「あなたは、あの時の・・?」
「憶えてくださったのですか、嬉しい限りです。」
男―シャルルはそう言って瑞姫に微笑んだ。
「お二人目ご懐妊おめでとうございます。」
シャルルは琥珀色の瞳で、じっと瑞姫の膨らんだ下腹を見た。
「あ、ありがとう・・わたしにお話とはなにかしら?」
「実は数日後に我が家でちょっとしたパーティーがあるので、是非とも皇太子妃様にご出席いただきたくて・・」
シャルルはそう言うと、招待状を瑞姫に差し出した。
「あら、そうでしたの・・スケジュールを調整しようかしら。」
「ありがとうございます。お待ちしておりますよ。」
シャルルはにっこりと瑞姫に微笑んだが、その笑顔には何処か翳があった。
(何だか嫌な感じ・・)
「どうした、ミズキ? 顔色が悪いぞ?」
皇帝一家と夕食のテーブルに着いていた時、瑞姫が我に返ると、隣に座っていたルドルフが心配そうに自分を見ていた。
「ちょっと、考え事をしていて・・」
「お腹の子のことか? 最近お腹が張って苦しいと言っていただろう?」
「ええ、それもありますけど・・」
瑞姫はそっと妊娠28週を迎えた下腹を擦った。
2人目の妊娠が判り、なるべく無理をしないように公務や慈善活動を制限し、身体に負担がかかるような乗馬やラクロスなどの激しいスポーツを控えてはいたが、安定期を過ぎた頃からお腹がよく張るようになった。
「ルドルフ様、実は・・」
シャルルの事を話そうと瑞姫が椅子から立ち上がろうとした時、下腹部に激痛が走った。
(駄目・・今はまだ・・)
「ミズキ、しっかりしろ、ミズキ!」
朦朧とする意識の中、瑞姫は夫が自分の手を握り締める感触がして目を開けた。
「どうか・・遼太郎を・・わたしがいなくなったら、お願いします・・」
そこで瑞姫は意識を失った。
産婦人科の権威である瑞姫の主治医によって、彼女と胎児は一命を取り留めた。
予定日より2ヶ月先に生まれて来たのは、2600グラムの元気な男児だった。
「これが、わたしの弟?」
保育器に入れられた男児を窓ガラス越しに見ながら、エルジィはそう言って父を見ると、彼は涙を流していた。
「お父様?」
「無事で良かった。エルジィ、お母様の所に行こうか?」
「う、うん・・」
2人が病室に入ると、そこには瑞姫がベッドに横たわっていた。
「お母様!」
「エルジィ・・赤ちゃん、見てきた?」
「うん。とっても元気だったよ。」
「そう。お父様と少し話したいことがあるから、ヴァレリー様とご本を読んでいらっしゃい。」
「はい、お母様。」
エルジィは元気良く病室から出て行くのを見送った瑞姫は、ルドルフの方へと向き直った。
「ルドルフ様、この人について調べて貰いたいことがあるんですけれど・・」
そう言って瑞姫がルドルフに渡したのは、一枚のメモだった。
「シャルル=ド=ラニエ・・フランス貴族か。彼がどうかしたか?」
「いつも笑顔を浮かべているんですけれど、何だか不気味というか・・わたしに対して何処か執着していて・・裏がありそうなんです。」
「解った、調べておこう。お前はここでゆっくりと身体を休めるといい。」
「ええ。ルドルフ様、蓉の様子はどうですか?」
「ヨウ?」
「赤ちゃんの名前ですよ。遼太郎が産まれた時、どちらがいいか悩んでいたでしょう?」
瑞姫の言葉に、ルドルフは思わず笑ってしまった。
その後、瑞姫と産まれたばかりの男児・蓉(よう)の経過は順調で、新年を迎える前に退院する事が出来た。
「ようちゃん、かわいい。」
母の腕に抱かれた弟の頬を、遼太郎はそう言ってつつくと、ぷにっとした感触が彼の小さな掌全体に伝わった。
蓉は両親と姉弟達の愛情を受け、すくすくと育っていった。
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