1920年5月、上海。
10年前、日本を出て上海で事業を興し成功した三郷洋之助は、フランス租界の近くに広大な屋敷を構え、今日も妻子とともに朝食をとっていた。
洋之助には妻の邦江と、長男の悠里と邦明がいた。
「今日は何かと忙しいわね。午前中は亮夫人のティーパーティーだし、午後から夕方は李夫人のガーデンパーティーだし・・」
邦江はそう言って手帳を広げながら今日の予定をこと細かくチェックしていた。
「悠里、あなたも来るのよ。あなたもそろそろ社交界に顔を出さなければいけない年頃よ。」
「俺、行かない。」
悠里はそう言ってフォークを節が白くなるまで強く握り締めた。
「何を言うのよ、あなたは・・」
「とにかく、行かないからっ!」
悠里は荒々しく椅子をひき、屋敷を飛び出した。
「あの子には困ったものだわ・・私の言うことはちっとも聞きやしないんだから・・」
邦江がそう言ってため息をついてカップに手を伸ばそうとした時だった。
リビングのドアが荒々しく開き、黒服に身を包んだ男達がライフルや拳銃を手になだれ込んできた。
「なんなんだ、お前達はっ!」
洋之助は家族を守ろうと、リーダー格と思しき黒髪の男の前に立ちはだかった。
「うるさいやつだ、黙れ。」
男はそう言って洋之助の眉間を撃った。洋之助はゆっくりと床に倒れていった。
「あなた、あなたぁ!」
目の前で夫を失い、邦江は泣き叫んだ。
「始末しろ。」
男の命令によって、平和な朝の風景は、たちまち惨劇の舞台へと化した。
逃げ惑う邦江と邦明、そして使用人たちの泣き叫ぶ声と、リビングに断続的に響く銃声。
すべてが終わった頃、邦江達はもう鬼籍に入っていた。
「・・手間をかけさせやがる・・」
黒髪の男はそう言ってため息をつき、惨劇の舞台を後にした。
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