「目撃者は?」
「居ない。現場は人気のない森で、居たのは俺と母上だけだ。それに母上が落馬した騒ぎに乗じて、犯人は現場から逃げ出したんだろう。」
「セーラ様、現場に案内してください。何か証拠を残しているのかもしれません。」
「そうだな。」
すぐさま聖良とリヒャルトは、狩猟場へと向かった。
「ここが、母上が襲われた場所だ。」
聖良が指した先には、矢で傷ついた木があった。
「矢はどんな種類のものですか?洋弓ですか、それとも日本の弓ですか?」
「いや、ボウガンだ。素人でも簡単に扱えるものだ。それでも、母上が居た場所と犯人が居た場所の距離はだいたい3メートル前後。鬱蒼と茂った森の中で母上に狙いを定めて射つのは至難の業だ。」
「では、弓術に長けている者の犯行でしょうか?」
「決めつけるのはまだ早い。さてと、日が暮れる前に犯人につながる証拠でも探すか。」
聖良とリヒャルトは手分けして現場周辺を探ってみると、リヒャルトが突然大声を上げた。
「どうした?」
「セーラ様、こんなものが落ちておりました。」
「見せてみろ。」
リヒャルトがハンカチで包んで聖良に見せたものは、男物の腕時計だった。
ダイヤの文字盤から見て、高級品だと一目で解った。
「犯人は男ということですか?ですが、皇妃様のお命を狙う暗殺者なら、このような物を身につけない筈。」
「それもそうだな。この事は、お前の父に伝えよう。戻るぞ。」
「ええ。」
リヒャルトと聖良が狩猟場から去っていくのを、誰かが見ていた。
「森で、この時計を見つけたのですか?」
「ああ。何か知っていることはあるか?」
その夜、聖良はマクダミア邸でリヒャルトの父・ハインツに腕時計を見せると、彼は低く唸った。
「そういえば、その時計を嵌めていらっしゃる方を存じております。確か・・アドリアーノ=オージェ殿が・・」
「本当ですか、父上?アドリアーノ殿が、この時計を嵌めているのを見たのですか?」
「ああ。気障な彼は、全身高級ブランドで固めていてな。サングラスや時計、靴でも高級品しか身につけない性格なんだ。しかし森に何故彼の時計が?もしや、セーラ様はオージェ殿が犯人だと?」
「彼は違うだろう。母上から聞いたが、オージェ家の人間は王家を憎むよりも、王家に取り入ろうと必死だ。まぁそのアドリアーノとやらとは面識がないから、奴が何を企んでいるのかは知らんがな。」
「アドリアーノは一方的にわたしを憎んでおりました。遠征先では色々と嫌がらせを受けました。」
「ほう、面白そうな話だな。夜は長い。リヒャルト、詳しくその話を聞かせてくれるか?」
リヒャルトは遠征先でアドリアーノから陰湿な嫌がらせを受けたことを話した。
「ふん、そんな器の小さい男は放っておけ。ハインツ殿、この時計は俺が預かっておきます。いざという時の為に。」
「何をお考えなのですか?」
「それはまだ申し上げる事はできません。夜分遅くにお訪ねして失礼致しました。では俺はこれで。」
聖良はそう言ってハインツに頭を下げると、颯爽と愛馬に跨り、マクダミア邸を後にした。
「やはり、あのお方がこの国の未来を変えるのか。それまでに、長生きしなければな。」
ハインツはそう呟くと、寝室へと戻った。
翌朝、聖良はクララに振袖の着付けを手伝って貰っていた。
今日はローゼンシュルツと日本の国交樹立120周年を祝して、王宮庭園内で茶会が行われる予定であった。
「良くお似合いですよ、セーラ様。」
「そうか。」
鏡の前に立った聖良は、真紅の布地に桜と牡丹の模様をあしらった振袖を纏っていた。
「さぁ、参りましょう。皆様がお待ちですわ。」
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