四郎が渾身の力を込めて投げた刃は、鬼神の肌を傷つけるどころか、地面に突き刺さっただけだった。
「愚かなことよ。そなたにわしは傷つけられん。」
勝ち誇った笑みを浮かべながら、鬼神はわざと四郎に見せ付けるかのように美津を抱きしめ、彼女の唇を塞いだ。
「やめろ!」
嫉妬と憎悪で、心が焼け焦げそうだった。
「どんな思いだ?愛しい女が、他の男に懸想している姿を見て?」
「殺してやる・・」
「それは出来ぬだろう。」
余裕綽々とした鬼神の態度に、四郎の怒りが沸騰しそうだった。
「覚えておけ、お前から必ず姫様を取り戻す!」
「ほう、面白い。その日を楽しみにしておるわ。」
鬼神はそっと美津の艶やかな黒髪に口付けると、彼女と共に四郎達の前から立ち去っていった。
「四郎。」
じっと鬼神達が消えたほうを睨みつけていた四郎の肩をエーリッヒが叩くと、彼はまだ恐ろしい形相を浮かべていた。
「こんなこと、いうべきではないが・・」
「お前に何を言われようとも、姫様はこの手で取り戻す。どんな手を使ってでもだ!」
そう言った彼の全身から、禍々しい気が漂ってくるのをエーリッヒは感じた。
(四郎は本気だ。)
いつも冷静沈着な四郎が、美津のことになると理性を失い見境ない行動へと突っ走る姿を、エーリッヒはいつも見てきた。
鬼神の挑発に乗り、彼は今感情的になってしまっている。
「落ち着け、四郎。」
「これが落ち着いてなどいられるか!」
四郎はそう叫ぶと、エーリッヒの胸倉を掴んだ。
「お前は悔しくないのか、エーリッヒ?あんな形で姫様をあやつに奪われて!」
「俺だって悔しいさ!だが今は感情的になったら駄目だろ。お願いだから今は退却してくれ!」
「エーリッヒ・・」
エーリッヒの言葉を受け、怒りで熱くなっていた四郎の心が、徐々に冷静さを取り戻していった。
今、怒りに任せて鬼神の後を追ってしまったら、取り返しのつかないことになる。
何事も冷静さを失ってはいけない。
その初心を忘れてしまっていた。
「さぁ、帰ろう。」
「わかった・・」
肩を落として屯所へと戻った四郎は、朝日が徐々に京の街を照らしてゆくのを眺めながら、美津と過ごした平和な頃を思い出した。
(姫様、必ずあなたをお救いたします。)
必ずこの手で美津を取り戻してみせると、四郎は誓った。
「ん・・」
「気がついたか?」
美津が目を覚ますと、彼女の傍には鬼神が立っていた。
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Last updated
2012年10月11日 13時42分09秒
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