田淵と妻・幹江の間には、二人の娘と一人の息子が居る。
その長女である美里は、数年前職場で知り合った同僚の男性・小西雄介と結婚し、昨年春に長男・優斗を出産した。
離婚の原因は、出産後も仕事を続けたい美里に対して、彼女の夫がそれに反対して専業主婦となることを望んだのだという。
「女は家に居ろって、今どき古臭いと思わない?旦那は、お義母さんが専業主婦でいつも家に居たから安心する、我が子を鍵ッ子にさせる訳にはいかないっていうのよ?一方的すぎるとは思わない?」
「まぁ、お前が言いたい事はわかるぞ。母さんは何て言ったんだ?」
「女が家に居るのは当たり前、自分達の時代はそうしていたって。今あたしのママ友の中でも、働いて家事をやっている人は多いのよ。お母さんとは、時代が違うのよ!」
美里がそう語気を荒げると、彼女の腕に抱かれていた優斗が目を覚ました。
「優斗、起きちゃったね、ごめんね。」
彼女は優しい声で息子をあやすと、そっと布団の上に寝かせた。
「これはお前達夫婦の問題だから、俺は何も言えんよ。雄介さんと一度、話し合ってみたらどうだ?」
「そんなことできない。彼、浮気してるみたいだし。」
「浮気?」
「最近帰りが遅いから、変だと思ったのよね。興信所に身辺調査を依頼したら、外に女が居ることがわかったのよ。」
「相手は誰なんだ?」
「職場の後輩ですって。それであたしを会社に復帰させたくなかったんだわ、浮気がばれるから。」
「美里、雄介さんとは本当に離婚するつもりでいるのか?」
「ええ。ここに来る前に、相手の女と会ったわ。旦那の子を妊娠しているんですって、彼女。だから奥さんが雄介さんと別れてくれば、上手くいくって。」
「そうか・・酷い話だな。」
「わたし、優斗を一人で育てることにするわ。父親みたいな無責任な人間にはさせないから、安心して。」
そう言った美里は、何処か決意を固めたような目で田淵を見た。
後日、美里と雄介の離婚が成立した事を、田淵は知った。
「わたし達だけじゃなく、美里達まで・・やっぱり、親が離婚すると子どもまで離婚するのかしら?」
「そうとは言い切れんだろう。それよりも幹江、美里のことを助けてくれよ。」
「わかっていますよ。女手一つで子どもを育てるのがどんなに大変なことか、あたしには身に沁みてわかっていますからね。」
少し厭味ったらしい口調でそう言うと、幹江は個室に娘達が入って来たのを見て、嬉しそうに笑った。
「久しぶりね、家族で一緒に食事するの。あら、幹也はどうしたの?」
「幹也は向こうのご家族と食事するんですって。」
「そうなの・・息子は結婚したら嫁に取られちゃうから、いやぁね。」
「お母さん、止してよ、美里の前で。」
次女の裕美がそう言って幹江を窘めると、彼女は少し不貞腐れたような顔をした。
「お父さん、時間があったらうちに来てね。待ってるわ。」
「ああ、わかった。」
「それじゃぁ、気をつけて。」
幹江達と別れた田淵が官舎の部屋へと戻ると、そこには龍馬の姿が何処にも居なかった。
その代わりに、ダイニングテーブルの上に一枚のメモが置かれてあった。
“田淵さん、わしゃ元の時代に戻るぜよ。 龍馬”
龍馬が居なくなった寂しさと、これで彼に振り回されることがないという安堵を感じながら田淵は溜息を吐いて炬燵の中に入った。
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