「斎藤、やめろ!」
「申し訳ありません、副長。もうこの想いは止められません。」
斎藤はそう言うと、歳三の唇を塞いだ。
「やめろ、んぅ・・」
歳三は斎藤を押しのけようとしたが、彼の身体はビクともしなかった。
そのうち、彼の手は歳三の内腿へと伸びていった。
「やめろ!」
また脳裏にあの日の悪夢が浮かび、歳三は斎藤を突き飛ばした。
「出て行け、俺の前に顔を見せるんじゃねぇ!」
「・・御意。」
斎藤は一瞬悲しそうな顔をしたが、無言で部屋から出て行った。
「あ~あ、失敗しちゃったね。」
「総司・・」
斎藤が肩を落としながら副長室へと出て行くと、総司が木陰から現れた。
「強引なのは嫌われるって、知らなかった?」
「あんたって奴は・・」
「まぁ、奥手なはじめにしては上出来だよね。でも、土方さんは嫌いになっちゃったかもしれないけど。」
総司は嬉しそうにそう言うと、斎藤に背を向けて去っていった。
「歳、どうしたんだ?何だか顔色悪いぞ?」
「そうか?」
翌朝、歳三が昨夜の事を思い出していると、勇が怪訝そうに彼を見た。
「ああ、少し熱があるんじゃねぇのか?」
「いや、そんなことねぇよ。」
「そうか。」
勇はそう言うと、自分の額を彼のそれに押し当てた。
(顔、近ぇよ・・)
歳三は頬を赤らめながら、勇を見た。
(あ~あ、面白くないなぁ。)
そんな二人の様子を横目で見ていた総司は、舌打ちしながら味噌汁を啜った。
「巡察の報告には行かないの?」
「ああ。」
「やっぱり気にしてるんだ、昨夜の事。」
「総司、あんたは一体何を企んでいるんだ?」
「それは教えな~い。さてと、巡察行って来るとするか!」
総司はそう言って笑うと、意気揚々と屯所から出て行った。
一方、京一番の大店・吉田屋の蔵では、禁教を信仰する信者達が集会を開いていた。
「デウスは皆様の傍におられます。今この世を絶望が覆い尽くそうとも、父なる主はあなた達の御心を救ってくださいます。」
「アーメン!」
信者達は押し殺した声で父なる神の名を呼び、十字を切って祈りを捧げた。
その中には、歳三がぶつかった女性も居た。
彼女の名はあいりといい、この店で働く女中だった。
「あいりちゃん、どないしたん?」
「奥様・・うち、この前マリア様のような方にお会いいたしました。」
あいりはそう言うと、傍らに立った女性を見た。
「どんなお人やったんや?」
「とても白い肌をした方で、綺麗な蒼い瞳をしていらっしゃいました。」
「そうか。うちも会うてみたいなぁ・・」
「奥様・・」
あいりは、死期が近い主の何処か寂しそうな横顔を見た。
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