どれ位病院のベンチに座っていたのかはわからないが、アレックスに一人の医師が話しかけてきたのは、夜明け前のことだった。
「お爺さんは大丈夫だよ。あと二、三日もすれば退院できるだろう。」
「ありがとう・・ございました。」
「今日も学校があるんだろう?無理をしないで休みなさい。」
「はい・・」
医師の優しい言葉に、不安で波立っていたアレックスの心が少し和らいだ。
バスに乗って祖父母の家へと戻ると、その前には見慣れぬ車が停まっていた。
ドアを開けて中に入ると、キッチンからは美味しそうなパンケーキの匂いがしてきた。
「アレックス、久しぶりね。元気にしてた?」
そう言ってアレックスに笑顔を浮かべたのは、父の愛人であるキャサリンだった。
NYでコンサルタントをしていた父・アレンの同僚だった彼女は、妻子もちである彼と長年不倫関係にあり、アレックスの母・メグとは高校時代の親友でもあった。
「何であんたがここにいるのさ?」
自分から両親と温かい家庭を奪った張本人を目の前にして、アレックスの声は自然と刺々しくなった。
「あら、あなたのお祖父様が倒れたって聞いたから、すぐに高速を飛ばして駆けつけたのよ。」
「それでずかずかと他人のキッチンでパンケーキを焼くんだ?へぇぇ、流石人の家庭を壊しただけの無神経さはいまだに健在だね!」
自分をアレックスが歓迎していないことに気づいたのか、キャサリンの顔から笑顔が消えた。
「ねぇアレックス、あなたはわたしのことを憎んでいるんでしょうけど・・」
「もうすぐわたしたちは家族になるのよ、って?言っておくけど、俺の親権はお祖父ちゃんに移ったんだよ。だからあんたと家族にはならないよ。」
「そう。昔から思っていたけれど、あなたって本当にかわいげのない子ね!」
「お生憎様。パンケーキは食べるから、作り終わったらさっさと帰ってくれない?」
もう何を言っても無駄だとわかったのか、キャサリンは無言でエプロンを外してそれをバッグの中へと突っ込むと、裏口のドアを叩きつけるように閉めてから外へと出て行った。
「二度とくるな、汚らわしい娼婦め!」
キャサリンが車に乗り込む前に、アレックスは彼女に罵声を浴びせるとさっさと家の中へと戻っていった。
祖父が突然倒れたことはショックだが、あの女に我が物顔で料理されるのも十分ショックだし、むかついた。
こんな気分で授業を受ける気にはなれないと思ったアレックスは、学校に連絡して今日は休むことを伝えた。
マックスが用意してくれた部屋に入り、ベッドに横になると、アレックスは深い溜息を吐いて目を閉じた。
やがて窓に何かが当たっているような気がして彼がカーテンを開けて外を見ると、そこには昨日学校で見かけたウォルフが家の前に立っていた。
どうして自分の家がわかったのだろうとアレックスが呆然とウォルフを見ていると、枕元に置いていたスマートフォンが鳴った。
「もしもし?」
『ちょっと外に出て来いよ。お前に面白いものを見せてやる。』
すばやく着替えを済ませて家から出てきたアレックスを、ウォルフは金色の瞳で見つめていた。
「面白いものって、何?」
「あれに乗ればわかるさ。」
そう言ってウォルフが指差したのは、ハーレーのバイクだった。
「ちゃんとつかまれよ。」
「う、うん・・」
ウォルフの腰につかまると、彼はバイクのエンジンを掛けて弾丸のように幹線道路を飛び出していった。
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