「皇太子様の怪我のお具合はいかがですか?」
聖良が鹿狩りの帰りに何者かに襲われたことを知ったロバートの両親であるヘルネスト伯爵夫妻が聖良が手当てを受けている診察室の前にやって来た。
「幸い怪我の程度が軽く、脳震盪(のうしんとう)を起こしていましたが脳に異常は見られませんでした。すぐに退院できるとお医者様がおっしゃっておりました。」
「このたびは息子が鹿狩りに誘った所為で皇太子様を危険な目に合わせてしまって、大変申し訳ございません。」
ヘルネスト伯爵夫人は顔面蒼白になりながらリヒャルトにそう言って詫びた。
「あれは事故です。誰の所為でもありません。どうか顔をおあげになってください。舞踏会には必ず伺いますから。」
ヘルネスト伯爵夫妻は安堵した表情を浮かべながら病院から去って行った。
「入ってもよろしいでしょうか?」
リヒャルトがそう言って診察室のドアをノックすると、中から聖良の叫び声が聞こえた。
「セーラ様、どうされましたか!」
「痛い、しみる!」
怪我をした箇所に消毒薬を押しあてられ、聖良は悲鳴を上げた。
「消毒くらいで悲鳴を上げないでください。」
リヒャルトは溜息を吐きながら眉間を揉んだ。
「あの人、何処行ったの?俺、あの後のこと全然覚えていないんだけど・・」
「ミカエル様の事でしたら心配要りません、わたしが話をつけておきます。」
リヒャルトはそう言って診察室を出た。
「ミカエル様、お待ちください!」
病院のロビーを横切ろうとしていたミカエルを見つけ、リヒャルトは大声で彼の名を呼びながら階段を駆け下りた。
「煩いなぁ、ここは病院だよ?少し静かにできないの?」
「あなたにお聞きしたいことがあるんです。」
「何?」
「セーラ様を襲ったのは、ミカエル様、あなたですね?」
リヒャルトの言葉を聞いたミカエルの蒼い瞳が、少し翳ったが、またいつものような冷たい輝きに戻った。
「だったらどうだっていうの?言いたいことがあるならはっきり言いなよ。」
「あなた様は、一体何を考えていらっしゃるのですか?セーラ様に何をなさるおつもりで英国に・・」
「そんなこと、お前ごとき話すことじゃないよ。立場を弁(わきま)えなよ。」
ミカエルは冷たくリヒャルトを睨むと、溜息を吐いた。
「お願いです、ミカエル様。決してセーラ様を傷つけないと約束してください。」
「今週末の舞踏会で楽しいことが起きるよ。」
「ミカエル様っ!」
遠ざかってゆくミカエルの背中をリヒャルトは、いつまでも見ていた。
「やぁ、待たせたね。」
病院のタクシー乗り場で、ミカエルは黒いコートを纏い、寒空の中自分を待っていたフリーゼに声をかけた。
「俺に話したいこととは何だ?」
「まぁ、それはタクシーの中で話そうじゃないか。それより、舞踏会には出るの、出ないの?」
「出るに決まっている。客として招かれたんだからな。」
「そう・・じゃぁ君にひとつ、頼みたいことがあるんだけど。」
ミカエルはリヒャルトの耳元に何かを囁いた。
「お前・・本気なのか?」
「僕は本気だよ、いつでもね。」
ミカエルはそう言って笑った。
「今週末が楽しみだね?」
天使の名を持つ青年は美しかったが、その心は悪魔のように醜かった。
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