「あ、はじめ見っけ!」
斎藤が素振りをしていると、総司が嬉しそうな顔をしながら彼に近づいて来た。
「何の用だ、総司?」
「これ、さっき京都町奉行所から土方さんに届いたんだよね。」
そう言った総司の手には、文が握られていた。
「だからさ、これ土方さんに渡しておいて。」
「あんたが行けばいいだけの話だろう?」
じろりと総司を斎藤が睨みつけると、総司は少し小馬鹿にしたような笑みを口元に閃かせた。
「僕、色々と忙しいんだよねぇ。君、今日非番なんだからやってよね。」
「・・わかった。」
渋々と総司から文を受け取った斎藤は、副長室へと向かった。
「土方さん、今宜しいでしょうか?」
「ああ、入れ。」
「失礼致します・・」
斎藤が副長室へと入ると、歳三は彼に背を向けたまま仕事をしていた。
「京都町奉行所から、文が。」
「そうか、そこに置いておけ。」
斎藤は文机の上に文を置くと、副長室から出て行った。
「やっぱり、土方さんまだ怒ってたんだ?」
「総司、あんたはどうして土方さんを憎んでいるんだ?」
「理由なんて、いっぱいあり過ぎて思いつかないよ。まぁ、特に言えば・・あの人が近藤さんの親友だからかなぁ。」
そう言った総司は、何処か遠くを見つめているような目をした。
「僕、近藤さんの為ならいつだって死ねるよ。近藤さんは土方さんばかり頼ってるんだ。土方さんも、そんな近藤さんのこと、満更でもないようだし・・」
まるで小さい兄妹に親の愛情を奪われて拗ねる子どものようではないかと、斎藤は思ったが、口には出さなかった。
「なら、何故あのような姑息な真似をせずに、土方さんに思いの丈をぶつけない?」
「あの人、僕がそんなことしなくてもとっくに僕の想いに気づいていると思うよ。気づいていながら、相手にしていないだけ。」
だから僕は土方さんが嫌いなんだよ、と総司は吐き捨てるかのような口調で言った。
「だから、はじめは土方さんをもっと求めていいんだよ?どうせあの人、男と寝たんだし。」
「総司、貴様・・!」
腰の刀へと手を伸ばそうとした斎藤だったが、理性が怒りを押しとどめてくれたお蔭で、抜くことはなかった。
「さてと、今頃土方さんどうしてるんだろうなぁ。」
総司はちらりと副長室の方を見て、屯所から出て行った。
一方、歳三は京都町奉行所からの文を読み終えると、深い溜息を吐いた。
そこには、京で禁教である耶蘇教(キリスト教)の信者が潜伏しているので、彼らを補縛せよと書かれていた。
浦賀にペリーが艦隊を率いて来航し、将軍家光の御世から長く続いた鎖国が解かれたとともに、西洋の文化や思想などが入ってきても、キリスト教はまだ禁教とされ、キリシタンたちは迫害に遭っていた。
歳三は首に提げていたクルスを取り出すと、そっとそれに口付けた。
誰にも言えぬ秘密を抱えたまま、キリシタン補縛という辛い役目を負う事になるという重圧に耐える為、歳三は何度も押し殺した声で神に許しを乞うた。
「つい先ほど、町奉行所から文が来た。市中に潜伏しているキリシタン達を補縛しろいう旨が、そこに書かれてあった。」
広間に全隊士達を集めた歳三は、そう言って彼らを見渡した。
「皆、すぐに支度を整えろ!」
「おうっ!」
男達は慌ただしく戦支度を整え始めた。
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