「ねぇウォルフ、あの人は誰?」
「あの女は、バルニエール家の女主人、カトリーヌだ。フランスからバトンルージュに移住してきたフランス貴族の末裔で、タンバレイン家の宿敵の一人でもある。」
「一人って・・他にもタンバレイン家に敵が居るの?」
「ああ。お前が名乗っているハノーヴァー家とも敵同士だ。」
「そんな・・」
咄嗟に名乗った名が、まさかタンバレイン家と敵対関係にある家名だということを初めて知り、アレックスは愕然とした。
「こ、これからどうしよう?」
「爺さんはお前を気に入っているから、誰もお前に手出しはできない。安心しろ、俺もついている。」
ウォルフはアレックスの震える肩をそっと抱いた。
彼に励まされ、アレックスの不安が少し和らいだ。
「出て行け、バトンルージュの雌狐め!」
「ふん、言わなくとも出て行くわ。全く、これだから南部の野良犬は困るわね!」
カトリーヌは吐き捨てるようにヘンドリックスにそんな言葉を投げつけると、さっと毛皮を翻すとリムジンに乗り込んでいった。
「みんな、興が削がれたな!それ、愉快な音楽でも楽しもうじゃないか!」
ヘンドリックスがそう叫んで手を叩くと、何処からともなくヴァイオリン弾きの男達が現れ、騒がしくヴァイオリンを掻き鳴らした。
はじめはきょとんとしていた客達だったが、やがて愉快な音楽に身体を動かしはじめ、暫くするとアイリッシュ・ダンスを踊り始めた。
「俺達も踊ろう。」
「うん!」
ウォルフと手を繋ぎ、アレックスは彼と共に踊りの輪へと加わった。
楽しい夜は、静かに更けていった。
「何だか、今日はとてもいい気分だ。」
「そうでしょうね。」
「アシュリー、ウォルフのことはお前に任せられそうだ。わしはまだくたばらんが、もう年だ。いつお迎えが来るかわからん。」
そう言って窓の外に浮かぶ月を眺めるヘンドリックスの横顔は、どこか哀愁を帯びていた。
「さてと、休むとするか。今日は疲れた。」
「おやすみなさい、おじい様。」
「おやすみ。」
翌朝、朝食の席に現れたヘンドリックスは、上機嫌だった。
「さてと、これから一週間後の舞踏会へ向けて気を引き締めないといかんぞ!」
「はい、お義父様!」
タンバレイン夫人は、どこか浮き足立っているように見えた。
彼女にとってこれから迎えるクリスマス休暇に伴う冬の社交シーズンは、パーティー好きの彼女が一番好きな季節なのである。
「お父さん、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね。」
「ふん、馬鹿にするな、ジョージ。わしはまだ元気だ!」
ヘンドリックスはそう言って豪快に笑った。
アレックスは、競馬場で再会したメグのことが気になってしかなく、一日中上の空だった。
何をしていても、思い浮かぶのは母の顔ばかりだった。
「・・レックス、アレックス!」
「あ、ごめん・・またボーっとしてたね。」
ウォルフはそんなアレックスの変化に気づいていた。
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