「ねぇ、どうして昨夜来なかったの?あたし待ってたんだから!」
陽斗(はると)が大学の廊下を歩いていると、紗弥佳(さやか)がそう言うなり彼の頬を平手で叩いた。
「昨夜は急な用事があって、行けなかったんだ。」
「嘘、だったらどうしてあたしのスマホ、着信拒否にしたの!?」
一方的に自分を責め立てる紗弥佳に対して、陽斗は彼女の手を掴んで人気のない校舎裏へと連れて行った。
「何よ!」
「紗弥佳、昨夜の事は謝るよ。けど、公共の場でヒステリーを起こすのはやめてくれないか?」
「何よ、あたしが悪いっていうの!約束先に破ったの、そっちじゃない!」
紗弥佳は陽斗を睨み付けると、彼に背を向けて去っていった。
「陽斗、今夜いけるか?」
「無理だよ。紗弥佳と揉めたからさ、少し大人しくしとかないと。」
「婚約者のご機嫌取りも大変だよな。一体あいつの何処を気に入って婚約したんだよ?」
「親同士が決めたんだから、仕方ないだろ?」
昼休み、学食でラーメンを食べている陽斗が同じ学科の石田と喋っていると、紗弥佳が学食に現れた。
「陽斗、一体何の話をしてるの?」
「別に。昨夜の埋め合わせはちゃんとするから・・」
「じゃぁランチ奢ってよ。」
「今食べてるだろ。」
「こんな貧乏くさいものが好きだなんて、あなた本当に変わってるわね。」
「文句言いに来たんならさっさとうちに帰れよ。」
「何よ、ケチ!」
紗弥佳は舌打ちすると、ヒールを鳴らしながら学食から出て行った。
「全く、お嬢様ってのはこれだから嫌だよな。“男は女に食事を奢って貰って当然”ってカンジでさ。何様のつもりなんだか。」
「結婚したら大変だな。色々と調べるんじゃないか?」
「いくら親父の会社があいつの親父さんから資金援助を受けているからといって、俺まであいつの言いなりになることはないだろ?」
「それは言えてるな。」
「それじゃ、俺はもうこれで。」
「じゃぁ、また明日!」
大学を出た陽斗は、バイクでバイト先であるファストフード店へと向かった。
「こんにちは。」
「陽斗、久しぶりだな。」
バイト仲間の卓也がそう言って陽斗に微笑むと、彼の肩を叩いた。
「例のお嬢様とはどうなってるんだ?」
「別に。」
「まだ寝てないのか?」
「結婚前なのに、セックスする訳ないだろ?」
「お前、奥手だなぁ。今どき結婚前のカップルがセックスなしでいられるかよ。」
卓也はけらけらと笑いながら、煙草を咥え、それに火をつけた。
一方、JR京都駅近くにあるイオンモール内のカフェで、陽千代は田辺刑事と数年振りに会っていた。
「久しぶりやなぁ、陽ちゃん。インフルエンザで倒れたて聞いてたけど・・もう大丈夫なんか?」
「へぇ、お蔭さまで。それよりも今朝、大阪のマンションで宮島っちゅう人が殺されたて・・」
「ああ。確かあいつの父ちゃん、陽ちゃん家の庭師してたんと違うか?」
「へぇ、名前でピンと来たんどす。会うたんは一度きりどすけど・・」
「そうか。じゃぁ宮島悟が今何をしてるんか知らんのやな?」
「へぇ・・」
「陽ちゃん、あんたこの前極龍会(きょくりゅうかい)の幹部に呼び出されてホテルオークラに行ったやろ?」
「おっちゃん、何で知ってはるん?」
「刑事を舐めて貰っては困るわ。」
田辺刑事はそう言うと、カフェオレを一口飲んだ。
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