かけだしの西郷と月照
西郷とセットで語られることが多いために彼の人生は最後の二ヶ月だけが大きく語られてしまっています。しかしどのようにひいき目に見ても月照の方が西郷よりも重要人物です。安政5年。彼は46歳。西郷は31歳に過ぎません。西郷吉兵衛はまだ駆け出しです。7月16日に島津斉彬が国元で急逝した知らせは24日には京都にもたらされました。帰藩しようとしていた失意の西郷に月照が命じたのは水戸・尾張に近衛左府の密書を届けることでした。しきりに帰藩を志しこの大役をうけようとしない西郷は月照の厳しい叱咤激励を受けて水戸に向けて旅立ちました。西郷吉兵衛はものすごいスピードで走りぬけています。8月2日に京を出て7日には江戸の薩摩藩藩邸に入っています。歴史が西郷を殺さなかったのではなく月照というたぐいまれな知性が西郷を生かしたのでした。わずか23歳で清水寺成就院二十四世に就任した月照は大坂の医師玉井宋江の息子として生まれています。