イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「そうかい、千尋ちゃんが産後鬱にねぇ・・あの子、双子ちゃん達が生まれてからずっと寝ずにおっぱいやったり、一晩じゅうあやしていたりしていたから、疲れが溜まったんだろうねぇ。」
歳三から千尋が産後鬱に罹っている事を知った菊千代は、そう言うと溜息を吐いた。
「暫くこちらに滞在しますので、宜しくお願い致します。」
「うちは女ばかりだから、助かるよ。」
その日の夜、龍太郎の夜泣きが聞こえた歳三は布団から出ると、龍太郎を背負って裏口から外に出た。
「あんまり泣いたら、母ちゃんが起きちまうだろう。」
背中を揺らしながら歳三がそう言って龍太郎をあやしていると、彼はいつの間にか眠ってしまっていた。
「すいません、お休みのところを起こしてしまって・・」
「いや、いいんだ。お前ぇはまだ寝てろ。」
「はい・・」
双子の世話は、歳三が思っていた以上に大変なものだった。
毎晩二人が同時に泣き始めると、歳三は龍太郎を背負い、勝次郎を抱きながら外で彼らをあやしていた。
「義兄様、昨夜もありがとうございました。」
「礼を言われるほどのことはしてねぇよ。それよりも千尋、少し痩せたんじゃねぇか?」
「ええ・・あの子達を産んでから、少し食欲がなくて・・」
「そうか。」
歳三達が居間で朝食を取っていると、玄関先から誰かが戸を叩く音がした。
「すいません、誰か居ませんか?」
「はい、ちょっとお待ちくださいな。」
「こんな朝早くから、誰だろうねぇ?」
「さぁ・・」
歳三が味噌汁を啜っていると、居間に一人の青年が入ってきた。
「千尋、こちらが山瀬直樹さんだよ。」
「まぁ、山瀬様・・初めまして。」
「こちらこそ、初めまして千尋さん。朝早くから伺ってしまって、申し訳ありません。」
「いいえ・・あの、わたくしに何かご用ですか?」
「ええ。千尋さんと結婚を前提にしたお付き合いをしたいと思いまして、こちらにご挨拶に伺ったのです。」
「まぁ・・そうですか・・」
「千尋さん、そちらの方は?」
老舗料亭“やませ”の次男坊・直樹は、そう言うと歳三を見た。
「こちらの方はわたくしの義理の兄の、歳三様です。」
「初めまして。」
「どうも、土方歳三です。」
そう言って直樹と歳三は握手を交わしたが、二人は互いに睨み合ったままだった。
「あなたが、双子達のお父様ですか?」
「ええ。事情があって千尋達とは離れて暮らしていますが・・俺にとって千尋は、妻同然の存在です。」
「あなたのお噂は色々と聞きましたよ。東京に妻子がありながら千尋さんを孕ませて、長崎で囲っているとね。」
直樹の言葉の端々には刺があった。
「そうですか。まぁ事実なので否定はしませんが・・」
歳三は当たり障りのない言葉を選びながらそう言って直樹を見た。
「歳三さんとおっしゃいましたよね?僕は、真剣に千尋さんを妻として“やませ”に迎え入れるつもりです。ですからあなたは大人しく、千尋さんを諦めてください。」
「そんな事は出来ません。」
「あなたには東京にご家族がおられるのでしょう?それだけで充分じゃありませんか?」
そう言うと直樹は、歳三を睨んだ。
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