番組の取材最終日を控えた前夜、陽千代は内田に話があるといって、彼を祇園の寿司屋に呼び出した。
「お話というのは、何でしょうか?」
「実は、うちにはある秘密があるんどす。」
陽千代はそう言うと、USBメモリを内田に渡した。
「うちは今まで、性別を偽ってきました。それは、ある目的の為どす。」
「目的、とは?」
「15年前の今日、うちの両親は何者かに殺されました。家の金庫から六千万の現金が消えて、強盗殺人事件として扱われたんどすけど、未だ犯人は捕まっておりまへん。うちは美作のおかあさんに引き取られて、今まで祇園町に生きる芸妓として生きてきました。それは、犯人を探す為どした。」
「そうでしたか・・」
「そのUSBメモリに、事件の真相と、誰がうちの両親を殺したのか全て書かれています。どうか、これを世間に公表してください。」
「僕一人では決められませんが・・」
「そうどすか。内田はんの立場もわかりますさかい、無理強いはしまへん。」
「今日は秘密を明かしてくださって、ありがとうございます。」
「いいえ。ここの寿司屋は鮪(まぐろ)が美味しいんどす。」
「そうですか。では、おひとつ頂きます。」
「どうぞ。大将、鮪の中トロお願いします。」
「へい、わかりました。」
翌朝、陽千代が身支度を済ませて一階に降りると、内田が菊江と何やら話をしていた。
「そうどすか、陽千代がそないなことを・・」
「ええ、僕としては放送したいのは山々なんですが、これは僕一人だけが決断することではありませんので、少しお時間を頂けないでしょうか?」
「へぇ、わかりました。」
「では、最後の取材に入らせて貰います。最終日となる今日は、芸妓としての心意気を陽千代さんに語って貰うシーンを撮る予定です。陽千代さんは、もう起きていらっしゃいますか?」
「へぇ、うちならもう起きてますえ。」
内田が菊江の部屋から出て来るのを見計らって、陽千代は彼に声を掛けた。
「例の件については、後日連絡いたします。最終日となりますが、宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、宜しゅうお頼申します。」
最終日の取材は滞りなく終わり、内田達スタッフはその日の内に東京に戻ることとなった。
「また、東京にお呼びする事になります。その日まで、お元気で。」
「へぇ、内田はんこそ、お元気で。」
京都駅で、陽千代は新幹線のデッキに立つ内田を見送った。
“まもなくのぞみ、東京行きが発車致します。危険ですので、内側の白線までお下がりください。”
新幹線の扉が閉まり、内田の姿が見えなくなるまで、陽千代は彼に手を振った。
東京に戻った内田は、早速テレビ局に向かい、上司にUSBメモリを見せた。
「これは?」
「祇園の陽千代さんから預かって来ました。15年前、京都で起きた資産家夫妻殺人事件の真相がここに入っています。」
内田がそう言って上司に切り出すと、彼は低い声で唸った後、内田にこう言った。
「わかった。すぐに中身を確認しよう。」
「ありがとうございます。」
上司はすぐさま、ノートパソコンにUSBメモリを挿し、その中身を確かめた。
そこには、信じられないものが入っていた。
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