この一年、そして不思議な出来事
大晦日に振り返ると、今年もまた、いろいろなことが起こりました。オーラの色が一瞬見えるようになったり、オーブらしきものがゆっくりと動くのを観察したり。そして何よりも、脳科学者の理論や脳では到底理解できない「魂の慟哭」ともいえる現象があることも、イギリスで初めて知りました。幽体離脱、霊視、テレパシー、オーラ、輪廻転生といった超常現象について、脳の働き、つまり「脳が作り出す錯覚」ということですべてを説明できると言われて久しいですね。でも、実際にそうした体験をすると、果たしてそうだろうかと思わざるをえなくなります。数多くの不思議な体験をすることにより、世の中には理論の世界では説明できない超常的な現象が間違いなく存在すると、疑り深い私でもようやく確信するに至りました。もちろん、そうした事象を信じるか信じないかは皆さんの自由です。私はこれまでも超常現象と呼ばれる出来事を一つ一つ丁寧に分析し、できる限り正確に記述してきました。妄信することもなければ、偏見を持つこともない、というのが私の立場です。そして書き上げたのが『不思議な世界の歩き方』でした。ところがその後も取材を続けていく過程で、これまでできないと思っていた、テレパシーやオーラを見るという能力も、不完全ではありますが、やろうと思えば私にもできることがわかってきたんですね。ではなぜ、今までできなかったかと言うと、どうせできないだろうとか、私には無理だとか、可能性の世界を閉ざし、自ら限界を設けていたからではないかと思えてならないんです。不思議なことに、見ようと思えば(意識を向ければ)、見えないものも見えるようになり、常識では聞こえないものも、意識を向けさえすれば本当に聞こえるんです。今から思うと、二〇〇八年二月十二日が私のターニングポイントであったのではないかと考えられます。その日の午前一時ごろ、私が眠ろうと布団に入って、目を閉じた瞬間、不思議な文字の書かれた箱の映像がいきなり飛び込んできたんです。もちろんこれから寝ようとしていたのですから、眠って夢を見たのではないことは明白でした。映像は閉じたまぶたの右の下の方に現れました。その箱は、質感としては黒の漆塗りの重箱か玉手箱のような感じで、大きさは比較するものがなかったので定かではありませんが、三十×二十×十五センチぐらいの気がしました。さらに面白かったのは、その黒い箱には経文が書かれた耳なし芳一の体のように、文字がびっしりと書かれていたんですね。金色の文字で、よく見るとΠのような字やあまり見たことのないような文字でした。もっとよく観察しようと、その文字に意識を集中したところ、面白いことに、箱に描かれていた金の文字がひとつひとつ箱からはがれて、空中にきらきらと光りながら漂いだしたんですね。そして次の瞬間には、火の粉が燃え尽きるように掻き消えてしまったのでした。私は驚いて目を開けます。今の映像は何だったのでしょう。それはわずか数秒の出来事だったと思いますが、強烈な印象を私に残しました。私にとっては、このように鮮明な映像が突如飛び込んでくるというのは、初めての体験であったからです。全く説明のできない映像が目を閉じた瞬間に現れれるとは。目の前に映画のスクリーンのようなものが不意に出現して、映画を見せられている感じでした。自分が意図して想像したものでないことは明らかでした。今でもそれが何の映像であったのか、確信は持てません。ただ今から思うと、何かの封印が解かれたことを暗示する映像だったのではないかと思えてならないんですね。つまり、私の心の中であえて封印していた不思議な世界の扉を開けたという感じでしょうか。こう書くと、ミイラ取りがミイラになったと、私のことを揶揄する読者もいるかもしれませんね。でもこれだけは言わせてください。自分の可能性を閉ざして棺に収まっている「ミイラ」はもしかしたらあなたのほうかもしれませんよ、と。すでにあなたの目の前には、無限の可能性へと開く扉があり、あなたの手には鍵が握られています。後はそれに気付き、自分の意志で扉を開け、飛び出すだけでいいのです。その時あなたは初めて、いかに小さな枠の中に収まっていたかを知るのではないでしょうか。と、今日は長文になってしまいましたが、最後は恒例(?)のテストです(笑)。小さくてかなりわかりづらいですが、上の写真に写っているオーブを見つけてくださいね。もちろん心眼で(笑)。それでは良いお年をお迎えください。