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零戦大好き

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カテゴリ未分類

2020/06/05
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カテゴリ:カテゴリ未分類

筑波空所属の零式練習戦闘機(以下練戦)です。基本は零式艦上戦闘機二一型を利用しています。この塗装図はレギュラーでご存知の方も多いでしょうが、問題は第3可動風防、第4固定風防下フェアリングです。形状が明らかに前回紹介した練戦と違います。つまり2タイプが存在しており18年に試作機が完成した第二一航空廠製を前期、その後移管されて終戦まで生産した日立航空機製を後期と便宜上分けておきます。さて練戦は謎が多い機体です。解く資料は多分あると思いますが、マイナーな機体の為に表に出てこないのですね。謎の一つは全長。零戦二一型は9.050m(資料によっては9.060)なのに練戦は9.150mと10cmも長い。二つ目はエンジン支持架(防火壁部分)も1区画後方の第1隔壁の位置まで後退しているのに前席(計器板、座席等)は前進しています。釣り合いの関係とも言われますが矛盾しています。とにもかくにも、練戦を深く知る事は新たな「零式艦上戦闘機」の知己を得る事になります。その辺の話はまた。









Last updated  2020/06/05 01:50:42 PM
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2020/06/01
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終戦後、進駐軍がカラー撮影したと思われる零式練習用戦闘機(A6M2-K)を紹介します。19年に日立航空機で製造されたと思われる第三三二空の機体です。まず練習機に用いられていたはずの黄色(C3?)が僅かにカウリング下部と主翼前縁、それに補助翼のみに塗粧されていて何とも中途半端。しかも2本ある桁に日の丸を避けて黒が塗られています。イレギュラーな塗粧には違いありません。さらに注目するのは第3可動風防、第4固定風防下のフェアリングの形状が本来公表されている図面とは違う事です。(主翼は五二型仕様)迷彩色は緑黒色(D1)、灰色(J3)。胴体側面の塗料のハゲからは中塗りを省略された超々ジュラルミンがむき出しでにぶく輝いています。次回はよく知られているタイプの第二一航空廠製と思われる機体を紹介します。







Last updated  2020/06/01 12:07:06 PM
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2020/02/11
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元祖ゆうさんが言っていたホビーの記事ですけど、私も思い出しました。自身のイラストの参考にしたのはキットの組み立て説明書オスカーマーキングガイドに掲載されていた物だったのですね。それがツイッターにアップされていた…、やっと出典が解明できました。第1中隊の部隊マークは赤になっていますね、詳細は解りませんが一応赤に。キルマーク鳥の羽根は想像です。

あ〜すっきりした、感謝です。






Last updated  2020/02/11 06:11:26 PM
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2020/02/09
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研究機「研三」の資料が発見されて今月の8日から岐阜のかがみがはら航空宇宙博物館で展示されています。新たに見つかった映像は「研三」が時速699.9キロを記録した昭和18年12月27日の飛行の様子も鑑賞できるそうです。岐阜は遠いですね…天草からでは。閑話休題、最近ツイッターを見ています。驚いた事に大戦中の日本の軍用機にとても詳しい方がいて、解説も鋭く驚く事ばかり。その一つに「japanese WWⅡ Aviation」があります。その記事に目が止まりました。飛行第59戦隊第1中隊小野崎煕曹長(最終階級は大尉)の愛機のラフスケッチが紹介されました。垂直尾翼の部隊マークの下に3つのキルマークが描かれています。クアラルンプール(1942年1月末頃)の状態らしく2月4日に2個?更に書き加えられているとも言われます。どうも写真は存在せず、戦後小野崎曹長の伝記が元だろうとの事。もっと詳細が知りたいと思いましたが、残念ながら2017年でこのツイッターはお休みされています。どなたか小野崎曹長乗機について詳しい方おられないでしょうか。









Last updated  2020/02/09 01:09:03 PM
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2020/01/29
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初期の海軍機、とりわけ水偵等の塗装はそれはそれは丁寧に施されています。羽布部分を見ても下塗り(透明)刷り込みと刷毛により2回、中塗り(赤褐色)刷毛で1回。上塗りが銀色を吹き付けて1回、最後の仕上げに灰色を吹き付けて完成です。胴体外面も下塗りが3回も行なわれていました。特に胴体下面、翼面では桁から後方は入念に処理されています。昭和17年に中央協定により練習機には日の丸を除いた胴面、翼面とも黄色に塗装されていましたが、昭和19年頃になると本土への空襲が予見され、工場で迷彩塗装が施されるようになりました。これは推測ですが、この頃になると海軍機全ての機種が中塗り、上塗りが省略され下塗りから、いきなり迷彩色が塗布されたのではないかと思われます。末期の海軍機のカラー写真には迷彩色が剥がれ、下塗り(透明なので地肌の銀が見える)が露出した機体が多く見受けられます。イラストはスパッツに猛禽類の足の爪らしき物が描かれた九六式4号艦戦を改造した練習用戦闘機(A5M4-K末尾Kは機種記号で練習機)です。当初、練習機として黄色に全面塗装された後、19年以降ある時期に迷彩塗装が施された機体と思われます。大村海軍航空隊所属で外見上は照準眼鏡や固定機銃、アンテナ支柱が撤去されています。また車輪部分のスパッツは3分割構成です。本来は車輪前部のみ装着されているのがお約束ですが、絵映えの為、最後部一つを外した状態で描いています。機番号下二桁は推測です。









Last updated  2020/01/29 02:17:29 PM
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2020/01/26
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今から十数年前、故ヒストリアン大脇氏から頂いた陸軍用増槽の一部です。大脇氏は零戦の初期上塗り塗装に関して、一貫して「飴色なんて色はない。混じりけの無い、ただの灰色」言われていたのを思い出しました。そのころはjim さんが主宰していたj-aircraft.com でも、国内のHPでも「やや飴色がかりたる色」論争が花盛りの頃です。私も青畳色だの古畳色だのでイラストを描いていました。今思えば大脇氏は真実により近い所におられたのですね。









Last updated  2020/01/26 02:53:00 PM
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2020/01/21
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たいらいさんという方がご自身のTwitterの中で故新井勝利画伯の「航空母艦上に於ける日本画」三部作を紹介されています。1.格納庫での作業風景、2.発艦作業、3.離艦と帽ふれの風景です。画伯は東京生まれで日本美術院同人で近代の日本画家です。多摩美術大学の教授もされていました。一連の作品は49歳前後の作と思われます。直接母艦に乗り込んで取材をされたみたいで、鋭く細部を描かれています。たいらいさんの言葉を一部お借りすると、「上の作品は零戦の脚カバー加重標識はちゃんと赤、青(今でも赤、黄、青で描かれている塗装図あり)ペラの警戒帯も赤の二重線」調べるに、陸海軍航空基本部品規格で18年8月に規定変更があり2本の赤線は50ミリ幅の赤線1本になりますので、それ以前に描かれた事になります。下は艦内で、味方識別帯の始点や外翼を支える突っ張り棒が赤色、等々見所満載です。よく見ると増槽の吊るし方が分かります。たいらいさんのTwitterでは肝心の3.の画像が見れませんでしたので新井勝利でGoogle検索したところ出てきました。皆さんも覗いて、調べて見るのも一考かと思います。











Last updated  2020/01/21 04:49:08 PM
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2020/01/12
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数十年前の雑誌「ホビージャパン」にニチモのキット制作関係者に対する隼1/48(だったと思う)の模型開発秘話インタビュー記事でのお話です。
記事中で主脚柱の位置関係が写真付きで述べられていました。これをヒントに以前イラストにしてブログに紹介しました。その後HP「一式戦闘機「隼」研究所」を覗いたおり、機體構造のコーナーの中程に主翼平面要領(其ノ二)が添付してあり、以前述べた様に脚格納部の位置が翼前縁に対して-2.97度で角度を付けて収納される構造になっています。主翼平面要領に私のイラストを合わせるとピッタリでした。(線図の細かい所は割愛)納得したので描き直して再録しました。参考までに添付のII型図面はAOZORA-1954年-4•5月号に掲載されたもので金田•遠藤氏が作成された物を添付(図面は反転)しました。66年前の図面でも正解です。どの時代に今の形状に間違って変化したのか謎です。











Last updated  2020/01/12 02:54:33 PM
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2020/01/06
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あり得ない事ですが、この桜花18号機は胴体と主翼・尾翼が製造所によって微妙に色合いが 違う事は述べました。私が見させてもらった資料(当時のカラー写真)と現物によってカラーイラスト化したのが下の図です。注意しなければならないのは現物が75年以上前の遺物であり、退色等のチョーキングによって色が著しく変化している事もあり得るからです。だからといって塗料試験片が自ら青が赤に、黄色が黒とはなり得ません。また製造所で塗料を独自に調合して機体に塗装するなどは一部を除いてありえません。塗料には多くの基準や規格があり用途によって管理されていたはずです。(仮規117等「詳しくは我が家の趣味の世界•渡邊著海軍航空本部塗料識別標準仮規117別冊とは」参照)では、どうして違って見えるのか、明らかに製造所で色味が統一されていません。しかし…まだこの問題は解けていません。
追伸 模型製作でカラーチップをそのまま塗装した場合、悲惨な結果になるかもです。模型自体の縮尺率によって色の見え方も変わります。空気遠近法では遠景に向かうほど対象物は青みがかって見え、同時に遠景ほど輪郭線が不明瞭になり、対象物はかすんで見えます。模型もスケールによっては色の調整をする事になりますが、私の経験からはやっぱりチップをそのままに調合したのを使ってしまいますね。全然色が違うじゃんと言われるのが怖い(笑)









Last updated  2020/01/06 12:14:35 PM
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2020/01/04
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インドのカルカッタ、現在のカルカタで撮影されたという、一連の桜花11型の写真を見せて頂いたのは14年前の2006年でした。桜花がイギリスに運ばれたかどうかは分かりません。ジム•ランズデールさんが、まだ元気な頃で桜花の細かいステンシルについて資料のやり取りをしている最中でした。説明によると、この「海色とほうれん草色」のカモフラージュパターンはシンガポールの海岸水域の岸ラインで役立つ迷彩塗装であること。ジムさんは話を進めて終戦間際、フロートを付けた桜花が現地で試作中であり、テストは戦争が終結したので完成を見ないまま歴史に埋もれたと主張されたのです。シンガポールエリアには桜花が母機不在のままに温存されていました。これらを使ってフロートを装着した桜花をロケット推進で海上特攻をしようと目論んだというわけです。ジョホール海峡にいる艦船に夜間での攻撃を仕掛ける案が検討されていたのでしょう。一連の写真でやや正面からの不鮮明な写真を見ると胴体は従来に比べ下面が平べったくなっており、フロートを支えるヨークにフィットさせるための改造かもしれません。図面では詳細不明で描いてません。細かな所に修正が加えられているのかもしれません。

今回は「j-aircraft.com」主宰だった故ジムさんとの思い出話しの一部を紹介しました。補足として外板上面より照門(照星)の中心までの高さが個体によってそれぞれ微妙に 違う事が寸法明示されている事は以前述べましたが、再録しました。胴体と主翼・尾翼が製造所によって微妙に色合いが 違う事(18号機の主翼・尾翼等は「日本飛行機製造」日飛第986号、色は日塗工標準色 C45-85B近似。他に胴体は空技廠製造第1022号、色はC27-60F近似です。ジムさんの事はまた別の機会に譲ります。







Last updated  2020/01/04 04:39:16 PM
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