槙野が摩於とともにユーリアの部屋へと向かうと、そこには暗い表情を浮かべているユーリアの姿があった。
「ユーリア様、アベルさんは何処に?」
「マキノさん、意識を取り戻されたのね、よかった・・」
ユーリアはそう言うと、深い溜息を吐いた。
「一緒に来て、アベルの所へ案内するわ。」
ユーリアとともに王宮を出て、槙野達は馬車で病院へと向かった。
「ここは・・?」
病院内に入ると、そこには消毒液の匂いが染み込む廊下を槙野達はユーリアに続いて歩いていった。
角を曲がると、そこは「集中治療室」と書かれていた。
槙野が窓硝子越しに見ると、そこには生命維持装置に全身を繋がれているアベルの姿があった。
「アベルさんに、一体何があったんですか?」
「ユーリが、“妖狐”として覚醒めたの。あたし達がユーリの内部から出た時、ユーリは何処にも居なかった。」
「ユーリ様が、覚醒めたと・・?」
槙野は思わず拳を握った。
「槙野、どうしたの?」
槙野の隣に立っていた摩於がそう言って怪訝そうな顔で彼を見た。
「何でもありませんよ、若君。」
「アベルはいつ起きるの?」
「さぁ、暫くは眠っていますが、きっとお目覚めになる日が来るでしょう。」
「そう・・今日から僕、アベルの為に祈るよ。」
摩於はそう言うと、ロザリオを握り締めた。
(アベル、早く起きて・・あなたの事を待っている人達が、こんなに居るのよ。)
ユーリアは硝子越しに眠っているアベルに向かって語りかけた。
同じ頃、麗真国の後宮では、摩於の実母・お松の方が不穏な気配を感じて怯えていた。
「お母様、どうかなさったの?」
「何だか嫌な予感がするわ・・美津、こちらに来なさい。」
美津は母の言葉に従い、衣を捌きながら彼女の傍へと向かった。
「あなたに、これを預けるわ。」
そう言うとお松の方は、懐から守り刀を取り出した。
それは美しい細工が施されたもので、職人が精魂込めて作った一級品だというのが美津にはわかった。
だがそれ以上に、その守り刀の意味を、美津は知っていた。
「これは、確か・・」
「摩於の本当の母君様のものよ。もし何かあったら、この刀を抜いてあの方をお呼びなさい。そうすれば、あなた達を助けてくださることでしょう。」
「はい、お母様・・」
美津は母の手から、守り刀を受け取った。
彼女は、母が自分の死期を悟っていると感じた。
同じ頃、奉奠に居を構える貴族の邸には、ユーリの姿があった。
身に纏っているものは菊の刺繍が施された蘇芳色の打衣で、彼が動く度に衣擦れの音が板張りの床に響いた。
「ユーリ様、ご用意は出来ましたか?」
「ああ。」
ユーリがそう言って御簾を少し捲って外を見ると、そこにはあの喪服姿の男がいた。
今日は白の内衣に、海老染めの直衣を纏い、腰下まである長い黒髪は結い上げて立て烏帽子の中へと収めてある。
「とてもお似合いですよ、ユーリ様。」
「ありがとう、匡惟(まさただ)。」
「では、参りましょうか。」
男の大きくて逞しい手を、ユーリはそっと握って彼とともに部屋から出た。
寝殿には、彼らの為に一族が集まっていた。
「あの匡惟が惚れた女とは、一体どのような女だろうなぁ?」
「さぁ、あの変わり者を好いた女子も、また変わり者。変わり者同士なら似合いだろう。」
一族の者達が色々と話していた時、寝殿に新郎新婦が入って来た。
新郎に手をひかれ、恥ずかしげに俯く新婦の姿は、まるで月の女神の化身のようだった。
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