「どうした、ユリウス?」
「急に胸が苦しくなって・・」
ユリウスはそう言うと、荒い呼吸を繰り返して床に蹲った。
「ルドルフ様、先に行ってください・・」
「何を言っている!早くここから出ないと・・」
ルドルフがユリウスを立たせようとした時、彼の瞳が翠ではなく紫に染まっていることに気づいた。
「ユリウス?」
「お願いします・・早くわたしを置いて逃げて!」
ユリウスはそう叫ぶと、ルドルフから離れた。
「おい、ユリウス!」
ルドルフはユリウスの方へと駆け寄ろうとしたが、突然天井が崩落してしまい、ルドルフが瓦礫をどけようとしている内にユリウスは廊下の奥へと消えていった。
(一体ユリウスに何が・・)
ルドルフが廃病院を出た途端、上空から眩しい光が照らされ、上空に旋回していたヘリが着陸し、中から武装した男達が出てきた。
「お前ら、一体何者だ!」
ルドルフが男達を睨み付けると、プラチナブロンドの髪をなびかせた大天使・ガブリエルが彼の前に現れた。
「君が、わたしの天使を魔の色に染めた。」
ガブリエルは憎しみに満ちた視線をルドルフに送ると、腰に帯びていたサーベルを抜き、その刃をルドルフの首筋にあてた。
「どういうことだ?」
「ユリウスは君の所為で魔物に・・人の生き血を啜る化け物となってしまったんだ!君が、ユリウスの手を早く手放さないから!」
「わたしの所為で、ユリウスが?」
「そうだ、ユリウスは本来ならあの時、わたしの元に来る筈だったのに、それを君が邪魔をした!」
ルドルフの脳裡に、遥か遠い昔の出来事が浮かんだ。
“力”が暴走し、自分に襲われそうになったユリウスは短剣で自害した。
そこで彼の人間としての命は終わる筈だった。
だがルドルフが魔女・ハンナに唆されて無理矢理彼を蘇生してしまった。
その所為で彼はルドルフと同じ吸血鬼として生きることになった。
「どうすれば、ユリウスを救えるんだ?」
「方法は唯一つ、君がユリウスに殺されることだ。もはや彼は、誰にも止められない。」
ガブリエルがそう言った時、廃病院の内部で突如爆発が起きた。
「ユリウス!」
廃病院の中へと戻ったルドルフは、必死にユリウスの姿を探した。
瓦礫を掻き分け、奥へと進むと、そこにユリウスの姿を見つけた。
「ユリウス!」
「ルドルフ様・・まだお逃げにならなかったんですね・・」
ユリウスはそう言うと、ルドルフに微笑んだ。
「お前を置いていけるわけがないだろう。」
「そうですか・・」
視線の端に何かが光ったかと思うと、銀の刃がルドルフの胸を貫いた。
「ユリウス?」
「申し訳ございません、ルドルフ様。わたしはここで、あなたと共に死にます。」
そう言ったユリウスの翠の双眸には、涙が溢れていた。
「そうか・・それが、お前の望みなのか?」
ルドルフの問いに、ユリウスは静かに頷いた。
一方、あの手術室にはシシィ=ローゼンフェルトの姿があった。
「愚かな人間達・・全て焼き尽くしてしまいましょう。」
シシィはそう呟くと、呪を唱えて騰蛇を呼びだした。
手術室は黒い炎に瞬時に包まれた。
「あら、こんなところに鼠が紛れこんでいるわ。」
ユリウスが振り向くと、そこにはルチアーナ号で見た少女が立っていた。
「あなた、死んだ筈では?」
「ええ、死にましたわ。でも、生まれ変わりましたの。」
シシィはそう言うと、にぃっと口端を上げて笑った。
「あなた達には、ここで死んでいただきます。」
彼女は炎の雨をユリウスに向かって降らせた。
ユリウスは、意識が朦朧としているルドルフの身体を抱き締めながら、静かに目を閉じた。
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