1928(昭和3)年、9月。
旧会津藩主・松平容保の孫娘・勢津子と、秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)との婚儀が行われた。
戊辰の戦に於いて、“朝敵”の汚名を着せられていた旧会津藩士達にとってこの出来事は、全身が震えるかのような感動的な出来事であった。
その婚儀の様子を報じた新聞記事を読みながら、正義もまた、感動に打ち震えていた。
『あなた、どうしたの?』
『やっと、朝敵の汚名を返上できた・・』
『まあ、良かったわね。』
アリエルはそう言うと、夫の背中越しに新聞記事を覗き込んだ。
『お仕事はもうよろしいの?』
アリエルは正義にそう話しかけると、彼は眼鏡を外して目頭を押さえた。
『ああ。』
『生徒の皆さんには、あなたは体調を崩して休んでいると言っておきますね。』
『余計なことを言うな。』
『はい、わかりました。じゃぁ奥でスコーン焼いてきますから、お茶にしましょうか。』
アリエルはそう言うと、キッチンへと向かった。
正義は溜息を吐くと、朝刊を折り畳んで椅子から立ち上がった。
アリエルと結婚してから50年、正義は帰国してすぐ京都の大学で英文学の教授として教鞭を取った。
稼ぎは少なかったが、アリエルは不平不満を言わずに自分を支えてくれた。
二人の間には一男三女の子宝に恵まれたが、既に子ども達は結婚して独立し、今は夫婦二人暮らしだ。
『手伝おうか?』
『まぁお珍しい、あなたがお台所に行かれるなんて。』
『そんな事を俺に言うな。これからの時代、男女関係なく家事が出来ないと結婚できなくなることがあるさ。』
『だから、今のうちに家事を?さすが、わたしの旦那様ですね。』
アリエルは嬉しそうに隣でスープを作っている正義を見ると、笑った。
「先生、来ました~!」
「おう、来たか!」
正義は弾かれたようにキッチンからリビングへと出ると、そこには数人の学生達が息を弾ませながら彼を待っていた。
『いらっしゃい。』
『奥様、お邪魔しております。』
『今スコーンを焼いているところなの。皆さんもよろしければどうぞ。』
『ありがとうございます!』
「お前ら、調子に乗りよって。余り妻をこき使うな。」
「いいじゃないですか、奥様が作るスコーンは絶品なんですから。」
「まぁ、それはそうだがな。」
正義は照れ臭そうな顔をしながら、学生たちとダイニングへと向かった。
テーブルには、6人分の紅茶がグラスに入れて置いてあった。
『まだまだ暑い日々が続きますからね。さぁどうぞ。』
『ありがとうございます。』
正義達の前に、焼きたてのスコーンが置かれた。
「あの、先生はどのようにして奥様とお知り合いになられたのですか?」
「話せば長いな。まぁ今日は仕事の予定はないし、スコーンでも食べながら話すとしよう。」
正義は一口大にスコーンを齧ると、学生達に妻との馴れ初めを話し始めた。
―FIN―
あとがき
『金の鐘を鳴らして』、これで完結です。
幸せなアリエルと正義さんの生活をラストに書いてみました。
にほんブログ村