5000年前の驚異の測量技術(その68:扇の要にある黒又山)
北東北の縄文遺跡群を調べていくと、大湯環状列石のそばにある黒又山が測量の中心であったことが浮き彫りになってきます。まるで扇の要にような場所に黒又山があることがわかるんですね。それを示したのが、本書209ページに掲載された次の地図です。北東北の主要縄文遺跡と黒又山の関係を表わした地図ですが、黒又山が扇の要に位置しているのがよくわかりますね。特筆すべきは、(14)の御所野遺跡と(15)の伊勢堂岱遺跡を結んでできる二等辺三角形です。しかも御所野遺跡と伊勢堂岱遺跡は、82キロも離れているのに、中心の緯度が北緯40度12分と完璧に一致するんですね。既に紹介したイギリス・エイヴベリーの人工丘シルベリー・ヒルと、9キロ離れたマールボロ大学構内にある人工丘マーリンの丘を結ぶ緯線に匹敵する、あるいはそれを凌駕する緯線の測量技術がここにあるように思われます。また、黒又山、御所野遺跡、釜石環状列石を結ぶとほぼ完璧な正三角形になります。しかも黒又山山頂から御所野遺跡の中心までの距離は、黒又山から釜石環状列石の中心までの距離と同じ42・4キロで、その誤差はわずか3メートルしかありません。42キロの距離でたった3メートルの誤差しかないと言うのは、もう神業としか思えません。ほかにも、黒又山の山頂から(11)の是川石器時代遺跡と(8)の大森勝山遺跡、それに(17)の湯舟沢環状列石までの距離はほぼ等しい60・6キロです。北東北の大地に次から次へと、黒又山を中心とする二等辺三角形などの幾何学図形が浮かび上がってくるんですね。(続く)