「どうしたんだ、アレックス?最近様子がおかしいぞ?」
「気づいてたの。俺、思ったことがすぐ顔に出ちゃうんだよね。」
アレックスはそう言って刺繍台をテーブルの上に置くと、ウォルフを見た。
「ママを、競馬場で見たんだ。」
「お前の母親に?」
「うん。でも誰かと一緒だったよ。鷲鼻をした男の人と。ぱっと見て、年は60代後半くらい。」
「それで最近、気分が沈みがちだったんだな。突然失踪した母親と競馬場で再会するなんて、ショックだったろう?」
「はじめは嬉しかったけど・・ママの方は、あまり嬉しくなさそうだった。それよりも、俺に見つかって何だか戸惑っていた様子だったし。」
メグとの再会は、アレックスの心に大きな影を落とした。
夫と離婚してすぐ、アレックスをマックスの元へと預けて失踪したメグは、見知らぬ男と競馬場に居た。
彼女の身なりからして、裕福な生活を送っているように見えた。
自分と目が合ったとき、メグは一瞬気まずそうな顔をしていた。
もしかして、彼女は息子との再会を喜んでいなかった、それとも喜べない事情でも抱えているのだろうか。
「また会えるさ。」
そんなアレックスの胸中を察したかのように、ウォルフは優しく彼に声を掛けた。
「生きていれば、また必ずどこかで会える。だからあんまり気を落とすなよ。」
「ありがとう・・」
ウォルフの言葉に、アレックスは少し励まされた。
彼には会いたくても、母親は既に死んでいる。
だが自分の母親は、今この瞬間でも元気で暮らしている―たとえ彼女が自分と会いたくないとしても、この世に産み落としてくれた母親を、アレックスは無駄に憎みたくはなかった。
「ねぇ、ウォルフのお母さんは、この家で働いていたの?」
「肖像画を・・見たのか?」
ウォルフの言葉にアレックスが頷くと、彼はバツの悪そうな顔をした。
「確かに、俺の母はここでメイドとして働いていた。母は孤児で、18歳になって孤児院を出てタンバレイン家で働き始めた。母は町一番の美人で、この町のクイーンにも選ばれたことがあるくらいだった。そんな母に町中の男が恋に落ちた。あの男もその一人だ。」
ウォルフの言葉を裏付けるかのように、肖像画に描かれていたリリアナは何処かエチゾチックでありながら妖艶な美貌の持ち主だった。
「当時、あの男には婚約者が居た。だが彼は彼女よりも俺の母を愛した。母は全くその気はなかったし、あの男の求愛にうんざりしていた。そんな中、あいつがどうしたと思う?」
「さぁ、見当もつかないや。」
「それは夏の嵐の夜に起きた。あの男の婚約者は、家族とケープコッドの別荘に行って留守だったし、あの爺さんも奥さんと旅行中で、家にいたのはあの男と俺の母だけだった。」
ウォルフはそう言って一旦言葉を切ると、眉間にしわを寄せ、怒りで拳を握っていた。
「無理に話さなくてもいいよ。」
「いいや。俺はすべてを話さなければならない義務がある。」
ウォルフは吐き気を堪えながら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、それを一口飲んで椅子に腰を下ろした。
「あの男は、母を手篭めにした。」
彼の言葉を聞いた時、なぜウォルフがタンバレイン氏を憎む理由が解った。
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