瑞姫とルドルフとの間に第2子・蓉(よう)が誕生して半年が経った。
早産で産まれた蓉がちゃんと育つのかどうか気に病んでいた瑞姫だったが、彼女の心配とは裏腹に、彼は五体満足にすくすくと育っていた。
「ようちゃん、かわいい。」
遼太郎はそう言いながら今日も弟の腕を触った。
幼いながらも兄となった喜びを遼太郎は解っているようで、毎日瑞姫の部屋にやって来ては弟の腕を飽きずに触っている。
「リョータロウはヨウのことが大好きなんだな。」
傍で遼太郎と蓉の様子を見ていたルドルフはそう言って笑った。
「ええ、本当に。それにしても来週は忙しいのでしょう?」
「ああ。この頃ブタペストの方で怪しい動きがあってな。どうやらテロリスト達が暗躍しているらしい。」
最近新聞を読む限り、帝国内で独立運動が相次ぎ、プラハで市民と治安部隊が衝突し多数の負傷者を出したことを瑞姫は知っていた。
「大丈夫なんですか、こんな時期に視察なんて・・もしルドルフ様に何かおありになったら・・」
「心配するな、今回の視察は外部に漏れぬようにしてある。もし万が一の事があっても、銃があるから大丈夫だ。」
ルドルフは不安がる妻を安心させる為に、彼女をそっと抱き締めた。
「わたしが留守の間に、子ども達を頼む。」
「解りました、お気をつけて。」
「すぐに帰ってくるから。」
ルドルフが瑞姫の頬にキスすると、遼太郎が恨めしそうに彼らを見るなり、ルドルフに抱きついた。
「ててうえ、わたちもいく。」
「リョータロウは母上と一緒にわたしの帰りを待っていなさい。連れて行きたいのはやまやまだけれど、ごめんね。」
「やだぁ、いっしょにいくんだ~!」
遼太郎はそう言ってぐずりだした。
「リョータロウ、お願いだから母上と一緒にウィーンで・・」
「やだ、やだぁ!」
遼太郎はそう叫ぶと床に寝転がり暴れた。
「いっしょにいくんだ!」
どんなにルドルフと瑞姫が宥めても、遼太郎は泣き叫びルドルフから離れようとしなかった。
「お父様はすぐに帰ってくるからね。遼太郎、ここでお母様と待ちましょう。」
「いやだぁ~、やぁ~!」
ルドルフが困り果て遼太郎を宥めようとした時、フランツが部屋に入って来た。
「どうした、リョータロウの泣き声がわたしの部屋まで聞こえたぞ?」
フランツはそう言うと、ルドルフの足にしがみ付いて泣き叫ぶ遼太郎を見た。
「いくんだぁ~、ててうえとブタペストにいくんだ~!」
「お願い遼太郎、お母様の言うことを聞いて頂戴。」
「やだぁ~!」
瑞姫がルドルフから遼太郎を引き離そうとするが、遼太郎は泣き叫んでますますルドルフにしがみついた。
「父上、ブタペストの視察にはリョータロウを連れて行きます。」
「リョータロウとお前がテロリストに殺されたらハプスブルク帝国はどうなる!?」
「危険は承知の上です。リョータロウはわたしから離れたくないようです。」
「困ったな・・」
フランツは溜息を吐くと、遼太郎を見た。
「リョータロウ、お父様と一緒に行きたいのかい?」
「うん。」
「ルドルフ、無事に帰ってくるんだぞ。」
「解りました、父上。」
翌朝、ルドルフは遼太郎を連れて視察でブタペストへと向かった。
「ルドルフ様、遼太郎の事を宜しくお願い致します。気を付けて行ってらっしゃいませ。」
「わかった。じゃぁエルジィ、ヨウ、行ってくるよ。」
ルドルフは妻と子ども達にそれぞれキスをすると、遼太郎を抱いてリムジンへと乗り込んだ。
(マリア様、どうかルドルフ様と遼太郎をお守りください。)
遠ざかってゆくリムジンを見送りながら、瑞姫は十字を切って神に祈った。
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