「何が、“俺のため”だ?笑わせるな!あんたはスキャンダルを避けるため、俺をこの家に入れようとしていることくらい、お見通しなんだよ!」
「まぁ、なんて乱暴な子なのかしら!やっぱりあの魔女の息子だけあるわね!」
タンバレイン夫人は憎しみに滾らせたアイスブルーの瞳でウォルフを睨みつけると、彼に向かって水を掛けた。
「アビゲイル、よさないか!」
「さっさとここから出ておゆき、汚らわしい娼婦の息子め!」
「言われなくともでていくさ!」
ウォルフはアレックスの手を掴むと、ダイニングから飛び出していった。
その拍子にピーチ・コブラーを運んできたアーニーとぶつかってしまい、アレックスは慌てて彼女の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ。それよりもあたしに構わず、ウォルフ坊ちゃんのことを見てあげてください。」
「でも・・」
「アーニー、折角のデザートが台無しじゃないの、この愚図!」
アーニーが台無しになったピーチ・コブラーを片付けていると、タンバレイン夫人が彼女に罵声を浴びせた。
「申し訳ございません、奥様。」
「まったく、これだから黒人は嫌なのよ!さっさとそこを片付けて、作り直してちょうだい!」
そう憎々しげにアーニーを睨みつけながらダイニングへと戻ったタンバレイン夫人に、アレックスは強い怒りを感じて彼女へ抗議しようとした。
だが、アーニーが彼の手を掴んでそれを止めた。
「あたしのことには構わずに、さぁ・・」
「でも・・」
「いつものことだから慣れているんです。ウォルフ坊ちゃんのことが心配です。」
アレックスは後ろ髪を引かれるかのように、アーニーの元から立ち去り、ウォルフの後を慌てて追いかけていった。
「ねぇ、待ってよ!」
「ついてくるな!」
そう言ってアレックスに唸るウォルフの姿は、獰猛(どうもう)な狼そのものだった。
「君がどんな風に育ったかは知らないけど、どうしてそんなにミスター・タンバレイン氏を憎んでいるの?自分と母親を捨てたから?」
「違う、あいつは母を魔女だと決めつけ、この町から追放した!そして俺は娼婦の息子、魔女の息子として烙印を押され、この町の住民達に迫害されたんだ!」
まるで喉の奥から搾り出すかのような声で、ウォルフはそう叫ぶとアレックスを見た。
その瞳からは、涙が流れていた。
彼に一体何があったかわからないが、この町の誰もが彼の敵なのだ。
アレックスに愛情を注いでくれる祖父・マックスもその一人だ。
だが、自分は違うということを、ウォルフに伝えたかった。
「俺はこの町の人たちみたいに、君をないがしろにしたりはしない。」
「本当か?」
「うん、本当だよ。この命に誓って言う。」
「そうか・・」
泣いているところを見られて恥ずかしかったのか、ウォルフは少し目を伏せた後溜息を吐いた。
「二人とも、まだ帰ってなかったの?」
背後から涼やかな笑い声が聞こえて二人が振り向くと、そこにはラリーが立っていた。
相手の男はもう帰った後らしく、ラリーの首筋や胸に残るキスマークを見れば、二人が何をしていたのかは明白だった。
「あの男には会ったようだね?ま、その顔を見れば交渉決裂ってわけ?」
「まぁな。あのクソ野郎とは二度と会わないさ。アレックス、迷惑を掛けて済まなかったな。」
ウォルフはそう言うと、アレックス達に背を向けてタンバレイン邸を後にした。
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