「気がついた?良く眠っていたから起こすの可哀想だと思って、ここまで連れて来ちゃった。」
涼やかな声が頭上から響いてきて、陽千代(はるちよ)がゆっくりと俯いていた顔を上げると、そこには料亭に居た青年が薄ら笑いを浮かべながら陽千代を見ていた。
「ここはね、かつて僕の祖父が所有していた山荘なんだ。けどね、ある人物にお金を騙し取られて何もかも失った末、唯一の財産であったここで猟銃自殺を遂げた。君が今、ここで座っている所でね。」
青年はそう言うと、陽千代を見た。
「何でうちを、ここへ連れてきたんどすか?」
「まだわからない?僕が君をあの料亭に呼び出した理由が。」
青年は腰を低く屈めると、陽千代の頬をそっと撫でた。
「初めて君と会ったのは、小学校の入学式だったな。同じ男子の制服をきているっていうのに、男装した女の子が居るんじゃないかって思ってしまったよ。」
「あの、うちに何でそないな話を?」
「君のことを、ずぅっと見ていたんだよ、僕は。陽千代・・いや、松本陽太郎。」
青年に本名を呼ばれ、陽千代はビクリと身を震わせた。
「君の両親は、15年前に誰かに殺されたことを知っているよ。当時は新聞やテレビのワイドショーで大騒ぎになっていたからねぇ。でも僕は正直、ざまぁみろって思ってたんだ。」
青年の手が陽千代の首に伸びたかと思うと、それをきつく絞め始めた。
陽千代は酸素を求めて激しく暴れたが、青年は陽千代の身体を押さえつけた。
「陽太郎、僕だよ・・山岡優(やまおかすぐる)。覚えてない?」
青年の言葉を聞いた陽千代は、青年と会ったのが初めてではないことを思い出した。
小学校の入学式、緊張と不安で押しつぶされそうになっている自分に話しかけて来てくれたのが、優だった。
「優・・どうして?」
「久しぶりだね、陽太郎。まさか君が、祇園で芸妓になっているとはね。」
「お前は一体何の目的があってここに・・」
「君を連れて来たかって?それはね・・君を僕のものにする為だよ。」
優はニヤリと笑うと、陽千代の唇を塞いだ。
「わたしに触れるな!」
「どうして?君は誰に操立てしているの?君を親代わりに育ててくれた置屋の女将さん?それとも、あの佐々木っておじさん?」
蝋燭(ろうそく)の仄かな明かりで、優の端正な美貌がゾッとするほど美しく見えた。
淡褐色の瞳が月光を受けて黄金色に輝き、嗜虐的な光を放ちながら彼は陽千代の身体を縛める縄をバタフライナイフで素早く切り落とすと、陽千代の身体を床に押さえつけ、着物の裾を割った。
「やめろ・・」
「震えちゃって、可愛いね、陽太郎。いつもはお高くとまっている君でも、僕の前ではそんな顔をするんだ?」
優はクスクスと笑うと、陽千代の身体を素早く反転させて着物を乱暴に剥いだ。
「綺麗な肌だね・・まるで汚れのない雪のようだ・・」
ウットリした表情を浮かべながら、勝はバタフライナイフを握り締め、その刃先を躊躇いなく陽千代の背に振り下ろした。
全身に激痛が走り、陽千代は悲鳴を上げようとするのを必死に堪えて唇を噛み締めた。
そこから血が滲んでくるのを感じながら、陽千代は静かに目を閉じた。
「おやすみ、陽太郎・・まだ時間はたっぷりあるからね。」
狂気に満ちた笑みを口元に湛えながら、優は陽千代の血が滲んだ背にそっと指を這わせた。
「これで君は、僕のものだよ・・」
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