ウィーンのホテルの部屋でリヒャルトが窓から月を眺めていた。
(セーラ様・・)
月を見ながら思うのは、たった1人の男―長い間探し続けていた大事な主の事だった。
あの日本人記者から聖良のロザリオを受け取った後、彼から聖良がリシェーム王国の後宮で暮らしているということをリヒャルトは知った。
(あの方が、何故後宮のような場所に。)
英国で謎の男達に襲われてから数ヶ月経つが、その間リヒャルトは必死に聖良の消息を探し続けた。
マスコミが聖良死亡説を発表すると、世間もそれを支持した。
だがそれでも、リヒャルトは諦めることができなかった。
ずっと探し続けて来て、やっと再会する事が出来た聖良を失いたくないと思ったから。
「もう、あの日から22年も絶つのか・・」
祖国が紅蓮の炎に包まれ、全てが灰燼(かいじん)となった日。
あの日の事は、生涯忘れることなど出来ないだろう。
何故なら、聖良と生き別れた日だから。
あの日の事を思い出すたびに、胸が締め付けられる。
代々王家を守る近衛隊長を任命されてきたマクダミア伯爵家当主である父は、反乱軍によって王都が陥落寸前に陥ろうとも決して王都から離れようとしなかった。
「リヒャルト、良く聞け。マクダミア伯爵家の男子として生まれたのなら、この身を盾にして、陛下と皇妃様をお守りするのだ。」
幼い頃から父に叩きこまれた言葉。
病弱の身でありながら、リヒャルトは自分なりに皇帝一家のことを守ろうとした。
だが非力な子どもがどう足掻いても、戦火は収まらず、聖良は日本人の神父と共に彼の母国・日本へと亡命した。
あれから20年以上も歳月が過ぎ、王国大使として日本に赴いたリヒャルトは聖良と再会を果たした。
それから彼とともに過ごした数ヶ月間は、リヒャルトにとって幸せな時間だった。
再び彼が、自分の目の前から消えてしまうまでは。
(遠い異国の地で、国王の愛妾として過ごされるなど・・さぞや辛い思いで毎日を送られていることでしょう・・)
ベッドに寝転ぶと、首に提げている聖良のロザリオをそっと触った。
(セーラ様、あなたは今何をなさっておられるのですか? わたしがあなたの事をお慕いしている間に、あなたはどなたの事を想っていらっしゃるのでしょう?)
同じ頃、リシェーム王国の宮殿から少し離れた砂漠で、聖良は駱駝(らくだ)に揺られながら美しい月を見ていた。
「綺麗・・」
「そうだな。」
駱駝の手綱を握っているリシャドはそう言って聖良に微笑んだ。
「やっと、笑ってくれたな。」
「ありがとう、あなたのお蔭だよ。」
月が砂漠を幻想的に照らし、まるで聖良は夢物語の住人になったかのような気分だった。
ふと、彼の脳裡に菫色の美しい瞳を持ったリヒャルトの姿が浮かんだ。
(リヒャルト、今何処に居るの? 同じ月を眺めながら、あんたは俺の事を想ってくれているのかな?)
美しく幻想的な月を眺めながら、リヒャルトと聖良は互いの事を想っていた。
「セーラ、帰るか。」
「うん。」
「飛ばすから、つかまってろよ。」
リシャドは駱駝に何か声を掛けると、駱駝は宮殿の方へと駆けていった。
彼の逞しい背中に抱きつきながら、聖良は何故か彼に惹かれてしまう自分から目を背けてしまいたいと思った。
そうしなければ、何か大切なものが壊れてしまう気がするから。
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