「あなたは席を外して頂戴。」
「は、はい・・」
女官はちらりと聡一郎と瑞姫達を見ると、部屋から出て行った。
「今更何の用ですか、小父様? 遼太郎の事はもう諦めて下さい。」
瑞姫はそう言って聡一郎を睨むと、彼はにこりと彼女に微笑んだ。
「そんな事、もう思っていないよ。それより、君も随分と偉くなったものだねぇ。」
「どういう、意味ですか?」
瑞姫の顔が一瞬険しくなった。
「まさかルドルフさんがオーストリアの皇太子だなんて吃驚だよ。そこで皇太子妃となった瑞姫さんにお願いしたい事があるんだ。」
聡一郎はそう言うと、1枚の写真を2人に見せた。
そこには虚ろな目をした男児が映っていた。
「この子は隼といってね、わたしの孫だよ。心臓に大きな病気を抱えてね、何度も手術を繰り返しているんだ。」
「それは香帆子さんから聞きましたわ。」
「オーストリアに心臓外科専門の病院があってね、そこで入院しているんだが、暫くの間上の孫を預かってくれないか?」
「上の孫、というと?」
瑞姫はそう言うと、聡一郎を見た。
「香帆子さんと上の息子は暫く隼にかかりきりで、わたし達夫婦は孫の世話などする暇がないんだよ。」
どこまで厚かましいのだろう、この男は―ルドルフはそう思いながら、聡一郎を睨みつけた。
「お断りいたしますわ、小父様。そういう事は他の方にお頼み下さいな。」
瑞姫はそう言うと、ドアを開けた。
「お客様のお帰りです。」
「は、はい・・」
ドアの近くに控えていた女官が慌てて瑞姫の言葉を聞いて頭を下げた。
「もうお会いしない事を祈りますわ、永遠に。」
聡一郎に向けられた瑞姫の声は、氷のように冷たいものだった。
「お義父様、どうでしたか?」
「駄目だったよ。それにしても瑞姫さんがあんな冷たい目でわたしを見るなんて、思いもしなかったよ。」
リムジンに乗り込みながら、聡一郎がそう言って嫁の香帆子を見た。
「涼香はどうしている?」
「あの子なら、準さんが見てくれていますわ。準さんは子ども好きなのに、子どもが出来ない身体なんてお気の毒ですわ。」
香帆子は溜息を吐くと、聡一郎を見た。
「それにしても、皇太子妃様とわたくし達は相性が悪いようですわね。」
「ああ、最悪だよ。」
ルドルフと瑞姫達は国の変革に乗り出すことになり、フランツとともに閣議に出席する事になった。
「事業仕分けをするだと?」
「ええ。昨夜ざっと現在行われている事業リストを見ましたが、税金の無駄遣いだと思うようなものが多すぎます。」
「それは良い考えだと思うが・・今からでは・・」
「市民とともに、事業仕分けを行います。国民には自分達が納めた税金がどのように使われているのか知る権利がありますから。」
ルドルフの言葉に、数日前瑞姫を非難していた閣僚たちの顔が蒼褪めた。
「開催の日時は後日発表いたします。」
「ルドルフ、最近お前の周りを嗅ぎまわっている連中が居ると聞くが、大丈夫なのか?」
「大丈夫です、それにわたしとお話ししたい方の見当はついておりますから。」
閣議室を出たルドルフは、王宮を出てシュテファンへと向かった。
「ルドルフ様。」
「彼はここに来なかったか?」
「いいえ。それよりも、わたしに渡したいものとは?」
ルドルフは上着のポケットの中から、USBメモリを取り出してシリルに手渡した。
「これを誰にも見つからない場所に隠しておけ。敵はこれを狙ってやがてこちらに来るだろうからな。」
「餌で誘き寄せるのですね・・解りました。」
天使のような笑みを浮かべると、シリルはルドルフに背を向けて歩き出した。
にほんブログ村