翌朝、菊江は陽千代(はるちよ)を自室に呼び出すと、一冊の週刊誌を彼に見せた。
「これは一体どういう事なんや?うちにわかるように説明しぃ!」
その記事の見出しには、敏明と陽千代とのツーショット写真が飾り、記事のタイトルには、“大物資産家S氏と、祇園の名妓・Yとの熱愛発覚か!?”というセンセーショナルな文字が踊っていた。
「誤解どす、おかあさん。うちはこんなんに書かれているようなことはしてまへん。」
「そうか。じゃぁ、この記事に書かれてあることは事実無根なんやな?」
「へぇ、そうどす。こんなんは全部嘘どす。うちは潔白どす!」
菊江は陽千代の言葉を聞いて、記事が出鱈目(でたらめ)であることを認めてくれたが、一旦週刊誌に取り上げられたことで、陽千代と佐々木氏とのセックス・スキャンダルを世間の人々は“事実”だと捉えてしまう者が多かった。
それは、花街でも同じことだった。
「あ、陽千代さんや。」
「面の皮が厚おすなぁ。」
「週刊誌にあないに書かれて、恥ずかしゅうて表に出られへんのが普通やないの?」
「祇園の面汚しやわ、ホンマに。」
通りで他の置屋の芸舞妓とすれ違う度に、陽千代は彼女達からそんな陰口を叩かれた。
だが、陽千代は毅然とした態度で今までと普通どおりにお座敷に出ていた。
そんな中、彼の身に思わぬ災難が襲い掛かる。
「陽千代、今からお座敷え。」
「へぇ、そうどすか。ほな、行ってきます。」
昼間からお座敷があるだなんて変だなと一瞬陽千代は思ったが、仕事なのだからと割り切って指定された場所へと向かった。
「やぁ、来たんだね。」
「陽千代どす、呼んできてくださっておおきに。」
「まぁ、そんなところに突っ立ってないでここに座りなよ、ね?」
いかにもエリートといった雰囲気を持った青年が、そう言って空いた座布団を叩いた。
「お客はん、困ります。うちはホステスと違いますさかい。」
「はぁ、何言ってんの?お宅ら芸者は、客に侍る仕事なんでしょ?」
「・・失礼します。」
激しい怒りで胃がカッとなった陽千代は、初めて客に背を向けて部屋から出て行こうとした。
だが彼が襖に手を掛けようとした時、陽千代の首筋にスタンガンが押し当てられた。
50万ボルトの電撃を受け、陽千代は気絶した。
「ったく、手間かけさせやがって・・」
失神した陽千代の身体をひょいと軽々しく肩に担いだ青年は、料亭の裏口から外へと出て行った。
「菊江さん、大変どす!」
「どないしたん、そないな顔して?」
「陽千代はんが、誰かに誘拐されはった!」
「警察呼んでおくれやす!」
菊江がそう言って携帯で警察に通報しようとしたが、料亭・いしざきの女将は彼女を止めた。
「止しなはれ、菊江さん。今ここで大きな騒ぎを起こしたら、あんたや陽千代さんが何て言われるか・・」
「うちは何て言われても構わへん!陽千代の身に何かあったら、うちはあの子を殺してうちも死ぬ!」
一方、陽千代は山奥の廃屋で目覚めた。
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