イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「一体あそこで何が起こっているんだ?」
「そんなの、知るか!」
新京市内のホテルに泊まった歳三と大鳥は、ホテルのティーサロンで紅茶を飲みながら、診療所の状況がわからず混乱していた。
「なぁ大鳥さん、怪我の方は大丈夫か?」
「ああ。」
「大鳥さん、土方さん、こちらにいらしていたのですか。」
「島田君、久しぶりだね。さっき診療所に行ってきたんだが、中の様子が全くわからなかったよ。一体あそこで何があったんだい?」
「詳しいことはよく解りませんが、看護婦たちの話によると、日本人の医者が事故で大怪我をした中国人の子供の治療を断ったことが、今回の騒動の原因だというんです。その医者は、その子供の親に、ここは日本人専用の診療所だから他所をあたってくれと言ったそうです。そしたら、その子供の親は激怒して、その医者を殴ったそうです。」
「子供の治療を拒否した医者の名前は判るか?」
「ええ、確か林田という方だと・・」
「あいつか・・」
歳三の脳裏に、東京の医学校時代に何かと衝突した林田の顔が浮かんだ。
「これからどうしますか、大鳥さん。」
「もう一度、診療所に行ってみよう。」
「俺が行く。あんたは頭に怪我をしているんだから、部屋で休んでいろ。」
「わかった。」
その日の夜、ホテルで夕食を取った歳三は、再び診療所へと向かった。
昼間は若干人の気配がした診療所であったが、夜になると明かりが消え、人の声すらも中から聞こえなかった。
歳三はそっと裏口のドアから診療所の中に入ると、待合室から男の怒声が聞こえた。
「ここは日本人専用の診療所なんだ、お前たちが気軽に入れるような所じゃないんだ、出ていけ!」
『なんだと!』
『日本人は、俺たちに死ねっていうのか?』
日本人と思しき白衣の男は、角材で武装している数人の男達に取り囲まれていた。
「林田。」
歳三が白衣の男に背後から声をかけると、男の背中が震え、彼はゆっくりと歳三に振り向いた。
「土方、お前どうしてここに・・」
「俺も今日からここで働く予定だったんだよ。おい、お前ぇ事故で怪我をした子供の治療を拒否したって本当か?」
「ああ。」
「その子供は今、何処にいる?」
『うちの息子は、こいつの所為で死んだんだ!』
少年の亡骸を抱えた父親と思しき男が、そう中国語で叫んで林田を睨んだ。
『なぁ、あんたの気持ちはよくわかる。でもな、暴力で訴えても何の意味もねぇだろう?一旦、ここは退いてくれないか?』
歳三はそういうと、男を見た。
『そうだな。おい、一旦退くぞ。』
『あっさりと引き下がるのか!?俺は嫌だね!』
『俺の言うことがきけねぇのか!』
少年の父親から睨まれた男は、バツの悪そうな顔をして角材を待合室の床に置くと、そのまま診療所の正面玄関から出ていった。
男の仲間たちも、ぞろぞろと診療所から出ていった。
『騒ぎを起こして、済まなかった。』
少年の父親は息子の遺体を抱いたままそう言って歳三に頭を下げると、仲間の後を追って正面玄関から出ていった。
「土方、助かったよ。一時はどうなることかと・・」
「この、馬鹿野郎が!」
歳三はそう林田に怒鳴ると、彼の頬を拳で殴った。
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