秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
鉄鉢の暑さをいただく 山頭火
秋山巌「鉄鉢の」1995年
昭和8年7月14日 山頭火の日記より
行乞記 大田
七月十四日
ずゐぶん早く起きて仕度をしたけれど、あれこれと手間取つて七時出立、小郡の街はづれから行乞しはじめる。大田への道は山にそうてまがり水にそうてまがる、分け入る気分があつてよい、心もかろく身もかろく歩いた。
行乞はまことにむつかしい、自から省みて疚しくない境地へはなか/\達せない、三輪空寂はその理想だけれど、せめて乞食根性を脱したい、今日の行乞相は悪くなかつたけれど、第六感が無意識にはたらくので嫌になる。
暑かつた、くら/\して眼がくらむやうだつた。
林の中でお辨当を食べる、山苺がデザートだ。
水を飲んだ、淡として水の如し、さういふ水を飲んだ、さういふ心境にはなれないが。
蕨といふ地名はおもしろい。
予定通り、二時には敬治居の客となつた、敬坊は早退して待つてゐてくれた、さつそく風呂を頂戴する、何よりの御馳走だつた、そして酒、これは御馳走といふよりも生命の糧だ。
敬坊はよい夫、よい父となりつゝある、それが最もうれしかつた、人間は落ちつかなければ人間を解し得ない、人間を解し得なければ人間の生活はない。
おはぎ餅はおいしかつた、餅そのものもおいしかつたが、それを食べる気持、それを食べさせてくれる気持がとてもおいしかつた。
生活の打開と共に句境も打開される、私も此頃多少の進展を持つたらしい。
暑くて、腹がくちくて寝苦しかつた。
銭 二十一銭
今日の所得 行程五里。
米 一升二合
朝月暈をきてゐる今日は逢へる
朝風へ蝉の子見えなくなつた
朝月にしたしく水車ならべてふむ
・水が米つく青葉ふかくもアンテナ
夾竹桃赤く女はみごもつてゐた
合歓の花おもひでが夢のやうに
・柳があつて柳屋といふ涼しい風
汗はしたゝる鉄鉢をさゝげ
見まはせば山苺の三つ四つはあり
・鉄鉢の暑さをいたゞく
・蜩よ、私は私の寝床を持つてゐる