知幸と元同僚達と夢のような楽しい夜を過ごした後の聖良には欧州社交界デビューを控え、リヒャルトをはじめとするローゼンシュルツ王室関係者によるレッスン漬けの日々であった。
外国語の勉強も加わり、朝から夜までの分刻みのスケジュールは、鷹城邸にいる頃よりもハードになっていったが、聖良は弱音ひとつ吐かなかった。
(俺は決して日本には戻らない。ここには俺の居場所はないんだから・・)
そう思い込み、聖良はひたすらレッスンに打ち込んだ。
週末、彼はリヒャルトと共に横浜へと向かった。
「来ましたね。」
養父はそう言っただけで聖良を優しく抱き締めてくれた。
「お義父様、今までわたしを育てていただいてありがとうございました。もう俺は二度と日本に戻る事はないでしょう。」
「わかっていますよ、聖良。あなたをこの家に迎えた時から、いつか別れが来ると思っていました。」
聖太は実の息子のように慈しみ愛情深く育ててきた皇子をギュっと抱き締めた。
「今夜はここで夕食を食べてゆきなさい。親子2人の、最後の晩餐になると思いますから。」
「ええ、いただきます。」
聖良はそう言って養父を抱き返した。
養父と共に施設内に入ると、かつての仲間が聖良を出迎えた。
そこには、裕樹の姿もあった。
「よう、久しぶりだな、俺の椿姫。」
彼は聖良の腰を強く抓った。
聖良がその痛さで顔をしかめると、彼は憎しみの籠った瞳で聖良を見た。
「俺を捨てたんだな、この裏切り者。お前だけは信じていたのに・・」
聖良は裕樹の言葉を聞いた瞬間、自分に襲い掛かって来た暁人の姿が脳裏に浮かんだ。
「後で話がある、いいか?」
裕樹の言葉を無視して、聖良は養父とともに食堂へと入った。
「聖良の新たな旅立ちに、乾杯!」
聖太の言葉で、ワイングラスが高々と掲げられ、宴が始まった。
警官時代の送別会とは違い、幼い頃から気心の知れた仲間達との宴は、聖良にとって楽しいものとなった。
「こうしてみんなでテーブルを囲むのも、これで最後でしょうね・・」
聖太はそう言って愛しい子ども達を見た。
「お義父様、何言っているんですか?まだ施設は運営してゆくのでしょう?」
「運営を存続しようとあらゆる努力をしてきましたが・・もう限界のようです。今年のクリスマスが終わった後、“白百合の家”の歴史は完全にピリオドを打つこととなります。聖良、あなたはわたしの父になれてよかったです。あなたが記憶を取り戻しても、あなたはわたしの愛しい息子であることは変わりません。」
「お義父様・・」
聖良の脳裏に、聖太と過ごした22年間が走馬灯のように駆け巡った。
あの時祖国の事や家族の事など忘れ、何も知らなかった幼い子供だった自分は、いつも聖太の温かな愛に包まれて成長した。
(お義父様、あなたの息子であることを誇りに思い、一生忘れません・・)
「ちょっといいか?」
楽しい晩餐の後、かつて自分が過ごした部屋へと向かおうと階段を昇ろうとしたとき、聖良は裕樹に声をかけられた。
「いいけど、何?」
「いいから、来いよ。」
裕樹は聖良の腕を引っ張り、空いている寝室へと入るなり、聖良をベッドに押し倒した。
「おい、何する・・」
「決まってんだろ、お前を今ここで抱くんだよっ!」
裕樹は聖良の顎を掴むと、荒々しくその唇を貪った。
「ん、苦し・・」
裕樹は聖良の口腔内を充分に味わうと、彼の象牙色の首筋に薔薇色の刻印を刻み始めた。
「俺はお前のもんになるんだ、絶対に・・」
にほんブログ村