田さんの母親がわらにもすがる思いで、ブッシュにすがった心情は十分に理解できる。しかし、すがった相手が悪かった。毒をもって毒を制するということか。その毒が世界中に回らなければいい、新たな戦争の口実に利用されなければいいと願うのは私だけだろうか。この惑星の住民はもっとアメリカという国について知るべきである。