先日お伝えしたように陽炎のマハラジャクラスにはちゃんと、どんでん返しがついている。
正月をおめおめとバンクーバーで過ごし、さめざめと目覚めると、既にシアトル行きの離陸時間が迫っていた。概ね30秒で荷物をまとめ、怪しい陶器メーカーとは関係ないと思われる
ホテルをチェックアウト、大急ぎでタクシーに乗り空港に向かう。
チェックインカウンターに向かうがもう間に合わないと言われるが、とにかく、行って見るといって、荷物預け無しでずんずん進む、が、ああ無情にも飛行機は既に飛んで行ってしまった。30人乗りプロペラ機よ、何故、私を見捨てた。
私は、とぼとぼ、再びカナダに入国、乗ってきた飛行機は無しなので入国カードに記入できない。理由を話すと、にこりともせずに審査官はいとも簡単に入国を許可してくれた。そして、3時間半程度のバスで、陸路で、アメリカに入るはめに陥ったのであった。
無事、シアトルでは直接
ホテルに乗り込んで、密かに疲れたのであった。
しかしながら今回の旅行はぎっくり腰が完治しないままの旅行となり、恒例の1日12時間ウォーキングはなく、ホテル内での静養という感じになってしまったので、ホテルはちょっと奮発していい所に泊ってしまったのであった。
バンクーバーの歩行用信号機は概ね2種類あって、ひとつは、大またで歩いていて手首が切れているの、もうひとつは腰に手をやって腰痛で歩いているようなもの。信号機をみるたびに哀れになってしまった。
しかしながら正月には、多くの老若男女問わず、歩く私にはっと気がついて、ハッピーニューイヤーと笑いながら声をかけてくれた。私も、嬉しくなって応答しているのだが、気がつけば、頭に大きな変なハッピーニューイヤーと書かれた三角ダンボール帽子をかぶっているのを忘れていたことに気がついた。
みなさん、ハッピーニューイヤー。