仁が土方家からパーティーに招待されたのは、河川敷の出来事から数日後のことだった。
「あんた、行くのかい?」
「行くしかねぇだろ。土方様っていやぁ、その名を知らぬ者はいねぇというお大尽様だぜ。」
農民として生まれ、裸一貫で会社を興して成功を収めた土方歳三の名を知らぬ者はいない。
その土方からパーティーに招待されたのだから、行く訳にはいくまい。
「あたしも行っていいのかい? あんまり良い着物はないし・・」
「親父さんが誂えてくれた着物があるじゃねぇか、それを着て行けばいい。」
「そうだねぇ・・」
流石にパーティーと言うフォーマルな場に、いつもの着流しというラフな格好で行く訳にもいかないので、仁は紋付の黒羽織に仙台袴を着てゆくことにした。
「あんた、良い男だねぇ。」
身支度を手伝ってくれた妻がそう言って頬を弛めるのを見て、仁は照れ臭そうに笑った。
「今頃俺の魅力に気づいたのか?」
「そんなんじゃないよ。」
よそ行きの着物を着た妻と共に店を出た仁は、店を出て土方邸へと向かった。
天下の土方歳三が住まう邸は、瀟洒な洋館だった。
ヴィクトリア様式の卵色の化粧漆喰で彩られている洋館の中庭には、まるで水墨画で描かれたかのような紅梅が春の訪れを告げるかのように美しく咲き誇っていた。
招待客の大半は洋装姿で、西洋人が多かった。
ホストである土方はオフホワイトのスーツとサーモンピンクのネクタイを締めた洋装姿がさまになっており、隣に立っている妻は美人画から抜け出してきたかのような美人だった。
「お待ちしておりましたわ、菱田さん。」
土方の妻がそう言って自分達に微笑んで手を差し出すと、仁はその手をそっと握った。
「本日はお招き頂いて光栄です、奥様。」
そう彼女に挨拶し、顔を上げると、冷たい紫紺の双眸がじっと自分を見つめていることに気づき、仁は恐怖で蒼褪めた。
「どうかなさったの?」
「いえ・・盛況ですね。」
「ええ。あの梅の花は土方のお気に入りなのよ。でもわたくしは梅よりも桜が好きだわ。」
総美はそう言うと、ちらりと仁の隣に立っている妻を見た。
「そちらは、あなたの奥様かしら?」
「はい・・秀美といいます。」
仁の妻・秀美は恐縮しながらも総美に挨拶した。
「この前、お宅の豆大福を頂いたのだけれど、とっても美味しかったわ。ここにいらっしゃる皆様に召し上がって頂きたいくらい。」
「それはありがとうございます、奥様。ご懐妊おめでとうございます。」
秀美はそう言うと、総美の膨らんだ下腹を見つめた。
「あなた、まだお子さんは?」
「出来ればもうそろそろ欲しいのですが・・今は忙しくて。」
「余り焦らない方がいいわ。子どもは天からの授かり物だもの。」
総美は秀美に微笑むと、夫の元へと向かった。
「あなた、菱田さんがいらしたわ。」
「そうか。千尋、行って来い。」
「え?」
突然土方にそう命じられ、虚を突かれた千尋は彼を見ると、彼はそっと千尋の肩を叩いた。
「さりげなく事件の事を聞け。女房が傍に居るんだから、下手な真似はしねぇだろう。」
「はい・・」
土方が菱田をパーティーに招待した真意に、千尋はこの時気づいた。
「では、行って参ります。」
千尋は土方に頭を下げ、菱田達の方へと歩いていった。
「すいません、少しお話ししても?」
あの金髪の少女が自分の前に突然現れ、仁は驚愕の表情を浮かべながら彼女を見た。
少女は紛れもなく、あの河川敷で見た少女だった。
いよいよ犯人(仁)と千尋の直接対決です。
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