「あなたがわたしのことを悪く言っているというのは、本当なの?」
ルチアは自分を睨んでいるメリッサを見ながら言った。
「ええ、本当ですわ。あなたのことが気に入りませんから。」
「貴様、ここで手討ちにしてくれる!」
レオンは腰に帯びている剣へと手を伸ばそうとしたが、ルチアはそれを止めた。
「何故止めるのです?」
「はやまったことをしないで、レオン。メリッサ、何故わたしを気に入らないの? お高くとまっているからかしら? それとも、あなたが好きな人を独占していることが気に入らないの?」
ルチアの言葉に、メリッサは顔を赤くして俯いた。
「レオン、あなたのことが好きなのよ、この子は。だからわたしとあなたの仲を誤解しているようだわ。」
レオンはじろりとメリッサを睨むと、彼女はレオンから後ずさった。
「メリッサ、済まないがわたしは君の気持ちには応えられない。」
レオンの言葉を聞いたメリッサは、両手で顔を覆って衣装部屋から出て行った。
「あなた、もっと言い方があるんじゃないの?」
レオンがルチアに振り向くと、彼女は呆れたような顔をして彼を見ていた。
「わたしは正直に自分の気持ちを彼女に伝えただけですが。」
「それが駄目だというのよ。あんな言い方したら誰だって傷つくわ。あなたって人は、そういうところが鈍いんだから。」
衣装部屋を出たレオンは、ルチアの部屋に着くまで彼女から小言を言われた。
「仕方ないでしょう、わたしは今まであなた様以外の方とはお付き合いしたことがないんですから、女性の気持ちなんかわからないですよ。」
「わかろうとする努力が足りないのよ、あなたには。これじゃぁ、お先真っ暗ね。」
ルチアはお気に入りのソファに腰を下ろすと、大袈裟な溜息を吐いた。
「ルチア様、舞姫様がお会いしたいとおっしゃっておりますが・・」
「いいわ、通して。」
扉が開き、アンダルスが長いプラチナブロンドの髪を揺らしながら部屋に入って来た。
「お久しぶりです、ルチア様。」
「お久しぶりね、アンダルス。元気そうだこと。」
「ええ、まぁ。それよりもさっき、衣装部屋の子とすれ違いましたけど、泣いてましたよ? 何かあったのですか?」
「原因はレオンに聞いて頂戴な。」
ルチアはそう言ってレオンを見た。
「ルチア様、この者は?」
「レオン、この方はアンダルス、国王専属の舞姫よ。アンダルス、こちらはわたしの騎士のレオンよ。」
「はじめまして。」
アンダルスは姿勢を正してレオンに向かって優雅にお辞儀した。
「こちらこそ。君の噂は聞いているよ、勝気で負けず嫌いな舞姫様だと。」
「へぇ、そりゃ嬉しい事ですね。遠回しな嫌味を言われるよりもずっといいや。」
アンダルスはそう言うと、ソファの上に飛び乗った。
王族の前でこんなに寛いだ姿を見せるなど、この舞姫は肝が据わっているに違いない。
そんな彼女の姿を見ながらも、ルチアは眉をしかめたりはせず、寧ろ彼女に微笑んでいるではないか。
「ルチア様、舞姫様とはお知り合いなのですか?」
「お知り合いというよりも、わたしの大切な友人よ。それにこう見えても、アンダルスは男の子よ。」
「嘘をおっしゃらないでください、ルチア様。このように愛らしい華奢な舞姫が男など・・」
2人の会話を聞いていたアンダルスはソファから立ち上がると、レオンの前でドレスの裾を捲ってみせた。
「え・・?」
そこには、自分と同じものがついていた。
「これでわかったでしょう? 大丈夫、俺はお姫様とは変な関係にはなりゃしないから、心配しなくていいよ。」
呆然としているレオンを見ながらアンダルスはそう言うと、欠伸をした。
「あ~あ、最近忙しくて疲れが溜まってるんだよね。人気があるのはいいけど、毎晩宴に呼ばれてちゃぁ身体が幾つあっても足りないや。」
「まぁ、そんなにあなたの舞は見る人の心を惹きつけているっていうことじゃないの。あなたは人気があるのにそれを鼻に掛けないところが良いって、あなたの舞を見た貴族がおっしゃってたわ。」
「そうですか? なら一生懸命稼がないとね。ルチア様、俺はこれで失礼致します。」
ソファに横たわっていたアンダルスはさっとドレスの皺を伸ばして立ち上がると、ルチアとレオンに優雅に礼をして部屋から出て行った。
「面白い子でしょう?」
ルチアはそう言って、にっこりとレオンに笑った。
「ええ・・」
ルチアの部屋を出て廊下を歩きながら、アンダルスは口笛を吹いていた。
あのルチアの騎士が自分が男であることを証明した時の、驚いた顔が忘れられなかった。
(あんなに驚くことないのになぁ・・)
「随分と楽しそうだね。」
前方から声を掛けられ、アンダルスがそちらを見ると、そこにはあの司祭・ダリヤが彼の元へと歩いてくるところだった。
「何の用? あんたとは余り話したくないんだけど?」
アンダルスはそう言うと、じろりとダリヤを見た。
「随分と嫌われてしまったようだが、まぁいい。わたしだって従者を君に奪われたんだからね。」
ダリヤはアンダルスに一歩近づくと、アンダルスの髪を一房掴んだ。
「本当に綺麗な髪だね。ガブリエルはいつもこの髪に顔を埋めているところを想像すると、嫉妬してしまうね。彼の奥方も、自分の夫が男の踊り子にうつつを抜かしていると知れば、心穏やかではなくなるだろう?」
「今、何て言ったの? ガブリエルに奥さんがいるとかなんとか・・」
「おや、知らなかったの?」
アンダルスの狼狽した顔を見ると、ダリヤはそう言って勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「ガブリエルにはちゃんとした家柄の奥方が居るんだよ。しかも、彼女は彼の子を宿している。まぁ、君は単なる遊び相手だったに過ぎなかったんだよ。」
それ以上聞きたくなくて、アンダルスはダリヤを押し退けて廊下を走り去っていった。
その夜、アンダルスはダリヤの言葉が真実なのかどうかを確かめる為に、ガブリエルの部屋を訪れた。
「ガブリエル、ひとつ聞きたい事があるんだけど・・」
「何だ?」
「あんた、結婚しているって本当? しかも奥さんはあんたの子を妊娠してたって・・」
ガブリエルはアンダルスの言葉を聞くと、溜息を吐いた。
「本当だ。だが、妻はわたしの子を宿したまま死んだ。」
「そう・・そんな事があったの。ダリヤが変な事言うもんだから・・」
「あいつの言う事は気にするな。」
ガブリエルはそう言ってアンダルスを抱き締めた。
「わたしはお前しか愛さないことに決めた。」
「本当?」
「本当だ。」
ガブリエルはアンダルスの唇を塞いだ。
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