「あれ、迷ったかな・・」
ダブリス王国王都・リヒトの中央部にあるラミレス宮殿の廊下では、1人の少年がそう言って辺りを見渡していた。
黒いカソックを身に纏い、漆黒の短い髪を揺らしている彼の名は、アベル。
彼は神学校を首席で卒業し、ダブリス王国の宮廷付司祭として初日を迎え、職場へと向かっている最中であった。
「確か教会へはあっちの道だったと思うけど・・」
アベルはぶつぶつと呟きながら、バッグの中から宮殿の見取り図を取り出した。
それは神学校を卒業する前夜、神学校長であるアルゴスから貰ったものであった。
“宮廷は広いから、迷う事も多いだろう。困った時にこれを見なさい。”
アベルはアルゴスから貰った見取り図を見ながら、廊下を歩いていた。
その時、前方から歩いてきた青年とアベルは真正面からぶつかってしまい、彼は額を押さえながら痛みに呻いた。
「大丈夫か?」
「あ、すいません。」
アベルがそう言ってゆっくりと顔を上げると、そこには白銀の美しい髪を持った天使が立っていた。
(綺麗な人だ・・)
アベルは暫くの間、美しい天使の姿に見惚れていた。
「これは、君のか?」
天使はそう言って細く白い指先で宮廷の見取り図を拾い上げると、アベルに手渡した。
「ええ、そうです。ありがとうございます。あの、よろしければ教会への道を教えて頂けないでしょうか? 宮廷は初めてなので迷ってしまって。」
「そうか。わたしも教会に少し用事があってね。一緒に行こう。」
「いいんですか!?」
「いいも何も、困っている者を見たら放っておけないたちでね。さぁ、行こうか。」
こうしてアベルは天使と共に無事、教会へと辿り着いた。
「アベル、遅かったね。」
教会の事務所に入ると、そこには少し不機嫌そうな表情を浮かべたアドリアン司祭が立っていた。
「申し訳ありません、アドリアン様。初めてなので道に迷ってしまいまして。」
アベルがそう言って上司に頭を下げると、アドリアンはぶすっとした表情を浮かべてこう言った。
「初出勤の日に道に迷うとは、情けない。それでも君は聖職者かね?」
「あんまり彼を責めないでやってくれないか、アドリアン。」
アドリアンの背後から玲瓏な声が聞こえてアベルとアドリアンが振り向くと、そこにはあの天使がいた。
「ありがとうございました。」
アベルはそう言って天使に向かって頭を下げた。
「君の名前は?」
「アベルと申します。」
「アベル・・美しい名だね、覚えておこう。」
天使はアベルに優しく微笑むと、彼に背を向けて事務所から出て行った。
「アベル君、ユーリ様と知り合いなのかね?」
天使が事務所から去ると、それまで黙っていたアドリアンがそう言ってアベルを見た。
「ユーリ様?」
「知らないのかね? さっき君と話していた方は、ユーリ=アルブレヒト=フォン=ダブリス。この王国の皇太子だ。」
「ええっ!」
あの白銀の髪を持った天使が、この王国の皇太子であることを初めて知ったアベルは、驚愕の表情を浮かべた。
(皇太子様だから、教会への道も知っていたんだ。)
その日の夜、アベルは宮殿に隣接する聖職者用の宿舎でベッドに横たわり、仕事で疲れた身体を休めていた。
(あの方は今、何をされているのだろう?)
アベルが目を閉じて脳裡に浮かぶのは、あの美しい皇太子・ユーリの姿だった。
初めて出逢った時からアベルは、何故かユーリに心惹かれていった。
それは、ユーリも同じ事であった。
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