聖マリア小学校PTA役員会は、朗らかな笑い声とともに始まった。
「それでは来月末に開催されるバザーの出し物を決めましょう。」
PTA会長のシュタイナー伯爵夫人がそう言って役員達を見渡すと、彼女達は静かに頷いた。
「バザーは毎年各ご家庭でご不要になったものをお持ちになり、手作りのお菓子や手芸品などを売って、その収益金は福祉団体や病院などに寄付いたします。
毎年恒例の行事ですが、今年は聖マリア小学校創立150周年という節目の年を迎えますので、気を引き締めて準備を行ってくださいね。」
シュタイナー伯爵夫人はそこで言葉を切ると、バッグから1枚のファイルを取り出した。
「最近この学校で窃盗事件が多発しているとのことですが、不審者を見つけ次第わたくしか、校長に連絡してください。」
連絡事項が済み役員会が終わっても、会長と数人の役員達は賑やかに談笑していた。
その中心に居るのはシュタイナー夫人と瑞姫だった。
「それにしても、皇太子妃様は皇太子様を仲睦まじいですわね。羨ましい限りですわ。」
「あら、たまにルドルフ様とは喧嘩をしますよ。」
「喧嘩するほど仲がいいと言うじゃありませんか。皇太子様と皇太子妃様はお幸せそうで本当に良かったですわ。シュティファニー様とだったら、皇太子様はとことん不幸でしたもの。」
シュタイナー夫人はそう言うと、紅茶を飲んだ。
彼女はルドルフと前妻・シュティファニーとの不幸な結婚生活を送っている頃に、王宮で女官として働いていたので、シュティファニーがどれ程高慢な女だったのかを嫌というほど知っている為か、シュティファニーに対しては悪く言ってしまう。
「皇太子妃様とシュティファニー様とでは比べ物にならないほどですわ。いくら政略結婚とはいえ、皇太子様はあんな女と結婚してお可哀想でしたわ。まぁ、エルジィ様が皇太子様に似たのが唯一の救いでしたわね。」
「シュタイナーさん、止しましょう、そんなお話は。もう昔の事ですわ。」
瑞姫はそう言うと、やんわりとした口調でシュタイナー夫人を制した。
「そうでしたわね。それにしても窃盗事件の犯人は一体誰なのかしら? 盗まれたものは文房具やキーホルダーといった高価な物ではないけれど、窃盗は窃盗よね。ちゃんと警察に捜査して貰わないと困るわ。」
「ええ、そうですわね。まさかこの学校関係者が犯人、ということではないわよね?」
「まさか、そんな事あり得ませんわ。この学校はちゃんとした学校ですもの。子ども達もそうですわ。」
「そうですわよねぇ。」
役員達がちらちらと隅のテーブルで縮こまって座っている女性を見ていたが、やがて興味を失ったかのように、瑞姫達の方へと向き直り、取り留めのないことをまた喋り出した。
「ねぇアンナさん、シュン君のママ、来ていなかったわね。どうしたのかしら?」
帰り道、瑞姫がそうアンナに尋ねたら、彼女は苦笑した。
「あらぁ、役員会に居ましたよ、シュン君のママ。でも目立たない方だから、誰も気づかなかったんですよ。」
「そう・・」
瑞姫の脳裡に、5年前病室で泣きながら隼の手を握り締める香帆子の顔が浮かんだ。
あれから時が過ぎたが、まだ彼女は30代だというのに、老けこんでいるように見えた。
最後に病室で会った時から、今まで何があったのだろうか。
「お母様、どうしたの?」
はっと我に返ると、遼太郎が怪訝そうに瑞姫を見つめていた。
「いいえ、何でもないわ。ちょっと考え事をしていただけ。」
「そう・・バザー、もうすぐだもんね。」
「ええ。ねぇリョータロウ、シュン君のことだけど・・」
「う~ん、あの子余り好きじゃない。だって何だか人をどこか見下してるっていうか・・」
「そうそう、やけに偉そうにしてたよね!」
蓉は遼太郎の言葉に相槌を打ちながら、スープを飲んだ。
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