「残念だが、あんたの奥さんはもう子どもが産めん身体になった。」
「それは一体、どういうことでしょうか先生?」
「あんたの奥さんの子宮を切開した後、胎児は既に死んでいた。それに子宮に大量の膿が溜まっていて、もう少し遅かったら敗血症であんたの奥さんは死ぬところだったんだ。奥さんの命を救う為には、子宮を摘出するしかなかった。」
「そうだったんですか・・」
「それとな、胎児の手足には奇形が見られた。」
「奇形、ですか?」
「ああ。手足が鰭(ひれ)のようになっていた。どの道死なずに産まれても、せいぜい生きられるのはほんの数時間だけだったろう。」
医師から残酷な言葉を聞いた歳三は、ショックを受けた。
「父さん、母さんは?」
「母さんは無事だったが・・腹の子は駄目だった。」
「そう・・でもさ、こんな事を言うのはどうだと思うけど、これで良かったんじゃないの?」
「明歳・・」
「父さん、母さんをこれから大切にしてやれよ。」
明歳はそう言うと、歳三の肩を叩いて病院から出て行った。
「あなた・・赤ちゃんは?」
「駄目だった。千尋、お前は・・」
「どうかなさいましたか?」
「腹の子は、先生が帝王切開した時にはもう死んでいたそうだ。子宮に膿が溜まって、摘出するしかお前が助かる方法はなかったんだ。」
「そんな・・」
子宮を失った事を歳三から告げられ、千尋は涙を流した。
「俺が悪いんだ、俺を恨んでくれ・・」
「いいえ、これで良かったのです。」
千尋が子どもを死産し、彼女は暫くの間入院する事になり、その間利尋が家事をすることになった。
『お母様はどう?もう大丈夫なの?』
『ええ。ただ感染症の危険があるので、暫く入院する事になりそうです。すいません、仕事を休んでばかりいて・・』
『いえ、いいのよ。あなたは大変なんだから、無理しないで。』
そう言ったメリッサは、利尋に食料品が入った紙袋を手渡した。
『ありがとうございます、奥様。』
帰宅した利尋が西田家のキッチンで夕飯の支度をしていると、玄関ホールから声がした。
「どちら様ですか?」
エプロンを付けたまま利尋が玄関ホールへと向かうと、そこには大きなお腹をしたフィリピン人の少女が立っていた。
「あの・・あなたは?」
利尋がそう少女に尋ねると、彼女は突然ダガログ語で話し始めた。
「すいません、わからないんです。」
利尋が胸の前でバツ印のジェスチャーをすると、少女は何処か興奮した様子で彼に詰め寄った。
「あ、あの・・」
「どうしたんだ、利尋?」
「お父様、この人が何か僕に伝えたいようなんですけど、言葉が解らなくて・・」
歳三の姿を見た少女は、突然彼に抱きついた。
『トシ、会いたかった!』
『フィオナ・・』
『あなたに会う為に、日本に来たの!』
少女―フィオナは、そう言うと歳三に微笑んだ。
「お父様、その子を知っているの?」
「ああ。フィリピンに居た時、こいつに世話になったんだ。」
歳三はそう言うと、フィリピンに居た時の事を静かに話し始めた。
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