「あの・・僕は・・」
「パパ、来てたの!」
男子中学生が口を開いて何かを言おうとしたとき、歳三の姿に気づいた薫が校門から出てきた。
「お前、携帯忘れてたぞ。」
「サンキュー。」
薫はそう言って父から彼の背後に立っている男子中学生へと視線を移した。
「あんた・・」
彼の姿を見つけた途端、薫の顔から笑顔が消えた。
「あの、僕はこれで・・」
『あんた、一体何しに来たのよ!?』
薫は逃げ出そうとする男子中学生の腕を掴みながら、早口の韓国語で彼を怒鳴った。
『その花束を、母さんの墓前に供えようとしていたの!?よくもまぁ図々しい!』
男子中学生の手から花束を奪った薫は、それで彼の顔を打ち据え始めた。
アスファルトの地面に無残にも潰れた菊の花びらと、花粉が舞い散った。
『あんたの顔を見るのも嫌だけど、あんたの母さんのことをあたしは一度も許したつもりはないわ!』
「ごめんなさい・・」
韓国語が解らないが、怒りで歪んでいる薫の表情を見た彼は、何を言っているのかがわかっているかのようで、薫に対して謝罪の言葉を繰り返していた。
『さっさと消えうせろ、この恥知らずが!』
一気に捲くし立てる薫がただならぬ様子だと気づいた歳三は、二人の間に割って入った。
『おい、一体どうしたんだ?』
『パパ、こいつはママを殺した女の息子なのよ!ママの月命日にこいつがママのお墓参りに来てたわ!お姉ちゃんと二人で追い返してやったけど。』
薫は鼻息を荒くさせながら、歳三を見た。
『何だって?』
『あの女が心神喪失で無罪放免になったことを知ってるわ!毎日あの女が自分がしでかしたことに罪悪感を持って苦しんでいるっていうなら許してあげてもよかったんだけど、あの女は自分の罪をすっかり忘れて、再婚して新しい家庭を築いているのよ!』
薫はそう叫ぶと歳三の腕を振り解き、呆然と突っ立っている男子中学生の胸倉を掴んだ。
『よく聞きなさいよ、あんたやあの女が生きている内は、あんた達を絶対に許さない。あんたは罪人の息子なのよ!』
彼女はもう彼に触れるのが汚らわしいというかのように彼を突き飛ばすと、学校の中へと戻っていった。
「ええ、薫がそんなことを?」
「ああ。あんな顔をしたあいつを見たのは初めてだ。美輝子、薫が言っていたことは本当なのか?」
「うん。もう忘れたいのよ、ママの事件は。時々思い出すけれど、そうしたってママが戻ってくるわけないでしょう?」
美輝子の言葉は、歳三の胸にグサリと突き刺さった。
「どうしたの?」
「いや、お前の言うとおりだな。それより、もう準備は出来ているのか?」
「ええ。荷造りは殆ど済ませたし、来年の4月までには渡米するつもり。向こうは9月から新学期が始まるから、早く慣れたくて。」
「そうか。何だか寂しくなるな。」
「パパ、家事が出来るからいいけど、薫と二人じゃ心配ね。あの子少しルーズなところがあるから、この部屋がゴミで埋まってないといいんだけど。」
「それは心配するな。俺がちゃんと薫が家事をしているか、監視してやるからよ。」
「そう、じゃぁ安心したわ。」
美輝子はそう言ってノートパソコンの電源を落とすと、和室へと入っていった。
(あんなに小さかった美輝子が、もう来年の春には居なくなっちまうなんてな・・)
娘の成長を喜ぶとともに、彼女が自分の手の届かない場所へと行ってしまうことへの寂しさを、歳三は少し感じていた。
夏休みが始まり、そろそろ盆休みの時期に突入する頃、韓国からミジュと清子がやって来た。
『ばあさん、元気にしてたか?』
『ああ。来年はミキコが一緒に渡米してくれるから、寂しくはないよ。あの家はもう売っちまったしね。』
『ミジュ、済まねぇな。赤の他人のお前に、ばあさんの世話をさせちまって。』
『そんなこと、気にしないでください。わたしの両親は生まれてすぐに亡くなって施設で育ったんで、おばあさんのことを実の祖母だと思ってるんですよ。』
『ほらね、この子が居るからあたしは安心だ。それよりもヨンイル、お前はまだ再婚しないのかい?』
『よしてくれよ、独身に戻って自由を満喫してるってのに。』
『何を言うんだい、お前はまだ若いじゃないか。』
清子が執拗に再婚を勧めてくるので、歳三は煙草を買いに行くといって近くのコンビニへと向かった。
そこで彼は、意外な人物に会った。
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