聖良がローゼンシュルツ王国皇太子として鷹城家で暮らし始めて2週間が経った。
突然知らされた自分の出生の秘密に驚く暇もなく、聖良は日夜リヒャルトら王室関係者から皇太子となる為のレッスンを受けていた。
「セーラ様、今日からわたくし達があなた様を立派なプリンスにしてみせます。」
そう言ったリヒャルトの言葉で、分刻みのレッスンが始まった。
テーブルマナーから始まり、帝王学や楽器のレッスン、そしてワルツのレッスンなどが朝から晩まで休みなしに続いた。
初めはそのハードなスケジュールに困惑し、疲労困憊だった聖良だが、今更皇太子をやめて警官に戻るなどということは許されない状況にある為、全力でレッスンに臨むしかないと彼は決意した。
レッスンにも漸く慣れてきた頃、聖良宛に某有力政治家から舞踏会の招待状が届いた。
「この間まではこんな人から招待状貰う身分じゃなかったのになぁ・・何だか変なカンジ。」
招待状を見ながら、聖良はそう言ってコーヒーを飲んだ。
「セーラ様、皇太子様としてのあなたには擦りよって来る連中が沢山いらっしゃることをお忘れなく。彼らはあなたの寵愛を受けようと欲を出すハイエナ共です。」
リヒャルトは使用人に聖良宛の招待状を処分するよう命じた。
「今は舞踏会やパーティーに出ている暇はありません。来月末には英国の長期滞在が控えていらっしゃるのですから、本日からキングス・イングリッシュのレッスンも受けませんと。」
「待てよ、そんな話一度も聞いてないぞ!?」
聖良はリヒャルトを睨んだ。
「あなたがどうお思いになられようと、最終的に決めるのはわたくし達です。
今までの急ごしらえのレッスンではまだまだ社交界にお出しできません。英国で紳士の作法を身につけませんと。」
「急にそう言われても・・まだ職場への挨拶も行っていないし、それに義父にだって・・」
聖良の隣で荒々しく椅子が引かれる音がして、暁人がダイニングを飛び出して行った。
「暁人、待って!」
聖良は慌てて暁人の後を追った。
「嘘吐き、ずっと一緒にいてくれるって言ったのに!」
暁人はそう叫んで涙を流した。
「俺だって渡英することはさっき知ったばかりなんだ。俺はお前に嘘なんか吐いてない・・」
「ねぇ聖良、俺におにぎり作ってくれたとき、ずっと一緒にいてくれるって言ったよね?約束してくれたよね?どうして俺を傷つけるの、どうして俺にできない約束なんかするの、答えてよ!」
暁人は目に涙を溜めながら幼馴染に詰め寄った。
「暁人、英国行きのことはあの人と話し合ってみるから・・だから落ち着いて・・」
「落ち着いてなんかいられないよっ!聖良の馬鹿、大嫌いっ!」
暁人は聖良の頬を平手で打ち、廊下を走り去って行った。
「暁人、ごめん・・」
赤く手形が残り、ヒリヒリする頬を擦りながら、聖良は小さくなってゆく幼馴染の背中に向かって小さく呟いた。
「セーラ様、どうなさいましたそのお顔は!?」
リヒャルトが血相を変えてダイニングから出てきた。
「暁人とちょっと喧嘩しちゃった。多分あいつもう俺の事許してくれないだろうな。」
「こんなに腫れてしまって・・すぐに氷で冷やしませんと・・」
「大丈夫、これ位大したことないから。」
聖良は無理に笑顔を作り、ダイニングへと戻った。
「橘君、君にちょっと話したい事があるんだが、いいかな?」
朝食後、部屋に戻ろうとした聖良を、溪檎がそう言って呼び止めた。
「いいですけど・・俺に何か?」
「君は弟の事をどう思っているんだ?英国行きの事を弟に黙っていて、彼に許されるとでも思っていたのか?」
溪檎は聖良を睨んだ。
「俺は別に、暁人を傷つけようとしたんじゃ・・」
「ではどういうつもりで英国行きを決めた?答えろ!」
憤怒の表情を浮かべながら、溪檎は聖良の華奢な身体を壁に押し付けた。
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